第28話 金持ちの騎士道。傷ついた黒猫は、最高級のベッドで眠る

林間学校から帰還した翌日。  銀河帝国近衛騎士団長、エクレア・ミストラルは、人生最大の屈辱を味わっていた。


「……ヴォルグ。貴様、本気で言っているのですか?」


 彼女が立っているのは、木造アパート『コーポ・ドリーム』の一室。  六畳一間の畳部屋には、煎餅布団が一組と、カップ麺の空き容器が散乱している。


「は、はい! ここが私の現在の拠点であります!」


 ヘルメット姿のヴォルグが、直立不動で敬礼した。


「狭いですが、住めば都です! 風呂はありませんが、近くに銭湯があります! さあ団長、どうぞお寛ぎください!」 「…………」


 エクレアは部屋を見渡し、そして冷たく言い放った。


「却下です。ここは家畜小屋ですか? 帝国の牢獄でも、もう少しマシな空調設備がありますよ」


「そ、そんなぁ! 家賃3万円なんですよこれでもぉ!」



 ヴォルグが泣き崩れる。  エクレアは溜息をつき、踵を返した。



「話になりません。私は別の宿を探します」


「だ、ダメです団長! 地球の通貨を持っていないでしょう!? 野宿になってしまいます!」


「野宿の方がマシです。このカビ臭い部屋で、貴様のイビキを聞きながら寝るよりはね」


 バタンッ。  エクレアはアパートのドアを叩きつけ、外へと出た。




   ◇




 とはいえ、当てもない。  夕暮れの住宅街。足を引きずりながら歩くエクレアの腹が、小さく鳴った。


「……屈辱ですね」


 公園のベンチに座り込み、彼女は唇を噛んだ。  あの泥棒猫(湊)の家に転がり込むわけにはいかない。  かといって、野宿で体を冷やせば、捻挫した足の回復が遅れる。  八方塞がりだ。


 ――キキィッ。


 その時、一台の白いリムジンが、公園の前に滑り込んできた。  後部座席の窓が開き、包帯まみれの男が顔を出した。


「やあ。こんなところで何をしているんだい? 迷子の黒猫ちゃん」


「……貴様は」


 西園寺玲央。  林間学校で何度も吹き飛ばした、あのウザい金持ちだ。



「失せなさい、羽虫。今の私は機嫌が悪いのです。これ以上骨を折られたくなければ……」


「宿がないんだろう?」


 西園寺の言葉に、エクレアがピクリと反応する。


「……ヴォルグ君から聞いたよ。君は高貴な身分ゆえに、下民の生活には馴染めない、とね」


「盗み聞きとは趣味が悪いですね。……ええ、そうですよ。ですが貴様のような男に施しを受けるつもりはありません」


 エクレアは立ち去ろうとする。  だが、西園寺は車を降り、彼女の前に回り込んだ。  そして――ボロボロの身体で、恭しく膝をついた。


「施し? 誤解しないでくれたまえ」


 彼は真剣な眼差しで、エクレアを見上げた。


「僕は、君の『強さ』と『気高さ』に敬意を表しているだけだ。君が見せた、あの鋭い蹴り。そして負傷しても決して弱音を吐かなかった誇り高さ……。感服したよ」


「……は?」


「傷ついた戦士に、休息の場を提供する。……それが、貴族としての義務(ノブレス・オブリージュ)であり、僕なりの騎士道さ」


 西園寺の瞳に、いつもの下心は見えなかった。  あるのは、純粋な敬意と、少しの狂気(ナルシズム)。



「……貴様、頭でも打ちましたか?」


「フッ、君に蹴られた頭なら、とっくにイカれてるさ」


 彼はリムジンのドアを開け、エスコートの手を差し出した。


「我が屋敷へ来たれ、黒き雷光よ。……見返りは求めない。ただ、万全になるまで羽を休めてくれれば、それが僕の喜びだ」


「…………」


 エクレアは迷った。  だが、この男からは敵意も、下卑た欲望も感じない。ただの「お人好しのバカ」だということは、林間学校でなんとなく理解していた。  それに、この足ではこれ以上歩けない。


「……いいでしょう」


 彼女は西園寺の手を取らず、自らシートに乗り込んだ。


「勘違いしないでくださいね。一時的な徴用です。貴様の屋敷を、帝国の駐屯地として認めてあげるだけですから」


「ああ、光栄だよ。女王陛下」




   ◇




 数分後。  案内されたのは、西園寺家の広大な敷地内にある「離れ(ゲストハウス)」だった。  なんと、九条湊の家の真裏に位置する豪邸だ。


「……ここなら、殿下の様子も監視できますね」


「気に入ってくれたかい? ベッドは最高級のキングサイズだ」



 エクレアはふかふかのベッドに腰を下ろし、ほう、と息を吐いた。  ヴォルグの煎餅布団とは雲泥の差だ。


「……悪くありませんね」


 彼女は包帯だらけの西園寺を振り返り、フンと鼻を鳴らした。


「西園寺、と言いましたか。……貴様の『騎士道』とやら、少しだけ認めてあげます。感謝はしませんが」


「フッ、君に名前を呼ばれるだけで十分さ」


 西園寺は満足げに微笑み、部屋を出て行こうとした。


「あ、待ちなさい」


「ん?」


「……足が痛みます。湿布を持ってきなさい。あと、最高級の紅茶と、マカロンも」


 エクレアはベッドに寝そべり、尊大に命じた。


「……はい、ただちに!」


 西園寺は嬉々として走り去っていった。  こうして、騎士道精神あふれる金持ちと、高慢な女騎士の奇妙な同居生活が始まった。  窓の外、すぐそこには湊の家の明かりが見えている。

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