34話



「さっき大きな音がしたけど、なんだったのかしら?」



 レッサーサイクロプスの脅威から脱出したミルたちは、盗賊のアジトから出口へと向かっていた。しかし、その道中自分たちがたった今抜けてきた後方から巨大な轟音がしたことに不安を覚えた。



 特にチャムのソルに対する不安は大きいもので、本当に彼を置いてきてよかったものかと、今になって後悔の念に苛まれていたのだ。



「……まあ、とにかく今はここを脱出するのが先決だ。彼のためにも、我々は生きて帰らなければならない」



 そう声をかけるミルだが、彼女もまた最悪の結末を想像していた。すでにソルがレッサーサイクロプスにやられているのではないかという最悪の結末を。



 あの状況下で、誰かがレッサーサイクロプスの足止めを行わなければならないというソルの主張は正しい。誰か一人でも生き残り、事の顛末を冒険者ギルドに伝えなければならない。



 もしあの化け物がドドリアスに侵攻してくれば、大きな被害が出ることになる。それを防ぐためにも、誰かがドドリアスに帰還する必要があるのだ。



 レッサーサイクロプスの足止めという最も過酷な役割を彼は引き受けてくれた。そのお陰で今自分たちは安全に脱出ができている。それは、ここにいる全員が思っていることであった。



 だが、それを差し引いてもソルの有無を言わせぬあの断固たる態度。まるで、一国の王が下々の者に命令するかの如く威風堂々とした毅然たる風格のようなものをミルは感じ取っていた。



 その圧力に根負けする形で、ミルや他の者もソルにすべてを任せざるを得ない状況に誘導されてしまった。これは、彼が意図的に狙ったものなのかそれとも無自覚に引き起こした出来事だったのか、それは定かではない。



 しかし、あのとき彼の言葉を聞いた全員が逆らえないなにか。感覚的なものとして“この人の言うことに逆らっちゃいけない”という謎めいた力が働いているような錯覚を覚えた。



 その感覚は、王族などのやんごとなき方々と対峙しているようなどこか尊厳めいたものであったが、こんなところに他国の王族がいるはずがないというのが彼女らの共通認識であった。



「……まさかな」



 ミルはその可能性を即座に否定する。一国の王族が冒険者に紛れて生活するなど、お伽噺でもなければあり得ないことだ。



 実際は、そのまさかな事態になっているのだが、人という生き物は目の前にあり得ない事象が出現すると、その中で最も現実的な可能性を選択する傾向にある。



 つまりは、ミルたちがソルに王族の風格を感じたのは、危機的状況の中で、自らを犠牲にしようとする彼に英雄の気質を感じたからだという解釈となっている。



 まかり間違っても、ソルが王族でその態度が表に出てきたなどという非現実的な答えには至らないのだ。



 もっとも、その非現実的な答えこそが真実なのだが、それを今の彼女たちが知ることはない。



 彼女たちも一端の冒険者であり、なにを優先すべきかは理解している。無駄口を叩くことなく、最短距離で盗賊のアジトを脱出し、急いでここまで運んでくれた職員のもとへと駆けていく。



 血相を変えて帰ってきたミルたちと、一人欠けたメンバーを見た職員は、盗賊との戦闘中になにかが起こったと察し、話を聞いてみたところ、信じられない答えが返ってきた。



「そんな、危険度Aランクのレッサーサイクロプスが?」


「この目で見てきた。間違いない。それよりも、今は急いでドドリアスに帰還しなければならない。ギルドに報告して今後の対策を立てないければ」


「あの、決まりきったことを聞くようで申し訳ないのですが、ソル様はどちらに行かれたのでしょうか?」


「……彼は、アタシたちを逃がすために残ったわ」


「……そうですか。わかりました。とにかく今は、彼のためにも急ぎドドリアスへと戻った方がいいと考えます。皆さまもそれでよろしいですね?」



 ギルド職員として聞かなければならないことを聞いた職員は、戻ってきたミルたちに非常とも言うべき提案をする。それは、このままドドリアスへと帰還するというもので、それが意味するものは、今も足止めをしているであろうソルを見捨てるということだった。



「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それじゃあ、ソルはどうなるのよ!?」


「……お気の毒ですが」


「ふざけないで! アタシは戻るわ。今ならまだソルが生きているかもしれない。助けられるかもしれない! ドドリアスへは、あんたたちだけで戻って――うっ」



 ソルを心配するチャムは、彼のもとへ戻ると言い出した。しかし、彼女の抗議はミルによって物理的に止められてしまう。ミルがチャムの腹部に拳を突き立てたのだ。



 あまりの痛みに、その意識を刈り取られたチャムは、まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。



 気絶した彼女を肩に担いだミルは、そのまま職員の提案を受け入れ、ドドリアスへと戻るという選択をしたのである。



(今の私たちが束になっても、あの化け物には勝てない。でも、ドドリアスに戻って討伐隊を編成すれば……)



 ミル自身、それがどれだけ光明の見えない選択肢かを理解していた。自分たちではレッサーサイクロプスには勝てない。となってくれば、一度ドドリアスに帰還し、討伐隊を編成してレッサーサイクロプスと戦う。戦略的な考え方であり、決して間違ってはいない。



 しかし、ドドリアスに帰還するまで片道で二日、ギルドに報告して討伐隊が編成されるまで最短でも三日かかる。さらに現場に戻るとなれば、最低でも七日以上はかかることになる。



 それまでソルがレッサーサイクロプスと戦い続けられるかと問われれば、子供でもあり得ないと答えるだろう。だが、それでも……それでもほんのわずかな可能性に賭けるしか、今のミルにできることはなかったのである。



「ソル、無事でいてくれ」



 そう願わずにはいられないミルは、生き残った仲間と共に、ドドリアスに帰還することになったのであった。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「ガギャァァァァアアアアア」


「ふむ、なるほどなるほど」



 ミルたちがドドリアスへの帰還を決めたその一方で、ソルはレッサーサイクロプスに斬りかかっていた。今まで他人の目があったため、全力で剣を振るってはいなかった。



 しかし、今は誰の目を憚ることもなく全力で戦うことができる状況だ。であるならば、試していなかった“己の剣がどれほどまでの攻撃に耐えうるかの耐久テスト”を行うことにしたのだ。



 ミルたちの見立てでは、ソルではレッサーサイクロプスに殺されるはずであった。だが、Sランクのエンペラータランチュラと真っ向勝負をしたソルにとって、格下であるレッサーサイクロプスに後れを取るなど、それこそあり得ないことであったのだ。



 ミルたちがいたときからソルはつぶさに観察を続けた。その結果、レッサーサイクロプスの攻撃パターンや動きの一つ一つまで見切ってしまい、今では最小限の動きで攻撃を避けることも可能となってしまったのである。



 これも偏に神眼の能力によるものだが、それを可能にする身体能力もまた彼に与えられた賜物と言える。



 一体どれだけの加護を彼に与えたのか、自称神を名乗る青年に問い詰めたいところだが、残念ながらそれができる存在がいなかった。



 それはさておき、ソルの今の興味は、自分が生み出した剣の性能を確かめることだ。これもまた神眼と身体能力のコンボによって生み出されたものであり、その性能は神器に迫る勢いだ。



 ありとあらゆるものを両断し、世界で一番固いとされるアダマンタイトにすら傷を残すレベルにまで研ぎ澄まされており、某怪盗の漫画に登場する剣士が持つ“鉄を斬る剣”と比べても遜色がないほどであった。



 当然だが、それほどの剣をひとたび振るえば、Aランクモンスターとはいえ、その腕を切断することなどわけはない。実際、ソルによって振るわれた剣の斬撃は、いとも簡単にレッサーサイクロプスの左腕を両断した。



 だが、腐ってもAランクモンスターである。左腕を落とされたことで、レッサーサイクロプスの中にある生存本能が働き、体内に巡る魔力を一気に放出する。



 それがトリガーとなり、レッサーサイクロプスが本来持つ能力が底上げされた。今のレッサーサイクロプスはSランクに匹敵するかもしれない強さを獲得した。



「ていていていていていていていていていっ」



 しかし、あくまでも匹敵するかもしれないという憶測であり、Aランクであることに変わりはない。それに、身体能力が上がったとはいえ、ソルの持つ剣の切れ味に対抗できるようになったのかと問われれば、甚だ疑問である。



 一方のソルはといえば、普段力をセーブした状態で行動している節があり、あまり全力を出したことがない。過去に、全力で動いてみたことがあったが、そのときは周囲の地形が変わるという悲惨なことになってしまった。



 そういった経験から、あまり本気で動かないようにしていたのだが、今回はそういったことを気にせずに剣を振ってしまった。



 普段抑えている力を解放した結果、剣の性能も相まって、レッサーサイクロプスの四肢はバラバラに分断されてしまったのである。



 常人では捉えきれないほどの剣捌きは、一筋の光が走ったようにしか見えない。だが、その動きの中でソルが繰り出したのは、袈裟斬り・斬り上げ・横薙ぎ・突き等々ありとあらゆる剣術の基本となる型であり、様々な方向と角度から繰り出される剣戟によって、レッサーサイクロプスの体はいくつもの肉のブロックに切り刻まれたのであった。



 そして、最後の掛け声でソルが斬りつけたのはレッサーサイクロプスの首元であり、それによってやつの首から上と胴体がお別れすることになったのである。

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