31話



「大変だお頭!」


「なんだ?」


「罠を掻い潜って冒険者どもが攻めてきやがった!!」


「数は?」


「女二人、どっちもドワーフだ」



 部下からの報告を聞いた盗賊のボスである頭目は、訝しい表情を浮かべる。実際聞いていた冒険者の数は五人で、モンスターを襲わせたときの戦闘傾向からDランクになったばかりの若手の冒険者だと彼は予想していた。そのため、慎重に行動するだろうと考え、罠を張って消耗戦を仕掛ける策を練ったのだ。



 だというのに、実際にアジトに攻めてきたのはたったの二人であり、しかもドワーフとはいえ、女冒険者という完全に玉砕覚悟の特攻ではないかと頭目は呆れた。



「いや、それともなにかの策か?」



 あまりの無鉄砲な行動に、頭目は一瞬こちらが把握していないなにかしらの策略があるのではと疑う。しかし、もしそうならば冒険者の数が不足していると彼は考えた。



 仮に先行している二人が盗賊たちの注意を逸らすための陽動であり、冒険者の人数が今の倍の数である十人だった場合、二人を先に突撃させる意味は出てくるだろう。



 だが、実際冒険者の数は五人で、その五人の中に先行してくる二人も含まれている。この状態で陽動を行ったところで、奇襲による優位性はあまり効果がない。



「……とりあえず、放っておくわけにはいかんか」



 なにかの策にしろそうでないにしろ、アジトに襲撃したという事実に変わりはない。そのまま放っておくというのは愚策であり、防衛側である盗賊としては対処せざるを得ない。



 そう結論付けた頭目は、実際に状況を確認するため、アジトの入り口へと移動する。入り口へと近づくにつれて騒がしくなり、頭目が目にしたのは、報告に合った通りドワーフの女冒険者が二人だった。



「なん、だ。これは?」



 そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が広まっていた。すでに迎撃に向かった部下の何人かは物言わぬ亡骸と化しており、頭目が呆然としている間も一人また一人と部下が死んでいく。



「これで三人目だ!」


「ふんっアタシも三人よ」



 よく二人を観察すると、まるで競うようにして盗賊を討伐している。策を弄する頭目でさえさすがに気づかないだろう。一人の冒険者を仲間に勧誘する権利を賭けて、どちらがより多くの盗賊を狩れるか争っているなど夢にも思わないことである。



 しかしながら、二人の気迫はすさまじく、お互いに引けない状況だということはなんとなく理解できる。だが、だからといって大人しく殺されてやる道理は盗賊たちにもない。



「お頭」


「一人で戦うな。三人一組で戦え!」



 冒険者ギルドの情報では盗賊の数はそれほど多くないということだったが、実際には十五人以上はいる。ギルドが嘘の情報を流したのではなく、ギルドが情報を掴んだのが今から五日も前のことであり、その間に増えたのである。



 この世界ではゴブリンも盗賊も、まるで地球で言うところのあの平べったい黒光りした虫のように無尽蔵の如く増える。ゴブリンも盗賊も、一匹見かけたら三十匹はいると思えという格言がこの世界にも存在しており、そういったところもまたゴキb……否、黒光りした虫と同じだった。



「おぉ、おぉ、獲物が向こうから来てくれたわね」


「探し回る手間が省けて結構なことだな」



 一方のミルとチャムは、盗賊たちに囲まれて数による不利を感じているのかと思えば、獲物が向こうからやってきたとその口端を吊り上げる。すでに彼女たちにとって盗賊は人ではなく、勝負の決着をつけるための要素でしかなかった。



 だが、盗賊の頭目は多少頭が切れるようで、一対一での戦いを避け、数による優位をもって戦うよう部下に指示を出す。しかし、剣術というにはあまりにもおこがましいほどの動きの盗賊たちが何人寄ってたかろうとも、日々モンスターと命のやり取りをしている冒険者が後れを取るはずもなく、盗賊たちの攻撃は鎧袖一触のもとに蹴散らされてしまう。



「これで六人だ」


「なかなかやるじゃない。アタシも六人。……あとは、あいつね」


「ひぃ」



 部下たちをすべて殺されてしまった頭目に二人の視線が突き刺さる。その眼光は鋭く、思わず背筋が凍りつく。本能的に逃げなければ殺されると悟った頭目は、踵を返してアジトへと逃げ込んだ。当然二人はそれを追いかける。



「待てぇー!」


「大人しく、アタシの拳の錆になりなさい!」



 冗談ではない。いくら美少女とはいえそんな不名誉なものになどなりたくはないだろう。必死の形相で逃げ惑う頭目の背中を二人が追いかける。



 命がけの鬼ごっこをすることしばらく、頭目はある部屋へと辿り着く。そこは袋小路となっており、どこにも逃げる場所はない。



「さあ、追い詰めたわよ。いい加減観念しなさい!」


「ふっ、馬鹿め。この俺様がなんの策もなくただ逃げていたと思っていたのか?」


「「違うの(か)?」」


「……」



 あまりの逃げっぷりに、ミルもチャムも完全に頭目に騙されていた。実際は途中までなりふり構わずただ生き残るために逃げていただけなのだが、逃げている最中、彼はある秘策を思いついたのだ。



 その秘策を発動させるタイミングを狙うため、途中からは意図的に逃走した振りをしていたのである。もっとも、逃げていたことに変わりはないが……。



「いくらおまえらが化け物染みた強さでも、こいつには勝てまい。いでよ、レッサーサイクロプス!!」



 頭目が壁に設置されたスイッチを叩くと、壁の一部が壊れる。そこから出てきたのは、身長三メートルは下らない巨体を持った一つ目の巨人だった。



 レッサーサイクロプス……冒険者ギルドがAランクの危険度として認定している巨悪なモンスターで、討伐するのに必要な条件として一組以上のAランク冒険者パーティー、または三組以上のBランク冒険者パーティーが推奨されている。



 ミルとチャムはDランクの中でも上位であることは間違いないが、それでも単独でCランクレベルの実力しか持ち合わせておらず、間違いなく勝てない相手であった。



「馬鹿な! レッサーサイクロプスだと!?」


「な、なんでこんな化け物が出てくるのよ!?」


「ははははは、形勢逆転だな。さあ、二人を血祭りに上げるんだ!」



 これで一気に頭目側が有利となった……かに見えた。しかしながら、レッサーサイクロプスの標的はミルとチャムではなかったのである。



 レッサーサイクロプス自体知能はあまり高くない。だが、自分を狭い場所に閉じ込め監禁した相手の顔くらいは覚えているものだ。



「な、なぜこっちを見ている?」


「グォォォ」


「ま、待て! こっちじゃない!!」



 頭目が最後に見たのは、自分に迫りくる巨大な拳だった。自分をこんな目に遭わせた人間に対し、報復するかのようにレッサーサイクロプスが拳を叩きつける。あとに残ったのは、押しつぶされた肉片の塊と飛び散った血だまりのみだ。



 それを見たミルとチャムは、その圧倒的な力を前に戦意を失いかける。戦っても勝てないという事実を突きつけられ、徐々に迫りくる死の恐怖が二人を支配する。



「こんなところで死んでたまるか!」


「ば、馬鹿! 勝てるわけないじゃない!!」


「なら、黙って殺されろっていうのか!? それこそ冗談じゃない! 私は戦う。勝てなくても、なにもしないで殺されるのはごめんだ!!」



 最後まで抗おうとするミルをチャムは止めようとする。しかし、相手がいくら強大な存在であろうとも、なにもせずただただ静観するのだけは、戦いに身を置くものとして許せない。そんな戦士としての矜持を胸に、ミルは手に持った戦斧を強く握り締める。



 例え勝てなくとも、最後の最後まで生きるために抗い続ける。そんな覚悟を胸に、ミルは自分よりも何倍もある巨体に突っ込んでいった。

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