004 - にんぎょう -
004 - にんぎょう -
俺の名前は累塚誠(かさねづかまこと)、今俺は四国の山奥にある薄気味悪い屋敷に来ている。
旅館かと思うような豪勢な夕食の後、俺はメイドの秋間(あきま)ちゃんに連れられて今夜泊まる客間に戻って来た、後で昴や斗織(とおり)がこの部屋に来て今後の予定を話し合う事になっている。
「広い家だね、まだ秋間(あきま)ちゃんの案内がないと迷子になりそうだ」
「迷った時には近くに居る屋敷の人間に遠慮なくお声がけ下さい」
声優みたいに綺麗な声で秋間(あきま)ちゃんが答える、胸はささやかだが本当にこの娘は俺好みの顔だ、こんな場所じゃなく街で出会ってたなら間違いなく声を掛けて味見してただろう。
ぺこり・・・
綺麗なお辞儀をして秋間(あきま)ちゃんが部屋から出て行った、一人になった俺の視線は自然と部屋の隅に置かれてる不気味な日本人形に向いた。
やたらと雰囲気のある人形だ、俺は置かれている床間に近付いてよく観察する。
「やべぇ!、こいつは思ってたより怖いぞ・・・」
前髪ぱっつんのおかっぱ頭に赤い着物を着ていて高さは120センチくらいか・・・人形の頭身じゃなくて小学生くらいの子供の体格だ。
一重瞼の細い目の中にはガラスの目玉が嵌っていて、黒目の部分が異様にでかいから非人間的な不気味さが漂う、半開きの口の中には歯まで再現されてやがるな・・・。
年代物なのか顔には細かなヒビが入ってるし全体的に黄色く変色してる・・・。
「髪が伸びる呪いの人形じゃねーだろうな」
大の男が人形が怖いなんて言えねぇし、可愛い秋間(あきま)ちゃんの前でカッコつけてたがこいつと同じ部屋で寝るのはちょっと・・・いや、かなり怖い・・・。
普通ならこんな禍々しい呪物には絶対触らないだろう、だが俺は吸い寄せられるように手を伸ばして人形の顔に触れようとした。
ガタッ!
「うわぁぁぁ!」
俺の後ろにある障子がいきなり開いて思わず叫んじまった!。
「ひゃぁ!、どうしたのよ誠、突然叫んでびっくりするじゃない!」
「おっ・・・お前こそいきなり入って来るんじゃねぇ!」
廊下にはTシャツとスウェットパンツに着替えた斗織(とおり)が立っていた・・・お前ふざけるなよ!、心臓が口から飛び出そうになったじゃねぇか!。
「わぁ・・・何その気持ち悪い人形?、夜中に歩き出しそうなんだけど」
斗織(とおり)がしれっと怖い事を言いやがった。
「何でそんな事言うんだよ!」
「別に怒んなくてもいいじゃん!、思った事を言っただけだし」
「本当に歩き出しそうで笑えねぇからやめてくれ!」
「もしかして誠、怖いの?」
こいつ・・・俺を揶揄い始めたぞ。
「こっ・・・怖くねぇし!」
ガタッ!
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁぁ!」
また障子が勢い良く開いて俺達は仲良く叫んだ。
「あのっ・・・失礼しました、叫び声が聞こえたので何かあったのかと・・・」
メイド服を着たもう一人・・・名前は分からねぇがそいつが部屋に入ってきた、秋間(あきま)ちゃんとはまた違うタイプの美少女だ。
「戸内(どない)さん・・・」
どうやらこの娘は戸内(どない)という名前らしい、昴と斗織(とおり)を主に担当している使用人だと自己紹介された。
彼女は斗織(とおり)をこの部屋の前まで案内した後、俺達が食事をした広間に向かっていたら叫び声が聞こえ、心配になってこの部屋に戻ったらしい。
「ごめんなさい、私がいきなり部屋に入ったから誠の奴が驚いて叫んじゃったのよ、男のくせに怖がりで情けないわよね」
「そ・・・そうでございますか、それなら大丈夫なのですね、では私はこれで失礼しま・・・」
「待って、誠がこのお人形怖いらしいから別の部屋に移してもらえないかな?」
「別に怖くねぇ!」
部屋から出ようとする戸内(どない)ちゃんを呼び止めて斗織(とおり)が余計な事を言いやがった、慌てて否定したが俺としてもこの薄気味悪い人形は他に移して欲しいし無い方が安眠できるだろう。
「・・・」
斗織(とおり)の言葉を聞いて戸内(どない)ちゃんの視線が人形の方に向いたが・・・無言で人形を凝視したまま固まってる、いや何か言えよ。
「申し訳ありませんっ!、こ・・・このお人形は私の一存で動かす事は出来かねます」
何でだよ!、そう叫びそうになった俺より先に斗織(とおり)が口を開いた。
「誠が怖くないって言ってるんだからこのまま動かさなくても良いでしょ」
「おい待て・・・」
「私はこれで失礼致しますっ、ではごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
ぺこり・・・
ぱたんっ・・・
とたとた・・・
「あの娘、人形を見てから様子がおかしかったわね」
「・・・そうだな」
確かに様子がおかしかった・・・だがそんな事より俺はこの人形と一夜を共にしなきゃならねぇ現実に絶望してるんだが!。
「怖いなら人形の上からタオルでも掛けておきなさいよ」
「怖くねぇって言ってるだろう!」
「ふふっ・・・そういう事にしといてあげるわ」
「そういえば昴の奴はどうしたんだ?、一緒じゃないのかよ」
俺は夕食の後、広間を先に出たから状況がよく分からねぇ。
「当主とまだ話があるからって私だけ先に客間に案内されたわ、しばらく待っても戻らないから戸内(どない)さんにお願いして誠の部屋に連れて来てもらったの」
「そうか・・・」
「ちなみに私のお部屋に人形は無いけど気味の悪いお面が飾ってあるわ」
・・・
・・・
ざぁぁぁぁ・・・
ごろごろごろごろ・・・ぴしゃぁぁ!
ざばばばばば・・・
それから俺と斗織(とおり)は30分程話をしていた、どこで誰に聞かれてるか分からねぇから当たり障りのない内容だ、そうしている間にも雨は更に強くなって雷の音もやばい。
「酷い雨ね・・・私お手洗いに行きたくなっちゃった」
「この部屋に戻る前に便所へ寄ったんだけどよ、その時にも庭石の上にでかい猫がいたぞ」
「えぇ・・・まだ居るの?、怖いからついて来てよ」
「ははっ、怖いのかよ」
「・・・うるさい」
ざばばばばば・・・
どしゃぁぁぁ・・・・
俺たちは部屋を出て便所に向かう、長い廊下を2回折れ曲がりその先に進むと・・・。
「ここが私達の泊まってる部屋よ」
障子から灯りが漏れてる部屋を斗織(とおり)が指差した、俺の部屋からはそこそこ離れてるな。
ざばぁぁぁぁ・・・
じゃばばばば・・・
「こんなに雨降って大丈夫かよ、土砂崩れなんて冗談じゃねぇぞ」
「来る途中既に所々崩れてたわよね」
便所に向かって更に歩きながら斗織(とおり)と話す、俺の故郷の近くにも山があって大雨が降るとたまに崩れてたから土砂崩れがやばいのは知ってる。
「やだ・・・まだ居るわ・・・」
便所に続く渡り廊下の明かりに照らされた庭石の上に居るでかい黒猫を見て斗織(とおり)が呟いた、こんなに雨が降ってるのにずぶ濡れになりながら俺達を見てる。
最初に見た時は置物かと思ったが俺達の動きを目で追ってるから間違いなく生きてる猫だ。
「言われてみれば薄気味悪い猫だな・・・ほらあっち行け!、シッ!」
俺が手で追い払おうとしても動じない、もっと近寄って脅せば逃げるだろうが渡り廊下の外は大雨だ、正直濡れたくねぇ・・・。
「待っててやるから早く小便済ませろ・・・もしかしてデカい方か?」
「相変わらずあんたはデリカシー無いわね!」
俺は便所に入って行く斗織(とおり)を見送り猫の方を見る・・・まだこっち見てるな。
地面に落ちてる小石を拾って投げてみた・・・畜生、当たらねぇ!。
ぶるっ・・・
「夜になって冷えてきやがったから俺も小便がしたくなった、まだ大丈夫だが一時間も経てば行きたくなるだろう・・・べ・・・別に一人でここに来るのが怖いわけじゃねぇからな!」
俺をじっと見てる猫に言い訳するように呟いて俺は男用の便所に入った・・・ついでにクソもしておくか・・・。
「猫ってのは濡れるのを嫌うんじゃなかったのかよ・・・」
バタン・・・
「和式の汲み取り(ぼっとん)か・・・小学生の時に田舎のじいちゃんの家で使って以来だぜ」
ぶりぶりっ・・・
むりっ・・・
・・・
「ひっ!・・・きゃぁぁぁ!」
気持ちよくクソしてたら表で斗織(とおり)の叫び声が聞こえた、気になるがまだ俺は尻を拭いてねぇ!。
ころころっ・・・
ケツを拭く紙がちり紙や新聞紙じゃなくてトイレットペーパーなのは褒めてやろう、便所がぼっとんな事を除いて掃除も行き届いていて清潔だしな。
ふきふき・・・
バタン・・・
「おい斗織(とおり)!、そんなに叫んでどうしたんだよ?」
「あぁぁぁ!」
外に出ると斗織(とおり)が渡り廊下でしゃがみ込んでた、何があったのか分からねぇが錯乱してるようだ・・・猫が居た場所を見ると・・・居なくなってる・・・。
「おい大丈夫か?」
震えてる斗織(とおり)の肩を掴んで俺の方に向かせた。
「猫・・・猫が・・・キシャァァって・・・口が裂けて・・・嫌ぁぁぁ!」
何言ってるのか分からねぇ!。
ふと渡り廊下の床を見ると・・・コンクリートに濡れた猫の足跡がついてた、だが真っ赤だ、これって血じゃねぇのか?。
とたとた・・・
「どうかされましたか?、今叫び声が・・・」
母屋の引き戸が開いて秋間(あきま)ちゃんが駆け寄ってきた、叫び声を聞いて様子を見に来てくれたらしい。
「俺にも分からねぇ、便所に入ってたら斗織(とおり)の悲鳴が聞こえて・・・」
「まぁ大変っ!、とりあえずお部屋に入りましょう、今人を呼んできますのでっ!」
だっ!
・・・
・・・
秋間(あきま)ちゃんが男の使用人を呼んで来て俺と2人で斗織(とおり)を抱えて部屋まで運んだ、睦里(むつり)と名乗る中年の使用人は身なりはきっちりしてたがどこか胡散臭ぇ男だ。
斗織(とおり)はまだ恐怖でまともに話せねぇ、秋間(あきま)ちゃんが持ってきた毛布に包まってガタガタと震えてる。
「・・・というわけで俺が便所に入ってる間に何かあったようだ、猫がどうとか言ってたから襲われたのかもしれねぇ」
「猫・・・ですか?」
秋間(あきま)ちゃんが俺と睦里(むつり)の顔を見比べながら言った、首を傾げる仕草も可愛いなおい!。
「でかい黒猫だった」
「旦那様の猫・・・ジョセフィーヌでは?」
睦里(むつり)がそう呟くと秋間(あきま)ちゃんが首を横に振る。
「いえ、ジョセフィーヌは桜陵(おうりょう)さんに言われて先ほど私がご飯を持って行きましたけど・・・猫タワーで寝てましたよ」
・・・ジョセフィーヌとやらはいい生活してやがるな。
「それなら野良かもしれませんな、この村には結構居るのですよ・・・少し庭の周囲を見て来ましょう」
睦里(むつり)がそう言って部屋を出て行こうとしたから渡り廊下に付いてた血の足跡の事も話しておいた。
「わ・・・私こんな怖いところ嫌、帰る・・・」
斗織(とおり)が俺に帰ると言い始めた、ちょっと待てよ、今帰ったら昴の財産が手に入らないかもしれねぇだろ!。
「帰るったってこの雨じゃぁ・・・」
「帰るの!、絶対帰る!今すぐ帰るっ!」
俺は泣き喚く斗織(とおり)を説得して落ち着かせたが帰ると言って聞かない、俺達は何があったのか話を聞く事にした。
斗織(とおり)によると・・・便所から出て来たら待ってる筈の俺が居なかった、何気なく黒猫が座ってた庭石を見ると猫も居ない。
怖くなって部屋に戻ろうとした斗織(とおり)が気配を感じて振り返ると足元に猫が居た。
思わず悲鳴をあげた斗織(とおり)に猫が毛を逆立てて牙を剥く・・・だがよく見ると口が耳まで大きく裂けていて更に縦にも裂けていた。
これは猫じゃなくて化け物だ、逃げようとしたが腰が抜けて動けない、しゃがみ込んだところに俺が便所から出てきた・・・。
「口の裂けた猫?」
俺が呟くと斗織(とおり)がそうだと頷く、だがそんな猫普通に考えて居る訳無いし見間違えたんじゃねぇのか?。
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