おもちゃの剣
祐里
1. こうかは ばつぐんだ
大人にはな、事情ってのがあんだよ。なんて子供に言ったところで、どうにかなるもんでもない。
だから俺は今日も二階から下りていき、大声を出す。近所に住む姉の子供たちがきゃあきゃあはしゃいでいる、夕方の平和なリビングで。
「きゃー! ぜったいぜつめいー!」
「おれがたすける! あるて、ふれっ……っしゅ!」
「うるせえ! 二階まで響いてんぞ! 俺は平日休みだっつったろ!」
ぴたりと動きを止める子供たち。
ソファに座る母と姉は、顰め面を見合わせている。きっと『ほんと嫌な子ね、
潤也が俺を鋭く睨んでいる。
そそくさと帰る準備をする姉を一瞥してから、俺は二階の自室に戻った。
俺は亡くなった祖父母にかわいがられていた。十歳にもなると、土曜日に市内の祖父母の家に一人でバスに乗って出かけ、翌日の夕方に帰宅するというのが日常だった。
物知りの祖父は俺が何を尋ねても嫌な顔をせず、真剣に考え、答えてくれた。祖母は主に料理を教えてくれた。俺は祖父と一緒に寝て、祖父の真似をし、祖母の具合が悪い時には拙いながらも料理をして二人を喜ばせていた。
思い出は、今の俺をがんじがらめにする。両親と祖父母の仲が良くないとわかった時にはもう、俺は祖父母に懐きすぎていた。顔もどんどん祖父に似てきていたらしい。それに加え、祖父母の家から帰った俺は必ず教わったことを楽しげに披露していたのだ。両親が姉の方をかわいがっても無理はないだろう。その時の両親の顔は覚えていないが、姉の嫌そうな表情は思い出せる。
「はぁ……、いってえ……」
床にだらしなく座りベッドに背を預けていると、過去の濁流が俺を襲う。大きな波のように寄せては返し、寄せては返し。そうして、胸を刺すような痛みが訪れる。バカだろ、俺。自分で選んだ道なのに、頭おかしいのか。なんて自分を腐して踏みにじる。もう慣れたもんだ。
就職して家を離れ、離職して戻ってこようとした俺を、両親は渋々受け入れた。
あの頃の自分はまだあいつらをかわいがっていた。久しぶりに会った俺を前にして下を向き、口を結んで頑なにしゃべろうとしなかった姪っ子も、何度か顔を合わせているうちに懐いてくれた。
菜美がクレヨンで俺の顔を描いてくれたな。俺が真ん中で、三人で手を繋いでコンビニに行ったりもした。
『菜美、それでいいのか?』
『うん!』
りんご好きな菜美が選んだのはパンコーナーのアップルパイだった。お菓子じゃないのか、なんてびっくりしたっけ。
『潤也は?』
『おれ、これにする』
潤也が選んだのはポケモンの菓子つきおもちゃ。かわいい笑顔のピカチュウを押しのけて手に取ったのは、フシギバナだった。
仕事を見つけてフルタイムで働くようになり、しばらく経ってから、俺は気付いた。姉が祖父の法事に出席するのを嫌がっていると知った時だった。
『あれ? もしかしてこのままだと、あいつらも……?』
半年ほど前だったか、そんな言葉を吐いたのを覚えている。
俺をかわいがっていた祖父母はもういない。祖父母を嫌っていた両親は、姉をかわいがっている。もちろん、菜美と潤也のことも。そして、両親と姉は、俺を良く思っていない。そんな状況であいつらが俺に懐いたらどうなるのか。祖父母の愛を受けた俺は、両親の愛を受けられなかったんだ。近い未来、二人が俺のように両親や姉から疎まれるようになったりしないだろうか。
あの時繋いだ二人の手は言っていた。「新太おじちゃんだいすき」と。姉の夫の
だけど、と、温かな思い出を頭が否定する。未来の二人にとっての障害に、俺はなりうる。負の連鎖であるねじれはここで修正しなければならないのではないか。
それから俺は唐突に怖い新太おじちゃんになった。きっとあいつらにとっては青天の霹靂だっただろう。ごめん、ごめんな。そんなふうに心の中で謝りながらも、俺は姉家族が来ても挨拶などせず、事あるごとに怒鳴り散らし、笑顔を見せることはなくなった。
俺は、菜美と潤也に完全に嫌われた。
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