ウチナー・オブ・ザ・デッド

小柳こてつ

序章

朝の稽古場に、木を打つ乾いた音が響いていた。

 平舜賢(たいら しゅんけん)は、越中義典(えっちゅう ぎてん)の前で、手の型を繰り返す。

 指先、肘、腰。流れを乱すと、義典の掌が容赦なく飛ぶ。

「止まるな。技は流れの中にある」

 短い言葉に、舜賢は奥歯を噛んだ。


 稽古がひと段落すると、義典は壁に立てかけた釵を手に取った。

 鉄の光を見て、舜賢がつい口にする。

「師匠、その釵……いつか俺にも」

 義典は鼻で笑った。

「十年早い。型が身につかん小僧に扱える代物じゃない」

 舜賢は悔しげに拳を握る。

 その横顔に、義典はほんの一瞬だけ柔らかい目を向けた。


 稽古が終わると、真里(まり)が籠を抱えて現れた。

「二人とも、汗だくだね」

 舜賢は目をそらしながら饅頭を受け取る。

 真里は笑い、舜賢の袖のほつれを直してやる。

「また穴あけたの? 義典さまに追い回されたんでしょ」

 舜賢は照れ隠しのように言う。

「今日の師匠はいつもより鬼だった」

 真里の笑い声が風に揺れ、しばし穏やかな時間が流れた。


 しかし、海から吹く風に、いつもとは違う匂いが混じっていた。

 舜賢はふと首をめぐらせる。

 潮の音が、どこか重い。

「……なんだろうな、この感じ」

「うん。村の人たちも、最近夜に物音がするとか言ってた」

 二人は並んで島の外れを見つめた。

 青い海の向こうに、かすかに黒い影が揺れた気がした。


 ——このとき誰も知らなかった。

 静かな島に、見たことのない災いが迫っていることを。

 手の型も、鍛えた拳も、ただの武芸では済まなくなる日が来ることを。

 若い舜賢が、自ら選び取る運命の道が、ここから始まることを。

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