第20話 林間学校へ出発! バスの座席は修羅場とソフトクリームの味がする

林間学校の朝。  九条家の食卓は、いつも通りのカオスと平和が同居していた。


「……おい、湊。確認だが、現地での戦闘(調理)に備えて、私の『愛剣(マイ・フォーク)』は持ったか?」 「持ったよ。あと、包丁とまな板な。武器じゃなくて調理器具だからな」


 リュミエは朝からトーストを3枚平らげ、さらにデザートのヨーグルトを舐めている。  その横で、父さんが新聞を読みながら、深いため息をついた。


「はぁ……林間学校の費用、意外と高いんだよなぁ……。家の修繕積立金が……」 「あらあら、いいじゃないのあなた。若い頃の思い出はプライスレスよ?」


 母さんはニコニコしながら、俺にお弁当(バスで食べる用)とお小遣いを渡してくれた。


「いってらっしゃい、湊ちゃん、リュミエちゃん。……あと、もう一人の『お友達』とも仲良くね?」 「……母さん、知ってるのか?」 「女の勘よ」


 母さんはウィンクした。  この人には勝てない。俺は苦笑いしながら、リュミエと共に家を出た。


   ◇


 学校に到着すると、校庭には大型バスが並んでいた。  クラスメイトたちが浮足立つ中、俺たちの班のバスに乗り込もうとした時――。


「――遅いですよ、泥棒猫」


 タラップの上から、冷ややかな声が降ってきた。  そこには、ウチの制服(ジャージ)を完璧に着こなし、腕を組んで仁王立ちする黒髪の美女――エクレアがいた。  猫耳と尻尾は隠しているようだが、その鋭い目つきだけで周囲の男子生徒を石化させている。


「な、なんでお前がここにいるんだよ!」 「言ったはずです。貴様の『テスト』をすると。……それに、殿下の護衛に休みはありません」


 彼女は当然のように、俺たちのバスに乗り込んでくるつもりだ。  担任の貞松先生は「ああ、引率の補助員(という名目の不審者)か……面倒だから許可した」と死んだ目で呟いていた。先生、仕事してくれ。


「さあ、殿下。お席はこちらへ」


 エクレアが示したのは、バスの一番後ろ。  5人掛けのロングシートだ。


「私が殿下の隣で、安全を確保します。そこの泥棒猫は、一番前の補助席がお似合いです」


「断る」


 リュミエが即答し、俺の腕をガシッと掴んだ。


「湊の隣は私だ。道中、マナの補給もしなければならんしな」


「で、殿下!? なりませぬ! これ以上、その男に近づいては……!」


 バスの中で始まる口論。  


他の生徒たちが「修羅場だ……」「すげぇ、両手に花(猛獣)じゃん」とニヤニヤ見ている。  結局、リュミエの鶴の一声で、座席はこう決まった。


 【 エクレア 】 【 湊 】 【 リュミエ 】


 俺を真ん中にして、左右を銀河最強の二人に挟まれるという処刑席である。


「……狭い」


「寄りかかるな、泥棒猫。斬りますよ」


 右からはエクレアの殺気と、ジャージ越しでも分かる引き締まった太ももの感触。  左からはリュミエの甘い匂いと、俺の腕に絡みついてくる柔らかい感触。  天国と地獄のミルフィーユだ。俺の胃がキリキリと鳴いた。



   ◇



 1時間後。  バスはトイレ休憩のため、高速道路のサービスエリアに到着した。


「空気! 外の空気がうまい!」


 俺は逃げるようにバスを降り、深呼吸した。  車内での冷戦(エクレアによる無言の肘打ちと、リュミエによる対抗マウント)で、精神が削られきっていた。


「おい、湊! 見ろ、あそこに『白い渦巻き』があるぞ!」


 リュミエが売店の方を指差して目を輝かせている。ソフトクリームだ。


「あれは地球の氷魔法か? ぜひ所望する!」


「はいはい。……エクレアも食うか?」


「は? 私がそのような下等な菓子を口にするわけが……」


 と言いつつ、彼女の視線はソフトクリームに釘付けだ。  猫は好奇心が強い生き物なのだ。  俺は3つ買って、二人に手渡した。


「……ふん。毒見をしてあげるだけですからね」


 エクレアはツンとした顔で、真っ白なクリームを警戒するように見つめる。  そして、ピンク色の小さな舌を出して、ペロリと舐めた。


 その瞬間。


「――にゃッ!?!?」


 エクレアが飛び上がった。  猫耳がピンと立ち、目が丸くなる。


「つ、冷たいっ!? なんですかこれ! 攻撃魔法!? 舌が……舌が痺れます!!」


「……お前、もしかして猫舌か?」


「失礼な! 熱いものが苦手なだけです! ……冷たいのも苦手なだけです!」



 彼女は涙目で舌を出してハフハフしている。  クールな騎士団長の面影はどこへやら。  その横で、リュミエが得意げに笑った。


「ふふん。まだまだだな、エクレア。地球のグルメを味わうには修行が足りんぞ。……ほら、こうするのだ」


 リュミエはクリームを大きく頬張り、うっとりとした顔をする。


「んぅ……甘い。湊、あーん」


「はいはい」


「……ぐぬぬ……!」


 エクレアは悔しそうに、でも恐る恐る、もう一度ソフトクリームに挑む。  チロリ、と舐めては「冷たっ!」と身を震わせるその姿は、完全に餌付けされた猫だった。


「……意外と可愛いとこあるじゃん」


 俺がボソッと言うと、エクレアがカッと顔を赤くして睨んできた。


「なっ……! か、可愛くなどありません! あとで覚えてなさいよ、泥棒猫!」


 捨て台詞を吐きつつも、ソフトクリームは完食していた。  こうして、波乱の林間学校への旅路は、甘くて冷たい幕開けとなったのだった。

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