第18話外泊

 颯との出会いを経て、村に来てひと月になった。

 学び舎は盆休みに入った。

 私が子供の頃のように一カ月近く休むようなものではなく、一週間程度の休みだ。

 そのため、宿題も無い。


 自分のパジャマが完成し、マサとキヨのスリッポンも完成した。

 スリッポンなので靴のように履いてもいいし、サンダルのように踵部分を潰して履いてもいい。

 そう説明するとマサが履いて歩き出す。

「急いでいる時はこっちの方が歩きやすいな。」

 どうやら気に入ってくれたようだ。

「靴下と一緒に履いたら、寒い季節は外を歩いても暖かくて良いねぇ。」

 キヨも気に入ってくれた気配にほっとする。

 氷点下に近い気温の日に素足で歩くのって寒いだけじゃなくて危険だよね。


 村の女性達は男性用パンツブームから解放された後、キヨやカイの奥さんから派生して、靴下ブームに突入した。

 五本指、二本指、指の無い筒型とそれぞれ好みで編んでいるらしい。

 雨の日はどこかの家に集まって、賑やかにおしゃべりしながら編んでいるようで、時々どっと笑い声が響いてくる事がある。

 冬に素足だと寒いから、今のうちに編んで家族分を確保するようだ。


 私は私でジャンパースカートを作った。

これだとゆったりサイズで作る事が出来るし、裾を多めに折り返しておけば身長が伸びるのに合わせて裾を下ろしていけばいい。

 布が足りなくなったら足してフリルにしても可愛いだろう。

 胴回りがきつくなった時にも布を縦に切ってゆとりを出してもいいし、紐を付けて応用出来る。別の布でアクセントにしても良いかもしれない。

 今までの品で一番多くの布を使用したけれど、シンプルなデザインなので手芸魔法で一気に縫い上げる事が出来た。

 動きやすいようにタイトなものではなく、たっぷりと布を使ってふんわりと仕上げた。

 腰には布で作ったベルトを付け、先日購入したバックルで止める。鞄に付けるのは後回しだ。

 我ながらいい出来だと思う。

 これでトップスさえ準備できれば、衣類はひとまず安泰だと思う。

 シャツを作るか、セーターを編むか・・・冬を考えたら編んだ方が良さそうだなー。(遠い目)


 

 ここ数日は休みを利用して行動範囲を拡大している。

 近隣の村や町を通り越して、更に大きな町まで出かけている。

 朝、家を出たら一番遠い場所まで転移して、そこから歩き、たどり着いたところで公衆トイレから家に戻って昼ご飯を食べ、午後はジロウの所で付与魔法の仕事をして、帰宅後は裁縫。夜は山の上に転移して颯と話をする。

 時々颯も一緒に転移して別の町へ置いてくる。

 その町の山で魔石を拾っているっぽい。

 そんな過ごし方をしていた。


 昔、叔母夫婦がこの世界に召喚された際、義叔父は長崎街道と思われる所を進んだと話していた。

 それに倣い、私もそのルートらしき所を突き進んでいる。

 結界の魔法も練習のお陰である程度こなせるようになり、万が一の時にはステルス結界で姿を隠すつもりだ。


 遠出に関しては、心配をかけたくないのでマサ達には何も言っていない。

 ご飯を食べに帰ってきているので、いつもの町へ出かけていると思っているかもしれない。



 順調に距離を伸ばしていたある日、慣れてきたのもあってやらかした。

 盛大にやらかした。

 

 その日はいつもと違い、午前中にジロウの所へ行って魔石に付与をした。

 その後に村の塀の魔道具に魔力を入れて、編み物をしぶしぶと始めた。

 毛糸が無かったので、綿の太めの糸で編み始める。

 個人的には毛糸よりも肌が痒くならないので、綿糸は歓迎だけれど、セーターのような大物を編んだことが無いんだよ。

 手芸魔法頼りの部分が大きい。

 沸いて良かった手芸魔法。

 

 セーターの形にすらならない謎の物体を編んでいる私を見て、キヨが興味を示すが、これ、なんて言って説明したら良いの?

 セーターって言う単語がこの国にある?

 もう『上着』でいいかな?


 お昼ご飯を食べてから村を出る。

 出たところで颯が合流し、一緒にサカノコオリまで飛ぶ。

 沢山の店が並んでいる様子を見て、颯がここで少し買い物をしたいと言い出した。

 颯の姿が見えないように結界を張りつつ、気になるものは代理で購入する。

 持ち帰りが出来る食べ物を購入し、颯がインベントリに突っ込んでいた。

 人間に戻った瞬間、空腹な事もあるものね。

 時間が停止しているはずだから、今のうちに購入しても問題ないはず。

 ついでに古着屋で男性用の着物を一着と紐を買う。

 これでパンツ一丁を回避するそうだ。


 町の塀に魔力を入れて外に出て、颯に代金をもらう。

 そこで別れて私は更に先へ進む予定だ。

 道中見かけた魔道具も魔力を入れつつ、歩いていた。

「今日はもう付与が終わっているし、どんどん魔道具に魔力を入れてもいいよね。」

 颯の初めての買い物を手伝い、初めての町、初めての景色に浮かれていたんだと思う。

 見かけるたびに魔力を入れて、町に到着し、塀の魔道具の場所を聞いて魔力を入れる。


 目的の町に到着し、さて家に戻ろうかと転移をしようとして気が付いた。

 魔力が足りない。

「え?ちょっと待って?今日いくつ魔力を入れた?・・・朝のうちに結構付与をしていたんだったー・・・。」

 がっくり。

 現状を確認しよう。

 家に転移するだけの魔力が無い。

 生活魔法は使える。

 結界も狭い範囲なら使えそう。

「もしかして初の無断外泊?」


 マサ達に何も言わずに出てきたから、行方不明扱いで捜索されるんじゃ・・・。

 サーっと血の気が引いた。

 颯がいたら木板に書いたメモを持って行ってもらって玄関に置いてもらうとか出来そうだったけれど、既に別れているのでその手段すらない。


 この状況になってしまったものは仕方がない、まずは無事に朝まで過ごし、帰宅したら素直に怒られよう。

 まずはどこで夜を過ごすか?

 宿を取ると言っても子供一人を泊めてくれるのか?

 金額はいくらなのか?

 いっその事野宿か。

 野宿だとしても町の外か、町の中か。

 うーん。


 暫く色んなパターンを熟考した。

 まずは食事を確保しよう。

 それから町の中で夜を過ごせるような場所を見つけて、そこで結界を張って寝て、朝になったら転移で戻ろう。

 

 町の中で食事処を見つけ、そうめんを注文して食べる。

「嬢ちゃん一人なのかい?」

 啜っていると子供が一人で食べているのが気にかかったのか、食事処の女将さんが声を掛けてくれる。

「はい。」

 素直に返事をする。

「親は?」

 まぁ、真っ先に聞くよね。

「いません。」

 この世界に親はいないし、肉親もいないのは事実だ。

「子供が一人で一体どうしたんだい?」

 女将さんに心配をかけてはいけないので、それっぽい言い訳をしておく事にする。

「付与魔法の仕事に来て、帰る所なんです。」

 仕事だと言えば問題ないはず。


 じっと私を見て、親に捨てられて途方に暮れた様子も無ければ、悪さをしそうな様子もない。普通に食事を味わっている様子に納得してくれたようだ。

「小さいのにしっかり仕事をしているんだねぇ。」

「たまたま得意な魔法があったので。」

「そうかい。気を付けて帰るんだよ。」

 無事に食事をする事が出来た。


 帰り際、この町の学び舎はどこにあるのか聞いた。

 普段通っている学び舎と違いがあるのか見てから帰ると言えば『日が暮れる前に帰るんだよ』と注意してくれた。

 気にかけてくれてありがとうございます。


「学び舎だったら敷地にこっそりいても、他に立ち入る人がいないんじゃない?」

 そう考えて、学び舎の敷地の運動場に結界を張って寝る事にした。

 インベントリ内の布類を枕にしたけれど、身体が痛くなるのは享受する。

 目が覚めたら回復魔法を使う事にしよう。


 

 翌朝、回復をして結界ごと村の近くに転移する。

 結界を解いて村の中を歩いて行くと、村人に叫ばれた。

「おーい!しのがいたぞぉー!」

 うっ・・・なんか、ごめん。

 一晩中捜されていた気配がする。

 家に行くとマサとキヨが中から出てきた。

「昨日帰ってこられなくてすみませんでした。」

 立ったままだけれど膝におでこがつきそうな勢いで謝る。

「しの・・・無事で良かった・・・。」

 キヨが私の肩を抱く。

「どうやら無事に戻ったようだ、村の衆、ありがとう。」

 マサが言うので、私も後ろを向き、その場にいた人に頭を下げる。

「迷惑かけてすみませんでした。」


 家に入ってからこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

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