最近一緒にゲームする女友達が角待ちショットガンならぬ、角待ち”ショクパン”してくるんだが?
せにな
第1話 角待ちの申し子
13-12の拮抗した場面。
残り1ラウンドを取れば、我がチームの勝利。
ボイスチャットで広がる情報の量に意識を集中しながらも、睨みつけるのは目の前にある小さな黒色のクロスヘア。
「あ、これBローテしてるわ」
クロスヘアに集中してた意識を耳に持っていく。
さすれば、聞こえてくるのは逃げていく敵の足音。
『きたきたっ!私のターン!!』
まるで『計画通り』とでも言いたげに高らかに声を漏らすのは少女の声。
通話越しでも分かる。きっと剥き出しになった歯茎は手に持つ”ショットガン”にヨダレを垂らしているのだろう。
「…………」
チラッとマップを見やれば、そこにいるのは害悪キャラが角待ちショットガンをしてる姿。
止まって打ち合うゲームだというのに、あのキャラは走り回ってショットガンをバンバンッ。
なーにが楽しいんだよと言いたいが、味方にいれば心強いったらありゃしない。
だから俺は、Bに寄りながらもマップで少女の行く末を見守る。
『足音かくにーん!私を警戒してる様子なーし!!』
「なんの報告だ。エイムに集中せんと外すぞ?」
『心外ね?私を誰だと思ってるのさ!巷で有名の『角待ちの申し子』よ!!』
「『角待ちの申し子』ねぇ……」
思わず苦笑を浮かべてしまう俺なんて気にも留めていないのだろう。
刹那に鳴り響くのは、バウバウというショットガンの銃声と、少女の高笑い。
右上に表示されるキルログは、あっという間に5人を映し出して……
『たーーのしぃいー!!!イーーーーージーーーー!!!!』
脳汁の放出を促すような効果音とともに、画面いっぱいに映し出される『Top Player』という文字。
明らかに高くなった声色だけで察しがつくが、相当の快感を有しているのだろう。
……まぁ、相手は良いようには思っていないらしいけど。
【きも】
【なにが楽しん?】
【mazideowatteru】
そんな言葉たちがチャット欄に流れるが、当たり前のように気にしない彼女は鼻歌交じりにタイピング音を鳴らす。
【sryねぇ】
強者なら反応してほしくないという意見が俺の中にあるが、言われっぱなしなのも嫌だったのだろう。
相変わらずにニマニマとするショットガン野郎に冷笑を浮かべる俺も、タイピングの音を鳴らして一言。
【GG】
と送ってやれば、画面いっぱいに広がる『Victory』という文字。そうして待機画面へと戻ると、ゆったりとしたBGMが彼女の脳汁をようやく制御してくれる。
「満足したか?」
『いやもうめっちゃ満足!ショットガン楽しすぎでしょ!』
「……俺は嫌いだけどな」
『なんでさ。『角待ち』ってのが肝だよ?それを極めれば楽しさに気づくはず!』
「その『角待ち』ってのが嫌いなんだよ」
『ふーん?変な人』
「どっちのセリフじゃい」
通話越しに他愛もない会話を繰り広げる俺は、横目にパソコンに表示された時計に目を向ける。
「もう3時か……」
3時と言っても、午後3時を指してるわけじゃない。
夏であればそろそろ鳥たちが目を覚まし、朝日を拝むために大空を飛び交う頃。
冬であればまだまだ月の光が目立つのだろうが、今の季節は丁度秋。
夏休みで完全に生活リズムを失った俺たちは、平日なのにもかかわらず、深夜までゲームする日々。
お陰様で学校でも睡眠の日々。
『そろそろ寝る?』
「いやまぁ、べつにオールしてもいいぞ?どうせ今寝ても起きれるか分かんねぇし」
『オールとか終わってない?だから学校でも寝るんでしょ?』
「あ、逃げる気だ。そうやって逃げて1人だけ寝るつもりだ。うーわっ、友達裏切りやがった」
『はぁ?裏切ってないし?誰が寝るって言ったの?あんたよりもずっと起きとくし!』
「じゃあ勝負じゃ!」
『望むところ!!』
良くも悪くも、俺達は互いを高め合っていると思う。
日常生活はまぁ置いとくとして、少なくともこのネットの世界ではお互いがお互いを煽り合い、『負けたくない』というプライドを引き出させている。
――お陰様で、俺の目元は真っ黒だ。
ゲームしていたのがほんの数分前。
学校の時間というわけで切り上げた俺は、洗面台の前に立つ。
何度顔を洗っても、軽くなることのない瞼は幾度となく閉じかけていた。
もちろんそのたびに母さんに怒られるわけだが、さすがにそろそろ慣れてきたものだ。
「いってきまー」
「いってらっしゃい」
リビングから聞こえてくる声に背中を押されながら玄関を開ける。
ほんの少し前までは暗かったはずの外は、俺を浄化させるように強い光が燦々と降り注ぐ。
眩しさに思わず目が閉じかけたが、慌てて目をこすった俺はおぼつかない足で歩道を歩く。
「あいつの体力バケモンだろ……」
結局あれからずっとゲーム――ヴェラロント――してた俺達。
最後の最後まで害悪キャラ&ショットガンを使いこなしていたあいつは、毎試合のように敵に暴言を吐かれていたが……気にする様子は当たり前のようにない。
「……絶対あのキャラだけは使わん」
なぞの対抗心を燃やしながらも、太陽に向かって大きな伸びを披露する。
そんな伸びが脳みそを刺激してくれたのだろう。
すっかり目が覚めた俺は、シュッとした面持ちとともに角を曲がる――
「――キャッ!!」
突然体全体に加わる衝撃は、寝不足が故にグラッと軸を歪ませる。そして聞こえてきたのは、さっきまで幾度となくイヤホン越しに聞いていた少女の叫び声。
慌てて目を開ければ尻餅をついて「痛たっ」と腰を擦っていた。
残念ながら、こんな女子らしい声はゲーム内で聞いたことは一度もないのだが。
なんとか体の軸を取り戻しながらも、次に目に入ったのは……宙を舞う”食パン”。
ジャムどころか、本当に焼いているのか?と思ってしまうほどに真っ白なその食パンは、何回転もして――
「――んっ!」
パン食い競争レベル100と言ったところだろう。
尻餅をついた姿勢だというのに、柔軟に動かした上半身は、無駄な動きなんてひとつもなくその食パンを咥えた。
「……どんな特技だよ」
これが大陶芸なら拍手喝采だっただろうが、今ここにいるのは俺と彼女――もとい、
誰も拍手しないこの場所に訪れるのは、静寂のそれだった。
ジト目を向ける俺とはべつに、長い睫毛に包まれた綺羅びやかな瞳が俺を上目遣いに見た。
『すごいでしょ!』なんて事を言いたいのだろうが、塞がった口がそんな言葉を発せれるわけもなく無言。
「目で訴えかけるんじゃねぇ……」
なんて言葉を吐き捨てながらも、手を差し伸べてやればすぐに握る小さな手。
勢い良く腰を上げれば、背中まで伸びたベージュの髪色がふわりと風に靡いた。
何より特徴的なのは、少しズレた茶色の縁に囲まれたまん丸のメガネ。
俺の手を離すこともせず、空いた左手でメガネを掛け直した恋和は、小さな口で食パンを噛みちぎった。
「んで、この食パンは俺が持つと?」
「と言いながらもう持ってくれてるじゃん?」
「……いつものクセじゃ」
はにかむその顔は、きっとテレビに出る女優さんよりも可愛いと言う人がいるほど。
残念ながら、俺もその1人だからなにも反論することはない。
「それで今日はどうだった?私の渾身の角待ちショクパン!」
「べつにどうだったもこうだったもねぇだろ……?まぁ強いて言うなら、迷惑の一言に限るけど」
「迷惑とは失礼な!私は巷で有名な『角待ちの申し子』だよ!」
「だからといって『角待ちショクパン』をするな」
離した手で軽くチョップをお見舞いしてやれば、「いだっ」と後頭部を擦る恋和。
きっと……いや、確実にこいつは俺のことを王子様として見ている。
どこかの少女漫画に憧れたのかどうかは知らないが、高校に入って2年が経った頃。忽然として『角待ちショクパン』をするようになった。
それこそ最初の頃は『運命か?』なんてことも思ってたが、ほぼ毎日のように続けられてるんだ。
誰にだって慣れが来るし、呆れも当然訪れる。
「てかいつになったらその角待ちショクパンやめてくれんだよ」
「んー、私の視界に『Top Player』って表示が出たら、かな?」
「おいそれ一生続くじゃねぇか。終わってんな」
「ってのはまぁ冗談だよ?ちゃんと終わりの節目は付けてるから!」
「お?まじで?教えてくんね?今すぐにでもその『終わりの節目』を実行してやるから」
「ふふんっ!聞いて驚きなよ!!」
べつにそこまでして大きくない胸を張り上げるこいつは、誰かに対抗しているのだろうか。
(負けず嫌いの恋和のことだからワンチャンあり得るな……?)
「おーい
「聞いてる聞いてる」
「ほんとかな……?」
訝しむ目が俺を睨みつけるが、ポーカーフェイスを保つ俺は上下に頭を振るだけ。
そんな俺を問い詰めてもなにも出てこないことを悟ったのだろう。
気を取り直した恋和は、再度胸を張りあげて堂々と放った。
「Youが私のことを好きになったらやめてさんぜよう!!」
刹那に集まるのは、いつの間にか周りを歩いていた通行人の視線。
共感性羞恥が体全体に駆け巡る中、彼女もやっぱり陰キャだった。
あっという間に肩を縮こませ、何事もなかったかのように先陣を切って歩き始めた。
だが、先に言おう。
俺は君とは付き合えない。
「俺の心が変わったらな」
そんな言葉を残した俺は、頼りない背中を見つめながら歩く。
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