びれぞん 履歴書送信でのありえない話

しわす五一

履歴書

プロローグ:フラグ

深夜。大学卒業を控え、崖っぷちの就職活動中である山田は、冷めたコーヒーを片手にモニターを睨みつけていた。画面には、完璧とは言い難いが、山田 太郎にしては限界まで推敲を重ねた履歴書が表示されている。


「抜けや間違いは……なさそうだな。これで完成。あとは送るだけだ」


その時、スマートフォンが震えた。親友の佐藤 はじめからだ。


「よ、太郎。履歴書、ちゃんと送ったか? 確か今日で就活の予定が終わりだろ。打ち上げにそっちで飲もうと思ったんだけど、いいか?」


「ああ、今から送るところ。ん? 飲みに来る? いいけど……。なあ、ふと思ったんだけどさ」


山田はいつもの悪い癖でおかしなことを言いだした。


「こういうメールって、間違ってとんでもない場所に送られることって、ないよな?」


『何だよ、太郎。そんなことあるわけないだろ』


スピーカー越しに佐藤の呆れた声が響く。


「いや、ほら。電子メールだとしても、サーバーの誤作動とか、バグとかでさ」


山田は妙に真剣な声で続けた。


「もしこの履歴書が、手違いで裏社会の『殺し屋』のメールボックスに届いてさ。殺しの標的と勘違いされて命を狙われたり……なんてこと、あるかもしれないじゃん」


佐藤は受話器の向こうで大きく息を吐いた。


『はぁ……お前な、そんなことが起きる確率は1%以下、いや微粒子レベルの確率、いわゆる“微レ存”ってやつだろ。馬鹿なこと言ってないで、さっさと送れ。あと、俺が着くまでにその散らかった部屋、座れる程度には片付けとけよ』


通話が切れる。山田は送信ボタンにカーソルを合わせ、宛先のアドレスを凝視した。


「よし、株式会社上乗テック。ドメインは…… -tech.co.jp……っと」


指を止め、先ほどの会話が脳裏をよぎる。


「……まぁ、アドレス間違いで殺し屋に履歴書を送るなんて、そんなベタなフラグ回収するわけないよな」


山田は自分に言い聞かせ、カチリ、とマウスをクリックした。


「よし、送信っと」


その頃、とある雑居ビルの地下深くにある一室で、悪の組織「ザコロ」に所属する一人の悪のハッカーが、殺し屋斡旋業「特殊派遣会社ヤシマ」のメインサーバーへ大規模な侵入工作を仕掛けていたのだ。


先日、ヤシマの殺し屋がザコロの下位構成員を間違えて始末したことへの、組織的な報復である。


巨大組織「ザコロ」に対し、「ヤシマ」は取るに足らない中小企業のような存在だったが、裏社会の暗黙の了解として、例え間違いでも、やられたらやり返すのが必定。


今回はサーバーを乗っ取り、顧客情報を抜き出した後に壊滅させる算段だった。


「セキュリティ・ゲート突破。ルーティング・テーブルを書き換える」


ザコロのハッカーがキーボードを叩く。ヤシマの管理サーバーは過負荷により軽い悲鳴のような音を上げ、データの送受信経路がデタラメに繋がり始めた。


その混乱の最中。本来なら表の世界のIT企業「上乗テック」に届くはずだった一通の履歴書が、電子の混乱に飲み込まれ、あろうことか「ヤシマ」のサーバーへと誤配転送されてしまった。


山田の履歴書である。

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