9話
「あのー、ソル様。もう一度言っていただけないでしょうか?」
「? アスリーさんが朝に出してくれた依頼をすべてこなしてきました」
「……」
ソルの言葉を聞いた瞬間、アスリーの目が点となる。確かに、彼に提示した依頼は、駆け出し冒険者が受けるほど難易度の低い依頼であり、それぞれの依頼は特に難しいものではない。しかし、それを朝から昼過ぎというたった五、六時間程度の時間でこなすなど、不可能とは言わないまでも困難であることは確実だ。
だというのに、彼はそれを成してしまった。しかも、それがどれほどのことなのか本人がまるで理解していないことに、二人の置かれた状況の異常性が強調されていた。
「依頼にあったスライムコアと薬草、それにゴブリンの棍棒が入ってます。確認してください」
「はあ」
なにはともあれ、ソルの言葉の真偽を確かめるには、依頼達成のために必要な品がそこにあるかどうかでる。そう結論付けたアスリーは、彼が背負ってきた麻袋の中身を確認してみることにした。
「こ、これは……」
ソルから受け取った袋の中身をアスリーが確認してみると、確かに彼女が今朝提示した依頼達成に必要な品である【スライムコア】・【リクス草】・【ゴブリンの棍棒】が入っていた。
だが、彼女を驚かせたのはそれらの品々ではなく、それ以外のものだった。なんと、採れたばかりと思しき新鮮なキノコも入っていたのである。
これがただの食性キノコならば問題はなかったであろう。しかし、ソルが持ち帰ってきたものはただのキノコではなかった。
「ソソソ、ソル様! こ、これを一体どこで手に入れたのですか!?」
「森ですけど?」
「あ、あなたはこれがどれほどの価値を持っているのかわかっているのですか!?」
「……ただのキノコですよね?」
「やっぱりわかってなかったぁー!!」
それから、まくし立てるようにアスリーはソルに説明する。彼女曰く、彼が持ち帰ったキノコは【ナリッシュ茸】という名前のキノコで、滋養強壮に優れ、上級ポーションや上級解毒薬の材料の一つとしてとても需要が高いキノコなのだ。
その癖、需要の高さとは裏腹に滅多に市場に出ることはなく、薬師の間では【幻のキノコ】とすら言われているほどに希少価値の高いキノコなのだ。
それをあろうことか、ソルは一本ではなく何本も持ち帰ってきた。一本でも幻と言われているキノコを何本もである。
「そんなに貴重なキノコなんですね。知らなかったです」
「反応が薄くないですか? ちなみに、これ一本で八万ガルドしますよ!?」
「えぇー、そんなに高いんですか! こんな小さなキノコが?」
実に約一月分の生活費に相当する金額である。質素倹約に勤めれば、一月と十日ほどは問題なく生活ができるほどの大金であり、今のソルにとっては馬鹿にできない金額であった。
「これはこれは、なんだかとても景気の良いお話をされているご様子で」
「ちっ、出たな。お邪魔虫親父が」
「?」
声のした方を見ると、そこには商人風の服を着た中年のドワーフ男性が立っていた。どことなく怪しい風貌をしているが、その目線はソルを見極めようとさり気なく視線を向けており、それだけでも商人としてそれなりに場数を踏んでいることが窺える。
気になるのは、男性に対するアスリーの態度で、あからさまに顔を顰め、まるでこの世のありとあらゆる苦い食べ物を口にしたかのような表情を浮かべていた。
「お初にお目にかかります。私、ゴールディ商会の代表を務めておりますサハラジャ・ゴールディと申します」
「はあ、どうも。ソルといいます」
「で、なんの用ですか。見ての通り、今は忙しいのですが?」
「なんのことはありません。そちらのナリッシュ茸をこの場で買い取らせていただきたいのです。そうですな。一本十万ガルドでいかがでしょう?」
「ちょっと、それは協定違反じゃないですか? 冒険者が持ち帰ったものは、一度冒険者ギルドで買い取ったあとで商業ギルドに回すってことになっているはずよ?」
冒険者ギルドと商業ギルドにはある協定が結ばれている。それは、アスリーの言った通り、冒険者が持ち帰ってきた品は一旦冒険者ギルドで買い取り、その後商業ギルドが買い上げるというものだ。
もちろんだが、冒険者と商人の個人間での取引にまで規制をかけることは難しい。だが、冒険者ギルドに直接赴き、業務を遮って取引を持ちかける行為は明らかな協定違反なのである。
「これは正当な取引です。ただのギルド職員が口を出すべきではありません」
「いいえ、一人の職員としてこんな不正は見過ごせないわ。このことは冒険者ギルドとして商業ギルドに報告させていただきます」
もはやソルそっちのけで火花を散らす二人だったが、そこで救いの手が差し伸べられる。
「二人ともそのくらいにしておけ」
「ギルドマスター」
声を上げたのは、冒険者ギルドのギルドマスターであるゼヴァイスだった。腕を組みながら二人を睨みつける姿は、歴戦の猛者を彷彿とさせる。
「これはこれは、珍しいこともあるものですね。ゼヴァイス殿が階下に降りてくるとは」
「迷惑な客が来ていると報告があったもんでね。俺としても面倒だが、出張ることにしたってわけだ」
ゼヴァイスの明け透けな態度に、サハラジャは顔を歪ませる。その言葉が明らかに含みを持たせたものであり、具体的な名前を出してはいないものの、迷惑な客が誰なのかを如実に物語っていた。
しかし、諦めが悪いというべきか執念というべきか、それでもサハラジャはゼヴァイスに食い下がった。
「これは真っ当な取引です。いくらギルドでも個人間の取引に口を出すことはできないはずです」
「確かに、度を越さない程度であれば個人間の取引にギルドが口を挟むことはねぇ。だが、それはあくまでも冒険者と商人が正規の手続きを行う前か後という前提条件がつく。今は明らかに手続きの最中だ。これは明らかな協定違反だな」
冒険者や商人とて一人の人間であり、特定の贔屓にしている人間と取引を行いたいという思いがある。それを考慮してギルドは個人的な取引にはある程度寛容な態度を貫いている。要するに黙認である。
だが、明らかに個人間の取引という括りにするには取引金額が高額なものであったり、違法性のある物品を取引していたりする場合は話が変わってくる。あるいは、正式な手続きの最中の横やりや本人の意思に反した強制的・強硬的な取引に関しても黙認の対象外となるのだ。
「とりあえず、話は商業ギルドの連中を交えてしようや。ほら、行くぞ」
「ちょ、ちょっと! 話はまだ終わっていません。私は彼と――」
「いいからこい」
なおも取引を行おうとするサハラジャの襟首を掴み、ゼヴァイスがギルドの外へと連れていく。最後まで抵抗していたサハラジャだったが、商人と元冒険者では力の差があり、抵抗むなしく引きずられていってしまった。
「……とりあえず、手続きを終わらせますね」
「お願いします」
結局、受付での処理は恙なく完了し、三つの依頼達成とナリッシュ茸の買い取り金でソルの手持ちが一気に増えた。
「またのお越しを」
ほくほく顔で帰って行くソルを見送ったアスリーだったが、彼女の中で納得する思いと疑いの思いの両方が混在していた。
彼女が納得したのは、ソルがアリアナと戦った模擬戦で彼女が彼に合格を出した理由だ。冒険者として一流といっても過言でない彼女がソルを合格にした理由が理解できなかったアスリーだったが、もし彼女が今回の一件を予見していたとしたら、模擬戦でいいところがなかった彼を合格にした理由も頷ける。
そして、もしソルに冒険者としての実力があるのなら、それは一体どの程度のものなのか、ギルドの職員として各冒険者の実力はある程度把握しておく必要がある。
つまり彼女が抱いた疑いとは、ソルがどの程度の実力を持っているかというものだったのだ。
「……調査する必要があるわね」
こうして、アリアナのみならずアスリーもまたソルの実力を知るため、調査へと動き出したのであった。
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