46話



「お父様、ただいま戻りました」


「うむ、話は聞いておる。そなたが無事に戻ってなによりだ」



 国王の執務室にて、リコリスとその父ドルガゼルが体面を果たした。第一王女と国王という立場のある二人だが、親子としての絆も持ち合わせており、ドルガゼルは娘の無事を心から喜んでいた。



「急ぎおまえを救ってくれた者に感謝の言葉を述べたい。明日の朝一番に使者を遣わそう。ライム」


「はっ、すぐに手配いたします」



 王の言葉にすぐに反応したのは、ドガル王国宰相ライデルハイムである。彼もまたリコリスの帰還を喜び、無事な彼女を見て安堵した人間の一人だった。



 王の指示に従って部屋をあとにしたライデルハイムを見送ると、ドルガゼルは綻ばせた顔を真剣なものに変え、リコリスに問い掛けた。



「それで、おまえを救った者とはどういった者だ?」


「ごく普通の冒険者でした。優秀な人材ではありますが、特質するべき点はなかったと思います。ただ」


「どうした?」


「冒険者の一行に一人だけ人族の少年が紛れていました。話を聞けば、世界を見て回るための旅の途中だとか」


「ほう、それはまた変わった目的を持っているのだな。……名は?」


「ソリスという成人して間もない少年です」



 為政者として娘を救った父親として、一国の王女を救った人間の為人は知っておくべきだ。そのため、ドルガゼルは彼らと直接接触したことのある娘から情報を得ておこうと考えた。もし優秀な人材であれば国の発展のために取り立てることも視野にあった。



 しかし、リコリスの話によると、優秀ではあるものの特別な人材はおらず特にこちら側に引き込むべき人材はいないという答えが返ってくる。だが、彼女は続けて気になることを口にする。それは、旅の同行者の中に人族の少年がいたということだ。



 人族はどこの国にも一定数いる。そのため、人族が珍しいということはない。しかし、人族が一人で行動しているというのは珍しく、なにか人には言えない事情がある場合が多い。もちろん、なんの事情もなくただ一人で行動することを好んでいる人族も皆無ではないため、一概には言えない。



 そして、肝心の今回セリアンスロープの冒険者たちと行動を共にしていた人族はといえば、前者ではないかとリコリスは実際に話してみて感じた。



「ふむ、リコリスはその者がなにか人には言えぬなにかしらの事情があると見ているのだな?」


「わかりません。ですが、少なくとも只者ではないことは間違いありません。あの若さにして達観したような眼差し。まるで、すべてを見透かしたような穏やかながらも内に秘めた鋭さを感じました。まるで、父上と話しているような」


「ほう、そこまでか。それは是非とも会ってみたいものだ」



 リコリスの人を見る目は確かであり、それは親の贔屓を差し引いても信頼できるものだとドルガゼルは評価している。そんな彼女が、かの人族の少年に自分と同じものを見たと口にする。王として一人の人間としても彼が興味を持たないはずがない。



「それはさておいてだ。視察の件はどうであった?」



 それから、リコリスの公務についての話となり、例の少年についての話はそこまでとなった。しかしながら、ドルガゼルの心の中に少年に対する興味は確かに植え付けられたのである。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ようやく着いたか。ここに来るのも何年振りか」



 その一方、十数日という長い旅路を経て、ドドリアスにとある人物がやってきた。魔工都市【マギドグルズ】に居を構えるアルケノスである。彼が急遽ここに来ることになったのは、友が寄こした手紙に同封されていたプロジェクショナーで撮影された絵が原因だった。



 相も変わらず不愛想な顔を浮かべている友に呆れながらも、一緒に映っていた少年の姿を見て、アルケノスは目を見開いて驚愕した。そこに映っていたのは、紛れもなく隣国の皇太子セシル殿下であったからだ。



 魔工技師として著名なアルケノスは、王家主催の外交パーティーにたびたび招待される。できればそんなものに参加したくないと思っているアルケノスだが、自分が祖国にとって重要人物であるという自覚もあり、仕方なく毎回参加していた。



 その中で、他国の要人と知己を得る機会も多く、特に祖国と接する国の要人とは特に顔を合わせることが多かったのである。



 そして、アルケノスにとってグラシアル王国の皇太子であるセシル殿下は、今まで知り合った他国の要人の中でも群を抜いて印象に残っている人物であり、彼がプロジェクショナーで撮影した絵を一目見て映っていた少年がセシル殿下であると断定したのはそのためであった。



 どういった理由で、かの御仁が数十年来の我が友と映っているのか、それもまた気になるところではあるが、アルケノスが危惧したのは、このことを国の上層部が把握しているのかということである。



 もし、把握していなかった場合、後々問題となる可能性があり、そうならないためにも確実にこの事実を知っている自分が動かなければならないとアルケノスは判断した。



 ドガル王国の国王が無能というわけではないが、手紙を送って国王の手元に届くのに最速でも十日はかかり、そこから使者を遣わしていろいろと手続きをしていると半月以上も経過してしまう。その間何か問題があってはならないため、彼は手紙を王都へ送ると同時にすぐさまドドリアスに向けて出立したのだ。



 宿を確保する暇も惜しみ、アルケノスはすぐさま友の工房へと向かった。以前来たときよりも明らかに発展している都市の風景を楽しむことなく、彼は友の工房にやってきた。



「ベンガドぉぉぉぉおおおおおおおおおおお」



 基本的に鉄を打つ音が響き渡る工房では声が届き辛い。しかし、そんなものは関係ないとばかりにアルケノスの大音声は工房にも届いた。



「なんだ? うちの工房で騒ぐやつは。って、アルケノスじゃねぇか! 十年ぶりだな」


「そんなことはどうでもいい!! あの方はどこだ!?」


「は? 誰のことだよ?」


「プロジェクショナーの絵でおまえと映ってた少年だ!! どこにおられるのだ!!!」



 久しぶりに会った友に目もくれず、アルケノスはベンガドの体を揺らして少年の居所を問い詰める。しかし、返ってきた答えは彼の期待しているものではなかった。



「ソルのやつなら、もうこの都市にはいねぇ。どっか行っちまいやがった」


「なん、だと? どういうことだ!?」



 ベンガドから詳しい事情を聞き、件の少年が駆け出し冒険者として彼のもとを訪れていた事実が判明する。ベンガドは少年の素性を一切知らず、少年が素晴らしい鍛冶の才能を秘めていることを自慢げに語った。



「駆け出し冒険者……そうか! 冒険者ギルドだ!!」


「お、おいアルケノス! ……行っちまいやがった。久しぶりに会ったってのに、騒がしいやつだ」



 十年ぶりの友のことなどどうでもいいとばかりに、アルケノスは冒険者ギルドへと足早に向かった。そして、ギルドマスターに取り次ぐよう要請し、すぐにその願いは叶えられた。



「まさか、三賢人のお一人であるアルケノス殿がドドリアスにやって来られるとは。どういった用件ですかな?」



 いきなりやってきた著名人を前に、ゼヴァイスは目を丸くする。彼の言う三賢人とは、それほどまでに名が知れた人物なのだ。



 三賢人……それはドガル王国内において鍛冶・魔工・魔術の三分野で最高峰の技術を持った三人のドワーフを指す言葉である。職人気質な国風を持つドワーフにとってそれは重要な能力であり、彼らの発言力とそれが及ぼす影響力は決して侮れないもので、場合によっては国王の言葉よりも優先されることもあるほどである。



 その三賢人の一人であるアルケノスが、一体自分になんの用だと身構えるゼヴァイスだったが、彼の口から発せられたのは意外な言葉だった。

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