やぁあああああ〜〜〜〜れんソーラン!ソーランソーランソーランソーランソーラン!
夏飴うらら
第1話 教室の空気凍りついて草
「えと、前の高校ではダンス部でした」
そう俺が言った瞬間、夏の暑さをひきずっていた教室の空気が凍りついた。
なんか背は高いけどぬぼーっとしたぬりかべみたいな奴が入ってきたなあ、あれが二学期からの転校生かー、ぱっとしねぇなー、けど初めの挨拶くらいは丁寧に聞いといてやるかーみたいな生暖かい親切心で満たされていた空間が、急速に冷却され、同級生になる予定の人達の目がナイフのようにとがっていく。
なんだよ、この反応。
しんと静まりかえり殺気すら帯び始めた室内で、俺は困惑する。
この学校では、ダンス部が嫌われてたりする? それともダンス部ださーい、きもーいってこと? あるいはこんなぬぼっとした奴がダンス部はありえん、この嘘つき野郎がっ! て意味? どれなの? どれでもないの? なんなの? 謎!
謎の答えを探ろうと、俺は愛想笑いを浮かべてここ1ーC のみんなを見渡
す。
けど、一名をのぞいた全員が強い拒絶でコーティングされた表情を返してくるだけで答えどころかヒントすらなく、残り一名は糸が切れた操り人形みたくだらりと机につっぷして寝ているので使えそうになかった。
そうだ、先生がいるな。
俺はふり返り担任教師に助けを求める。
頼りなげなひょろりとした担任は、しかし不自然に俺から視線をそらした。そんで、手に持っている出席簿の紐を謎にいじくりまわしたりなどしている。
おい、無視かよおい? どうすんだよこの状況。なんなんだよこの空気。
なんとか場をなごませたくて、なんとなくおどけてみる、俺なんか悪いこと言っちゃった? と聞いてみるなどしてみたけど、反応はかんばしくない。
やけくそになって、踊ってみた。下手だけど。簡単なステップを踏み、手をふり適当に体を動かす。
ぱらぱらと小さな悲鳴があがり、誰かがいらだったようにがたんっと机を蹴った。みんな険しい顔をして青ざめている。
だから、なんなんすかその反応は?
もうどうしたらいいのかわからなくて、教壇に立ちつくす俺。背後には出席簿の紐をほどいてあやとりを開始した担任教師、前には敵意と恐怖の入りまじった視線で俺を突き刺す三十八の瞳。困惑の膠着状態。
じわじわと流れてきた風が皮膚に浮いた汗を舐めていく。
窓は全開だ。でもまったく爽やかな空気が入ってこなくて、湯気をあげる鍋がそばにあるみたいに蒸し暑い。
まだ青い秋の陽射しがさしこんでいて、窓辺の席だけを神々しいくらいに輝かせている。後光を背負った神でも降臨しそう。神様お願いしますこの空気をとかしてください。というかまぶしそう、カーテン閉めればいいのにと思ったとき始業チャイムが鳴った。祈りが通じたかとほっとしかけ、俺は左右に首をふる。
月曜の一時間目はロングホームルームで今日は体育祭についての話しあいをすると、さっき教室へ来る前の階段で担任が言っていた。てことはこのままじゃん。
あのとき気さくに笑っていた担任は、いまや黙々と黒い紐であやとりのほうきをつくるだけの存在だ。
待てよ? え、もしかしてこれ何かのメッセージなんじゃね? ナスカの地上絵系統の。
ほうきだほうき、ほうきにこの凍りついた空気の謎の答えが? ほうきといえば掃除? ちりとり? 掃除用具入れ? 何? ダンスとほうきになんの関係が? ……っわかんねーよ。
腕組みして首をかしげて俺がうなっていると、清涼感のある声がひと雫、教室に落ちた。その声は透明な波紋のようにひろがっていき、凍てついた同級生達にさざ波をたてる。
「踊れるの?」
声のしたほうへ顔をむけると、怖いくらいに澄んだ大きな目が俺を見ていた。澄みきりすぎていて感情も温度も伝わってこない。
その目の持ち主は窓際一番うしろの席いる女子で、白い陽射しのなかでゆったりとまばたきをする。 首が細く、肩が薄い。華奢で、ボールにあたっただけで壊れてしまいそうな儚い雰囲気だけど、顎のあたりでスパッと切りそろえられた黒い髪と引き結ばれた唇からは何か強靱なものが感じられる。
さっき、糸が切れた操り人形のようにだらりと眠っていたのは彼女で、目を覚ましたらしい。机に緩く組んだ腕をおき、前のめり気味で俺に注目している。
「踊れるの?」
彼女はもう一度そう質問した。水分の多い眼球がきらきらと輝いている。
「まあ。上手くはないけど」
かわいい子に興味をもたれて、ちょっとくすぐったいような気持ちになりながら俺は答えた。
彼女は嬉しそうに目を細める。長いまつげが下まぶたに謎めいた影を落とし、濃いピンクの唇が凄みのある笑みを浮かべる。ろうのようにつるんとした白い手を俺の方へのばし、ダンスにでも誘うように首をかしげる。
「じゃあ、あたしと永遠に踊ってくれる?」
その言葉を消化するのに数十秒かかった。が、それはつまり俺と永遠に一緒にいたいという理解でいい?
急なプロポーズ? にほっぺたが赤くなっているだろう体温の上昇を感じたが、俺は冗談めかして返事する。
「ええ、告ってる? いきなりすぎんだろ」
かわいいから、嬉しい。嬉しんだけど唐突すぎるから、何か裏がある気がして不気味でもある。
まあでも甘いようないい雰囲気が二人の間に漂いだした。ときだった、彼女の隣に座っていたがっちりした体型の男が立ちあがり、勢いよく彼女の胸ぐらをつかんだ。彼女を乱暴にゆすっている。細い首がかくんとうしろへ折れ、つややかな髪がさらさらさら。白い喉からあははと愉快そうな笑い声がこぼれてくる。
え、なんで笑ってられんの、その状況で。怖くない? 誰か止めて?
「呼ぶな!」
彼女を食い殺さんばかりの迫力ある彼が放った怒声に、情けなくも気圧されて俺は後退する。担任に尻がぶつかり、複雑な転び方をしたあげく、教壇に押し倒した。
床に手をついて体をささえた俺の下で頬を桃色に染める担任。
なんで赤い? あと呼ぶなって、何を?
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