ゆきまる

なかむら恵美

第1話

市役所に勤めて、早や3年。

今春の人事異動で、市民課に配属された。


何故か、婚姻届け。

法律的に夫婦と認められる、業務を担当することが多い。

「おめでとうございます」まずは言い、

「それではですね、こちらの方に」申請用紙を渡して見守る。

書き終えた様々の確認を取り、

「終了しました。末永くお幸せに」締めて終わるのが、ざっとだ。

ひと新夫婦につき、大方、5,6分といった所だ。



世ではネット申請も多いと言うのに、何故かしらここでは、来訪申請。

窓口を通し、ちゃんと紙で、ちゃんと手書きで申請する人が多い。

わたしが担当した限りでは、同性婚もなければ、別姓を選択する向きもない。

「まぁ、地方の悲しさね」

「人口3万にも満たないとこじゃあ、直ぐに噂が広まるんでないの。元々、予算のない所だもの。掛けない所は徹底的に、掛けたくない」

それとなく課の関係者に聞いてみる。皆々、自嘲的だった。

しかし「イザと言う時、同姓でないと面倒臭いから」

が、ニュー夫婦・申請する側の本音でもあるようだ。


旦那の姓字に改正する新妻。

いづれわたしも「八日市場(ようかいちば)」になるのだろうか?

「八日市場 沙都子(ようかいちば さとこ)」

紙切れなんぞに書いてみる。「佐藤 沙都子」と偉い違いだ。 



そんな某日。

早朝、朝8時半ジャストに、若い2人が窓口に来た。

「婚姻届けを、お願いしたいんですが」

先に口を開いたのは、旦那だ。

共に30歳前後。色違いのお揃いシャツ、デザイン違いの同じ七分丈ズボン。

知的な感じの奥さんは、眼鏡を掛けていた。

「おめでとうございます。ではこちらの用紙に、、、、」

いつものように説明し出すと、初々しく2人は寄り添っていた。

5分後。

ポツポツ利用者が目立ち始めた中、書かれた申請用紙を確認する。

旦那の筆跡は、やや右上がりだが、奥さんは真っ直ぐだ。


各々の氏名をざっと見る。

「えっ?」

「びっくりしちゃうでしょ」反応したのは、奥さんだ。

「ねぇ?」

「まぁ、うん」苦笑しながら、旦那も言う。


夫の氏名欄に「幸丸 幸一郎」

ふりがな欄に「ゆきまる こういちろう」

妻の氏名欄に「雪丸 幸」

ふりがな欄に「ゆきまる みゆき」

夫の姓を名乗る欄に、〇(まる)


「ゆきまるさん、っておっしゃるんですか?お二人とも?」

顔をあげ、思わず聞く。

「そう。だからどちらでもいいんだけどね、僕らにとって姓字って」

「三男なんです、この人。次男が養子に行ったので、<じゃっ、俺も>

なんて言ったりもしてましたけどね。達也くんも、養子に行ったっけ?」

「お友達ですか?」

本日の話題が1つ、出来た。

「うん」一息を入れてから、

「僕の周りって、意外と多いんです。養子に行った奴が。だから悪くはないかと思ったんだけど、奥さんが」

5,6人の他課員が、何やら話しつつ横切る。

「そっ、言ったんです、わたし。<同じゆきまるなら、幸せに丸な方がいいんじゃない?>って」

書類の一文字を意識する。

「そうですね、それにお二人のお名前にも共通していますもの。<幸せ><幸(みゆき)の文字が。一生、ラブラブなのに決まってます」


「一生?それはどうかしら?ねぇ?」

「分かんないよ。努力しないとね」

3人で笑った。



                           <了>

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ゆきまる なかむら恵美 @003025

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