第16話 (第2部 開始) :契約のキスの副作用が、あまりにも甘すぎて直視できない

命懸けの契約から、数日が経った。  世界は何事もなかったかのように回っているが、俺とリュミエの関係には、劇的な変化が訪れていた。



「……んぅ、甘いな」


「……甘いな」



 朝の食卓。  トーストにたっぷりとイチゴジャムを塗って齧り付いたリュミエと、コーヒーを飲んでいただけの俺の声がハモった。


「……おい、湊。なぜ貴様が味の感想を言うのだ? 貴様が飲んでいるのはブラックコーヒーだろう」


「いや、それが……口の中が急にイチゴジャムの味になったんだよ」



 俺は困惑して舌を出した。  幻覚じゃない。確かに今、甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がったのだ。


「……ふむ。これも『魂の共鳴(ソウル・リンク)』の影響か」


 リュミエは納得したように頷き、今度はベーコンエッグを口に運んだ。  途端に、俺の口内が塩気と卵のまろやかさで満たされる。


「ちょ、ちょっと待て! 朝飯の味が二重になって気持ち悪い!」


「我慢せよ。貴様と私は今、魂レベルでパスが繋がっているのだ。五感の一部が共有されても不思議ではない」


「不思議だよ! プライバシーなさすぎだろ!」


 ヴォルグによれば、あの時の契約は「正規夫婦」以上の、銀河でも稀な「完全同期」らしい。  つまり、俺たちは文字通り「一心同体」になってしまったわけだ。


「あらあら。味まで共有できちゃうなんて、朝からお盛んね」


母さんがにこやかに言う。


「母さん!ちがっーー」「嫌だな母上。お盛んなんて」


リュミエが頬を赤らめて、舌なめずりしながら俺を見る。 違う。違うぞそれは。



だが、味覚の共有なんて、まだ序の口だった。  本当の地獄(天国?)は、学校で待っていた。



   ◇



 2時間目の体育。男子はバスケだ。  俺がドリブルで切り込もうとした時、権田がディフェンスに入ってきた。


「へっへっへ、湊! お前の考えなんてお見通しだ!」


「邪魔だ権田!」


俺たちは激しく接触し、二人もつれて床に倒れ込んだ。  その拍子に、偶然――本当に偶然だ――体育館の入口にいた陽葵の、短パンから伸びた白い太ももが視界のド真ん中に飛び込んできた。


「ッ!?」


 健全な男子高校生である俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。  ちょっとしたドキドキ。  だが、その瞬間。


『……っ、んぁ……!?』


 脳内に、艶めかしい声が響いた。  リュミエの声だ。  同時に、全身に電流が走ったような、甘い痺れが駆け巡る。


(えっ、今の何だ!?)


俺は慌てて起き上がり、周囲を見回す。リュミエはいない。彼女は今、教室で数学の授業を受けているはずだ。  だが、今の声と感覚は間違いなく……。


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り、俺は急いで教室へ戻った。  すると、リュミエの席の周りに人だかりができていた。


「リュミエちゃん、大丈夫? 顔真っ赤だよ?」


「熱でもあるの?」


 中心にいるリュミエは、机に突っ伏して、肩で息をしていた。  耳まで茹でたタコのように赤い。  俺が近づくと、彼女は涙目のまま、恨めしそうに俺を睨み上げた。


「……おい、湊」


「あ、ああ。大丈夫か?」


「……貴様、さっき……何をしていた?」


「え」


「急に、胸の奥が熱くなって……心臓が早鐘を打って……変な気分になったのだぞ!」


 彼女が机の下で、モジモジと脚を擦り合わせているのが分かる。  クラスの男子たちが「なんだあの色っぽい仕草は……」「ごくり……」と生唾を飲んでいる。


「……あー、その」


 俺は察した。  俺の「ドキドキ(あるいは性的な興奮)」が、パスを通じてダイレクトに彼女に伝わり、増幅されてしまったのだ。


「誤解だ! 不可抗力のアクシデントがあっただけだ!」


「嘘をつけ! 貴様の思考ノイズから『ピンク色』の波動を感じたぞ! この……むっつりスケベめ!」


 彼女は顔を真っ赤にしたまま、俺の脛をポカポカと蹴ってきた。  痛くない。むしろ可愛い。  だが、これは非常にマズい。  俺が何かを感じるたびに、銀河最強の皇女様があられもない姿になってしまうなんて。


「……管理、しきれる気がしない」



 俺たちの「一心同体ライフ」は、前途多難すぎる幕開けとなった。

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