第3話 私は人形じゃない

 次の日、部屋から出て1階に降りると、母がいた。


「おはよう、ルエリア」


 刺すような冷たい眼差しにいつも私の心臓はきゅっとなる。

 ――また、いつものように言われるんだろうな。

 私は諦めに近い感情を持っていた。

 

 「……おはよう。母さん」

 「朝ご飯、食べていきなさい。話があるの」

 「……はい」


 パンにスクランブルエッグ、そして紅茶。

 紅茶の香りが、きゅっとなった私の心をほどいていく。


 朝食を終え、立ち上がろうとするといつものように母の厳しい声が飛ぶ。

 

 「……ルエリア、あなたは王家を守る騎士になるの。この家に生まれた時点で――」

 「……わかってるって! 母さんはいつもそればっかり!」

 私はふと視線を下に向ける。

 「父さんも、母さんも、お兄ちゃんも、みんな騎士だもの。うちがそういう家だってことも、ずっと聞かされてきた! でも……他の夢を持っちゃいけないの? 考えることすら、許されないの?」

 

 私は声を荒げて立ち上がる。

 


 「ルエリア、違う――!」

 「……何が違うの? ずっと騎士になれって言われて、勉強も……剣術だってずっとやってきた。ずっと先生方からも言われてきた。『アルデンツィ家の娘として立派な騎士になれ』って」


 どんどん、私の脈が早くなっていく。


 母の顔を真っ直ぐ見つめる――母の目は一瞬丸くなったがすぐにいつもの厳しい目つきに戻る。


 「この家に生まれた時点であなたは既に騎士。そうお祖母様も仰っていたでしょう」


 ――数年前に亡くなった祖母は、先代の騎士団長をつとめていた。

 私や兄にはとても優しい祖母だったが、両親……特に母にはとても厳しい人だった。


 小さい頃、祖母の御前試合を見た時には、おばあちゃんのようになりたいと思った。

 女王陛下の前で戦う祖母は――鋭い目線で、剣さばきも舞のように美しく。

 その佇まいは凛としており、時折ふわっと見せる笑顔は花のように綺麗な人だった。


 その祖母も、私と兄にいつも言っていた。

 「あなたたちはこの家に生まれた時点で既に騎士なのよ。アルデンツィ家の――その誇りを忘れないで」


 先祖代々王家に仕えてきた騎士の家系。

 特に騎士団長を代々輩出してきた家柄――その重み。

 祖母からも、両親からも、散々聞かされた。


 兄が入団試験に合格した時、期待はさらに私にのしかかった。

 私も騎士になるのが当然のような空気がさらに重く感じた。

 兄はすぐに騎士団でも才覚を現した。

 期待は、妹である私にも向けられる。


 ――気持ちが、どんどん底に沈んでいく。


 握りしめた拳が震える。母の視線が怖い。けれど、譲れない。

「――母さん、私は人形じゃない。自分の道は、自分で決める!」


 そう叫び、私は城下町の方へ駆け出した。


 ――どれだけ走っただろうか。

 喉が詰まるように苦しく、涙がせきを切ったように溢れ出す。

 静かな森の中に、虫や鳥の声だけこだましている。


 木の葉がさわっと揺れるたびに、私の心も大きく揺れる。

 光の一本も差し込まない森の深さに私はなぜか心が軽くなるのを感じていた。

 ここには誰も来ないという安堵感と僅かな不安がないまぜになった複雑なもやが私の心を包む。


 ふと、正面を向く。


 僅かに揺れる光――泉がある。

 そこにひとりの人影が見えた。


 私はゆっくりとその人影に近づく。それは、若い男性。青い髪に、気高くも見覚えのある雰囲気……。


 ――フレン殿下。


 影の正体に気がついた時、私の鼓動がだんだん早くなるのを感じた。

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2025年12月8日 17:16
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この剣は、貴方のために 凪砂 いる @irunagi

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