この剣は、貴方のために

凪砂 いる

第一章|敷かれたレール、抑圧された少女

第1話 敷かれたレール

 決められた人生って、本当に変えられないの――?


 ふわりと春の暖かい風が吹く。

 私は、王立学院の制服を着て講堂に立った。


 今日は卒業式。

 私は、この国の王家に仕える騎士団長の娘。

 だから、未来は――騎士になる、と決まっていた。

 両親からはそう言い聞かされて、これまで生きてきた。


 でも。


 私は……決められた道を歩みたくない。

 自分の人生は、自分で決めたい。


「――ルエリア・アルデンツィ」


 先生が、私の名前を呼ぶ。


 講堂の壇上で、学院長先生に渡された卒業証書を受け取る。


「――ご両親のように、立派な騎士になることを、期待していますよ」

「ありがとう……ございます」


 返事をしながら、胸の奥に締め付けられるような痛みが、じわりと広がる。


 学校でもずっと先生や友達から期待されていた。

 卒業したら私が騎士になることを。

 騎士団長の娘として。

 先祖代々騎士の家系であるアルデンツィ家の娘として。


 ――敷かれたレールからは、逃げられない。私はそう思っていた。


 講堂から出て、空を見上げる。

 今日は晴れ渡った水色の空。でも、ところどころに灰色が混ざっているように感じるのは、私の心のせいだろうか?


 私は、春の柔らかい風に吹かれながら王立学院を後にした。


 しかし心はずしりと重く、霧がかかっているようだった。


--- 


 卒業式を終えた私は、制服を脱ぎダイニングテーブルに座ってお茶を飲んでいた。


 全身にじわりと温かさが染みわたっていくのを感じた。


 ――ホッとしたのも束の間に、ガチャッと玄関のドアが開く音。


 「ルエリア。帰ってたのね」

 母のルエラが、口を開いた。

 私と同じ赤い髪、見た目は冷たさを纏っているような凛とした女性。

 母は、自分にも他人でさえも容赦ない。その厳格さは家族に対しても変わらない。


 これから言われることは、わかっている。

 私は呼吸をすることに集中した。


「――ルエリア、わかってるわね? うちは先祖代々王家に仕えてきた騎士の家系という意味を」

 母は案の定厳しい口調で続ける。

 「卒業式を終えた時点で、あなたはもう騎士のようなものよ」


「……わかっています」

 私の胸の奥で、糸のようなものが軋む。

 母と話す時は、何故か体がぎゅっと固まる。


 「入団試験はもうすぐよ。訓練と勉学を怠らないようにね。私は仕事があるからまた出るわね」

 そう告げると母は、足早に家を出ていく。


 ――騎士の家系、アルデンツィ家。両親はもちろん、私の兄だって騎士だ。


 もちろん、今日卒業した私も、今年の入団試験を受ける。

 剣術、勉学、全てにおいて秀でていなければならない。

 落ちることは許されない。

 そう言われて育ってきた。私も、兄も。


 ふと、外の空気が吸いたくなった。



 玄関を開けると、青い空にふわりとした暖かい風。

 一気に心のなかで固まっていたものがほぐれるような感覚。


 「よぉルエリア。卒業おめでとう!」

 私が振り向くと、兄のフラヴィオが立っていた。


 「……ありがと、お兄ちゃん」

 改めて「おめでとう」って言われると、少しくすぐったい。


 「ルエリア、さっき母さん帰ってきただろ? ……入団試験、やっぱり受けるのか?」


 「だって。受けなきゃいけないもの。父さんも、母さんも、きっとそう思ってるし」


 兄は頭を掻きながら口を開いた。

「あのさ、ルエリア。騎士になったオレが言うのも何だけど……無理に受けなくてもいいと思うぞ」


 私は眉をひそめる。

 「別に、無理になんて思ってないよ。……それに、私は騎士それ以外の道なんて、知らないし」


 「――それならいいんだけどな。オレ、ちょっとフレンと城下町で飲んでくるわ」


 手をひらひらさせながら、兄も去っていった。


 ――ほんと、お兄ちゃんってフレン殿下と仲がいいのね。


 兄は子供の頃からこの国の王太子フレン殿下と、とても仲がいい。

 騎士団長の息子と王太子殿下。

 この国では知らない人がいないほどの有名人コンビ。


 そして、女性にモテるのに、兄も殿下にも不思議と浮いた話がない。


 私はふぅ、とため息をつき城下町に出かけた。

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