第2話 襲撃


 月はなく、空は重い暗闇に覆われている。僅かに、風で流れる雲の切れ間から星が覗いていた。


 俺の目には、夜の景色が――暗闇の中の形や輪郭が、色まではっきりと見えていた。

 ドワーフたちは最初、嫌がらせのつもりで俺を地下の作業に押し込んだ。


 だが、俺は何の苦もなくこなした。

「お前の目は……変わっているな? やはり、半ドワーフだな」

 彼らは訝しみながら、そう口にした。


 ドワーフには暗視能力がある。だが、完全な闇では白黒の輪郭しか見えない。

 俺には――色すら見えていた。


 それがどういう意味か、当時の俺にはわからなかった。ただ、何かが違うと感じていた。


 小高い丘の上からは、四方に広がる砂漠が一望できた。

 どこまでも続く闇の海。その中に沈むように、村が眠っている。


 俺には関係のないことだが、今夜は祭りだった。

 少しだけ覗いた祭りでは、人族の舞踊団が芸を披露して、商人どもが、いつもの礼にと、珍しい酒と煙草を振る舞っていた。


「好きなだけ、飲んで下さい!」

「瓶ごとどうぞ、慌てなくても山程ありますよ!」

「都で、流行っている煙草ですよ!」


 浮かれ騒ぐ声の中、舞踊団の女のひとりが、仮面越しにこちらをじっと見ていた気がする。

 商人のひとりは、笑いながら酒瓶を差し出したあと、何故かすぐに目をそらした。


 一瞬のことだ。きっと、気のせいだろう。

 村の連中は、腹いっぱいに肉を食い、酒を煽り、満足げに眠っているはずだ。


 俺が、丘を降りようとしたその時、広がる砂漠の中をあかりもつけずに動く物影が数多く見えた。吹き抜ける風の中から、砂の上を滑る物音も微かに聞こえた。


 きっと、俺にしかわからないだろう。暗闇に潜む者達。

 この村に向かっているような動きに見える。それは、密かに近づこうとしている。


「おかしい! 普通じゃ無い」

 たまに、気持ちを落ち着けようと、この丘に登って、夜の砂漠を眺めることもある。


 夜に走るキャラバンは、灯りを煌々とつけて、話し声や砂漠を滑る船を引く魔物達のいななきが、風の音の中に聞こえるのが普通なのだ。


 俺は滑り落ちるように、丘を降り、俺の小屋を通り抜ける。

 小屋の前には、義妹が届けてくれた、まだ温かい食事と酒瓶と手紙が置いてあった。


『トル兄ぃ、いないようなので、置いておきます。明日、朝早く器を取りに来ます。

 兄さんに会えなくて寂しいノッカより』


 家族の目を盗んで、台所から、祭りの料理をもって来てくれたのだろう。

 長老が、まだ健在な頃は、よく一緒に遊び、俺の後をちょこちょことついてきていた。


 暑い日差しの中、影を作るようにして。あの子は、いつも笑っていた。


「食事は後だ」

 俺は、小屋の中から、シャベルを手に取ると、村の中ではなく、村の岩壁にある狭道を通って、村唯一の大門に急いだ。


 村の中には、何者かが監視しているような、嫌な気配を感じたからだ。

 大門には、左右に警備台がある。俺が記憶している限りでは、この地で人族との戦争も、小競り合いもなく、平和そのものだったが、それでも監視はいつもいた。


 俺を育てた長老が決めたことの一つだ。

「確かにいるが、寝てるのか?」

 ドワーフ族は快楽的で、排他的だが、勤勉でもあると感じている俺は、不可解に感じた。


 たとえ仕事中に酒を飲んだとしても、奴らには水みたいなものだ。

「仕方ない。登るか」

 当番でないものが監視台に登るのは、規則違反だが、やむをえない。


「おーい! 誰かいないのか?」

 岩の狭道を飛び降りて、監視台の入り口の扉を叩く。返事が無い。


「ドンっ」俺は、体当たりをして、扉の閂を壊す。

 階段を登ると、そこには、眠りこけているドワーフの兵たちの姿――


「いや、違う」

 ドワーフの口からは吐血の跡があり、顔には鋭い錐のようなもので突き抜かれた跡があった。


「ひゃー、し、死んでる」

 俺は、思わず尻餅をついた。ドワーフの死体の上にどすんと倒れる。

 そこにいた数人が皆、同じような死体となっていた。


 監視台から外を見下ろすと、例の暗闇に潜んでいた者が、門の近くまで忍び寄っているのが見えた。


 ぎいぃぃ……。

 夜には決して開かぬはずの大扉が、ゆっくりと閂を外され、軋む音を立てて開いていく。


 その音で、俺の頭は冷えた。

「誰が開けてるんだ……?」

 扉を動かしているのは、ドワーフたちと、昼間に見た商人の一団だった。


 商品でも運び込んでいる? そんなわけがない。これは――襲撃だ。

 俺は慌てて階段を駆け下り、監視台の影に身を潜めた。


 けれど、もう手遅れだった。

 暗闇に潜んでいた大勢の強盗団が、すでに村の中へとなだれ込んでいた。その数、十や二十ではない。ざっと見ただけで、数百はいる。いくつもの集団が手を組んだ連合かもしれない。俺には詳しいことは分からない。


 だが、彼ら全員が共通して身にまとっていたのは、漆黒のマントと鈍く光る大剣だった。


 そして――その先頭に立って道を案内しているのは、村でも知らぬ者はいない、あの愚連隊の一団。


「奴らが……人の強盗と手を組んだのか!」

 最後に、強盗団の首領たちが、ゆっくりと村へと足を踏み入れる。


 出迎えたのは、ドワーフの棟梁のひとり。愚連隊の頭目の――父親だった。

 裏切り者が誰か、ようやく見えた。

 けれど、今の俺にできることは、一つしかない。


「ノッカを助けに行こう」

 暗闇に紛れ、移動を始めようとしたその時。

 村のあちこちに一斉に明かりが灯り、大門が重く閉じられた。


 ――村は、強盗団の手に落ちつつあった。

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