第5話 誓約のドラゴン
俺の前に現れた巨大な影――それは、自らを「誓約のドラゴン」と名乗った。
※
「かつて、わしは魔人族の王妃に忠誠を誓った。命に代えても王妃を守り抜くこと。それが、わしの唯一の使命だった」
深い声が、洞窟の静寂を震わせる。
「だが……その誓いは果たされぬまま、破れた。わしが戦に駆り出されていた隙に、王妃と王は――人族の勇者たちに暗殺された」
声に怒りが滲んでいた。だが、それ以上に悔恨があった。
「怒りに任せ、わしは数多の村を焼いた。民をも容赦せず、復讐に身を焦がした。だが、ある日……奴らはわしの前に現れ、こう言い放った」
『王妃の遺した二人の王女は、我々が捕えている。暴れ続ければ、彼女らを殺す』
怒りと疑念が交錯する中、わしは問うた。
『それは真実か?』
返ってきたのは、冷酷な言葉だった。
『試すか? 手でも切って持ってきてやろうか』
そのとき、わしは思い出した。王妃に一度こう言ったのだ。
『我が血を飲めば、おぬしは死なん』
だが、王妃は首を振った。
『それはできぬ。私は命を産む者であり、子を守るために死ねねばならぬのだ』
その言葉が、胸に深く残っていた。だからこそ、わしは決めたのだ。
『ならば、王妃の子も我が守ろう』
もはや復讐ではない。守るための誓いだ。
『よかろう。お前たちが、あの子らを保護するというのなら――わしは暴虐をやめよう』
そう言い残し、わしは姿を消した。
だが、胸に残ったのはただの敗北ではない。王妃を守れなかった痛恨。そしてようやく気づいたのだ――すべては、魔人族の宰相による陰謀だったのだと。
「忠誠の誓いは、いつの間にか呪いへと変わっていた。守れなかった悔いが、わしを蝕み、力を奪った」
誓いが果たされぬ限り、力は失われる。それが、わしの在り方だった。
その衰えは明白だった。飛ぶことも、燃やすこともままならぬ。力を失えば、我が身は狙われる。なぜなら――
「わしの血肉は、病を癒し、力を与える。だからこそ、誰にも姿を見せられぬ。殺され、喰われるからだ」
わしは地下の大穴に身を隠した。死を待つつもりだった。やることは、何もなかった。
……そのはずだった。
「だが、ある日……その静寂を破って現れたのが、お前だ」
ドラゴンの気配が、俺に突き刺さる。
「巨人族の生き残り……。力ある種の末裔が、偶然とは思えぬかたちで、わしの前に落ちてきた」
俺は、言葉もなくその話を聞いていた。
ドラゴンの声は、洞窟にこだまするたび、俺の胸を打った。誰にも救えなかった命。誓いを果たせぬまま、絶たれた未来。
――それは、まるで俺自身の物語のようだった。
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。止める術もなかった。
「……そんな……」
絞り出した声は、震えていた。失った家族。守れなかった約束。俺もまた、ドラゴンと同じだった。
だからこそ、決めた。
「俺が代わりに、その誓いを果たす」
その言葉に、ドラゴンの気配がわずかに揺れた。
「お前が……?」
「二人の王女を守り、復讐を果たす。すべて、俺が背負う」
ドラゴンはしばし沈黙した。やがて、静かに言った。
「お前に……その覚悟があるのか?」
俺は、はっきりと頷いた。
「もう、俺には失うものは何もない。ならば――すべてをかけて戦う」
しばらくの間、静寂が降りた。やがてドラゴンは、かすかに笑った。
「ならば、わしはお前にすべてを託そう。力も、願いも、誓いも」
「……!」
「ただし――この道は過酷だ。苦しみも、死さえも覚悟せねばならぬ。それでも、お前は行くのか?」
俺は、迷いなく答えた。
「任せてくれ。俺は……決して、諦めない」
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