第20話
昨日の放課後、ボクは椎葉日和に言われた通りに校舎の外に立っていた。体育館からはバスケ部の勇ましい声が聞こえてくる。
椎葉は「ここに来れば分かりますから」と言っていたが、一体何が目的なのだろうか。ただの嫌がらせだったら承知しない。
しばらくして飯田と椎葉が廊下の方へやってきた。
なるほど、これから起こる事の見届け人にさせたいのか。相当な悪趣味だな。進捗報告会とやらで伝えればそれでいいだろうに。
二人が話し出すと、飯田の表情はみるみるうちに険しくなっていく。椎葉に詰め寄られているのだろう。
音を立てないように少しドアを開くと、椎葉の弾んだ声が聞こえてくる。
「美香さんは志和透さんの事が――好き。それも中学時代から、ずっと思いを寄せていた」
とっさに口元をふさぐ。
――飯田が志和の事を好き? 今そう言ったのか!?
いやいやいやいや。まさかそんな事がある訳が無い。だって志和だぞ? あの孤立していて、何か悟ったように自分を繕い飾っている変人で、女の影がないボクの友人の。
最近の彼を思い浮かべる……。
ボクは馬鹿か! 好かれる素質があると結論づけたばかりじゃないか! いや待て、まだ焦る時間じゃない。おちつけ松永文麻……。
そもそもだ、飯田美香と言えば悪い噂をばらまいていた奴だ。日頃の行いを見れば、どう考えても嫌いな相手にする仕打ちだ。
椎葉のいう事が本当なら、まるで「好きだからちょっかいをかけてしまう男子小学生」じゃないか。
……え、本当に? あまりに合理性に欠ける馬鹿野郎だな!
隙間から中を覗くと志和が柱の陰から姿を現した。そして、飯田は泣きながら逃げ去っていく。
飯田は本当に意味の分からない奴だな。
志和が好きならもっと素直に好意を伝えればいいだろう。そうしたら志和も傷つかなかったし状況だってもっとマシだったのに。……ん?
自分の今までの行動が走馬灯のようによぎっていく。
――くっそ! 飯田美香の感情なんてわかりたくないのに、理解できてしまう自分がいる! あー気持ちが悪い虫唾が走る。
気が付けば、ボクの足は飯田を追いかけていた。
椎葉の奴……ボクを呼びつけたのはこれが狙いか! 手のひらで踊らされるのは癪だが今だけは乗ってやる。
「おい! 待てって!」
少し走れば飯田の姿はすぐに見つかった。街中で酔っ払いのようにフラフラと重心をブレさせながら歩いている。
「おいって!」
もっとましな声のかけ方はあるとは思う。でも、ほかの方法をボクは知らない。友人もまともにいないんだから仕方ないだろう。
飯田の肩を掴み、無理やりこちらへ振り向かせた。
充血した目に、乱れた髪。崩れかかったメイク。どれをとっても最悪な見た目だった。普段の自分の方が幾分かマシだろう。
「……何か用?」
飯田は見た目通りで、失意にまみれて魂の抜けている声だった、
……改まって用件を聞かれても困る。確かにボクはなんで飯田を追いかけて、あまつさえ声をかけているんだ? ボクが一番聞きたいくらいだ。
「その……さっきの話の事だ」
多分、自分の目的はこの事で合っているはず。
「何? 聞いてたの? あんたも性格悪いね。――どうせ志和に謝れって言うんでしょ?」
飯田は目をそらし鼻で笑った。「はいはい、私が悪かったよ」とでも言いたいのか? それが無性に腹が立つ。どうしようもないくらいにイライラする。
「あぁ謝ってほしいね! このまま終わらせることはボクが許さない! 謝ったうえで、然るべき結末を迎えるべきだ!」
「結末って……何言ってんの? 意味わかんないんだけど」
「そのくらい自分で考えろ!」
自分でも何を言っているか分かってない。
「ミカの事なんて放っておいてよ。松永には関係ないじゃん」
関係ない? 関係大ありだ。だって……
「お前は――志和の事が好きなんだろう!」
大きな舌打ちが聞こえた。
恐怖で少し足がすくんだが、気にしていられない。ここで引いたら負けな気がする。
「このまま逃げて無かったことにしてみろ! あの志和の事だ、どうせお前の事を気にかけて心労するに決まってる!」
そういう奴だ。ボクだけは知っている。
「志和の頭の中がお前の事でいっぱいになるんだ! ボクはそれも許せない!」
飯田はぽかんと口を開けていた。
「え? やっぱり松永って志和の事……好きなの?」
もう、どうにでもなれ。これからの事なんて知らない。
「あぁ好きだねだから何だ文句でもあるのか!」
自分でもわかるくらい早口だった。
身体の中にマグマが流れているようなに火照り、余計に何も考えられなくなる。
「だから飯田美香。お前は謝罪した上で……志和に告白して玉砕しろ!」
「え? 玉砕って。断れること前提じゃん」
当たり前だろ。これで受け入れられたらとんだ茶番だ。
お前は悲劇のヒロインになったつもりか。
「ボクはどうしようもなくイライラするんだ! 志和がお前の事を考えているのを見るのが嫌なんだ! だからさっさとフラれてお前の独りよがりな感情と一緒に終わらせろ! ボクは一刻も早くいつもの生活に戻りたいんだ!」
異常に恥ずかしい事を吐露している気がする……。くっそ、もう訳が分からない。
冷静じゃない自分にイラつき地団太を踏んでいると、飯田は急にくすくす笑い出した。
「何がおかしい! 笑うところじゃないだろ!」
「だってミカが嫉妬してた人がこれだと思うと。ちょっとね」
「これって何だよ!」
「……どっちにしろミカに勝ち目無かったなってさ」
「どういうことだ!」
「あ~もう、一回落ち着きなって。全部嚙みつくじゃん。野良犬みたい」
飯田は憑き物が落ちたように澄んだ目をしている。こっちは未だにぐちゃぐちゃだというのに、あっちだけズルい。
「あ~あ、なんかミカってバカみたい」
馬鹿なのは事実だろ。今更気が付いたのか。
「分かったよ、松永の言う通り玉砕してあげる。でも良いの? もしミカの告白が成功したら、遠慮なく志和くん貰っちゃうけど」
飯田はそういうと、にんまりと笑った。その自信は一体どこから出てくるんだ?
……よし良いだろう、その挑発に乗ってやろうじゃないか。負ける理由がないからな!
「問題ない。だって志和は絶対にボクのところに戻ってくるはずだ」
「ふ~ん、ならこの際に決めてもらおうか。志和くんに」
決めてもらう。そう聞いてふと思った。あ、これは……万が一という事があるのでは? と。あってはならないのだが。
いや待てよ。そもそもだ。もしかしてこれは……不要なリスクだけを負って、自分にはリターンがないのでは? ボクとしたことが最悪の判断ミスをした。
だってそもそもボクは志和と付き合いたいという考えは無いし、いやでも付き合えたらそれは嬉しいけれど、ボクにとっては今の生活が好ましくもあって……。
「松永、何その顔。鳩が豆鉄砲を食ったみたい」
「……ボクは鳩じゃなくて野良犬なんだろ? 悪いがお前に尻尾を振るつもりは無いぞ」
「うわ、もしかして結構根に持つタイプだ。めんどくさ」
「いまさら気づいたのか」
「そうだよ。だってミカ、松永のこと心の底から嫌いだったし。知る訳無いじゃん」
何だコイツは。ずっと失礼極まりない最悪な女だ。
言葉遣いには気を付けた方が良い。性格が曲がっていると異性に好かれないらしいから。
「奇遇だな、ボクも嫌いだ」
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