5話
ソルが振り返ると、そこにいたのは女性だった。すらっとした体型に肌面積が少ない軽装で、明らかに冒険者の装いをしている。それ自体に問題はないのだが、ソルが注目したのは、彼女の種族だ。
浅黒い褐色の肌に無駄な脂肪がついていないしなやかな体つき、だがそれでいて出ているところは出ており引っ込んでいるところは引っ込んでいる女性として均整の取れた体型。背中まである艶やかなシルバーブロンドと神秘的な黄色い瞳は、まるで物語の本から飛び出してきたかのようだ。
そして、なによりも目を引くのが、側頭部から見え隠れする彼女の長い耳であり、それが彼女の種族が人間でないということを告げている。
ドガル王国を南下していくと、ある国と隣接している。それがエルフの国である。基本的にエルフという種族は白い透き通るような肌をしているが、彼女のように褐色の肌を持ったエルフが存在する。それがダークエルフである。
ダークエルフの特徴としては、身体能力に優れており、魔法的な素養があまりないというところだ。現に彼女の背中には身の丈の半分ほどもある大きなブーメランが背負われている。それが彼女の得物らしい。
「アリアナさん」
「どうした。なにかあったのか?」
「実は……」
女性職員は、突然現れた彼女に事情を説明した。少し考える素振りを見せるも、すぐに解決策を口にした。
「なら、実際にその実力があることを証明すればいい。私が相手をしよう」
「え? アリアナさんと模擬戦をするということですか? それはいくらなんでも……」
ここで冒険者のランクについて説明しよう。冒険者には実力や貢献度に応じて与えられるランクというものが存在しており、下はGランクから始まり、最高位はSSランクとなっている。
そして、女性職員がアリアナと口にしたダークエルフの実力はBランクで、冒険者としてはかなりの実力を持っている。
しかも、【漆黒の狩人(ダークハンター)】という二つ名持ちの冒険者であり、冒険者の間で名の知れた人物でもあった。
「安心しろ。別に本気の殺し合いをするというわけじゃない。その少年の実力を知るために戦うだけだ。だから、こちらからは手を出さない。それならどうだ?」
「まあ、それでしたら……」
明らかな実力差がある者同士での模擬戦ならば、女性職員も許可を出すことはしなかった。だが、相手がハンデを提示した上の模擬戦となれば、その限りではない。
「ソル様もそれでいいでしょうか?」
「いいですよ」
ソルとしても、それで職員が納得してくれるのなら問題はない。冒険者としてやっていくのなら、いずれある程度の実力があることを示さなければならない状況になるのは想像に難くない。
まさか、いきなりその機会がやってくるとは思わなかったが、こういうことは早い方がいいと考えた彼は、アリアナとの模擬戦を了承することにしたのだった。
そして、訓練場へと案内されたソルは、アリアナと対峙することになった。
「漆黒の狩人と模擬戦だって? どこの馬鹿だそんな無謀なことをするやつは」
「はっ、ただのいいところのお坊ちゃまじゃねぇか」
遠巻きから冒険者たちの話声が聞こえてくる。どうやら、ソルとアリアナの話を聞いていた連中が面白半分でギャラリーとして観戦しようというつもりらしい。
それを見たアリアナが一瞬顔を顰めたが、気にしてもしょうがないとばかりに表情を改めソルに向き合った。
「さっきも言ったが、こちらから攻撃するつもりはない。君の実力を見せてくれ」
「わかった」
「それでは、二人とも準備はいいですね? では、試合……開始!!」
審判はそのまま女性職員がやってくれるらしく、ソルとアリアナの準備が整ったことを確認すると、試合開始の合図を出す。アリアナは腰に下げていた刀身が折れ曲がったかのような形状のナイフを両手に持ってそれを交差させたような態勢を取った。彼女のサブの武器で、形状的にはククリ刀のようだ。
一方のソルは、護身用に持っていた短剣を手に構え戦闘態勢を取る。彼の剣術は、ある程度基本は指南役を務めていた人間に教わっている。だが、あくまでも基本だけなので、一流の使い手と比ぶべくもない。
「いきます」
「こい」
試合開始の合図のあと、ソルは地面を蹴って飛び出す。相手を迎え撃つ形となったアリアナが、彼の一挙手一投足に注目する。
(どの程度の実力か見せてもらおうか)
実力を見極めるため、アリアナがソルの動きに注視していると、それは突然起こった。彼が彼女のもとまで走り込んでいる最中、無造作にあった石に蹴躓いたのだ。前進していたこともあり、その勢いが止まらずソルは前のめりに倒れ込む。
「へぶっ」
「……っ!?」
彼が倒れ込むとき、手に握られていた短剣が離れる。しかし、あろうことか勢いのついた短剣がアリアナ目掛けて襲ってきたのだ。
(受け流すか? いや、間に合わない。ならば、回避だ)
ソルの手から離れた短剣の勢いは、アリアナが予想していたよりも強かった。ククリ刀で受け流そうかとも思ったが、間に合わないと判断し、体を傾けることによって回避に専念することを選択する。
それだけで短剣を回避することに成功したものの、完全に避けきることはできなかった。僅かながら頬に短剣が掠めてしまい、頬から鮮血が滴る。
(ま、まさか。この私に傷をつけるとは……)
状況的には、誰がどう見てもただの事故であり、決して本人の実力によるものではないということは明らかだ。だが、実際に攻撃を受けたアリアナは、ソルが放った短剣の一撃に確かな実力の有無を感じていた。
そもそもの話、いかに勢いよく転んだところで、殺傷能力の籠った攻撃が放てるのかという疑問が残る。だが、ソルはそれを成した。つまりは、故意にせよ事故にせよ、潜在的にそれだけの実力を秘めているということになるのではないかとアリアナは結論付けた。
彼女の回避が間に合わなかったということは、ソルの短剣の速度が彼女の身体能力に起因する回避能力を上回ったという証拠なのだ。
とどのつまり、ソルという少年の持つ潜在能力は、Bランク冒険者であるアリアナの身体能力に匹敵することを示唆している。そのことに気づいた彼女は内心で戦慄を覚えた。
「すっ、すみません!」
「……」
頬をヒクつかせながらソルに視線を向けるアリアナに対し、顔についた土埃を払いながらトコトコと小走りで彼は短剣を拾いに行く。あれだけの攻撃を放った人間とは思えないほど激しい落差だ。
「お待たせしました。改めて行きます」
「……こい」
「おめぇら、なにやってんだ!!」
ソルが短剣を拾い、再びアリアナと対峙したそのとき、突然割れんばかりの大声が響き渡った。
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