セシル物語 ~皇太子だったけど、国を追放されたので旅に出ることにしました~

こばやん2号

プロローグ



 とある世界のとある大陸には、とある統治国家が存在した。その名をグラシアル王国といい、主に人族が暮らしている。



 その国の周囲を囲むように五つの国があり、それぞれの国が人族以外の種族によって統治されている。



 代表的な種族を挙げるなら、エルフ・ドワーフ・フェアリー・ドラゴニュート・セリアンスロープ、この五つの種族が主軸となっていて、それぞれの特徴を活かして国を治めている。



 そんなグラシアル王国だが、他の種族が治める国々に周囲を取り囲まれている形となっているため、王国が周辺国に対し戦争を仕掛けることはない。



 歴史的に見て過去にそういった出来事がなかったわけではない。だが、人族が侵略しようとすると、周辺国が結託しその動きを封じてしまうため、下手に侵攻できないのだ。



「よって、セシル・フィル・テスラ・グラシアルを廃嫡し、国外追放処分とする」



 そんな国で一つの変事が起こった。それは、次期国王である皇太子の廃嫡と追放処分である。



 皇太子の名はセシルといい、歳は十六歳の少年だ。



 この世界では、成人として認められる年齢が十五歳からであり、十六歳の少年は立派な成人として認められる。しかしながら、それはあくまでも年齢的なものであって、容姿は少年そのものだ。



 青みがかった短髪に同じ色の瞳を持つ少年が父である国王の話を聞いていた。国王の話を聞いても、彼に取り乱したそぶりはなく、むしろ至って冷静に問いかける。



「理由をお聞かせ願いますか? いくら国王といえど、なんの理由もなくそのような処分を簡単には下せないはずですが」


「ふん、あくまでも白を切る気か。いいだろう。ならばこれを見るが良い」



 国王が合図をすると、そこにある映像が映し出される。それは映写機に映った映像のように鮮明だった。



 そこには、セシルが行ったとされる悪事の様子が映し出されている。しかし、それはとても稚拙で、誰が見ても合成されたものであることがわかるほどお粗末な代物であった。



 しかし、その場にいた人間はまるで最初から台本でも渡されているかのように大げさに口を開きはじめる。



「なんという非道な行いだ」


「これが皇太子のすることか」


「そんな人間に次期国王が務まるはずがない!」



 それを聞いたセシルは、この場にいる人間が最初から自分を追放しようとする悪事に加担していることに気づく。そんな中、再び国王からセシルに追放処分が言い渡された。



「以上の証拠をもって、セシルを廃嫡し国外への追放処分とする」


「お待ちください」


「言い訳は見苦しいぞセシル」


「そうではありません。私の処分について異存はありません。私からある提案を行いたいのです」


「提案?」



 そう言いつつ、セシルは懐からあるものを取り出した。すると、その取り出したものがなにかわかった瞬間、周りの人間が騒めき立った。



「あ、あれは。まさか【絶対魔法契約書】か?」



【絶対魔法契約書】……それは、読んで字の如く記載された契約内容を絶対に遵守させる魔法の契約書であり、これによって契約された内容は必ず履行される。



 なぜならば、この契約書を発行しているのがこの世界の神の一柱である魔法神【マジル】だからだ。



 この契約書が多く用いられるのは主に商いでの取引だが、今回のような場合でも用いられることがある。



「私から父上……いえ、この国に対して提示する条件は一つ。私が【グラシアル王国に二度と足を踏み入れない】というものです」


「……」


「一度追放された人間が再びこの国に訪れるのは、追放した側からすればあまり好ましくないもの。であるなら、そのことをこの契約書で交わしておくことで、後顧の憂いを断つことができます」


「なにを企んでいる?」


「なにも。ただ、私を追放するのなら、これくらいのことはするべきだと思っただけです」


「……契約書を確認させてもらおうか」


「どうぞ」



 セシルの行動を訝しんだ国王だが、絶対魔法契約書は偽造が不可能であり、その場にいた全員が一目でその契約書が本物であると認識している。



 問題は、本当に彼が提示した条件がその契約書に記載されているかの確認だ。もし、本当にセシルの言うような条件が記載されているのならば、国王としても彼を確実に国外追放できるため、願ったり叶ったりである。



 どこかに抜け穴がないか舐めるように契約内容を確認したが、そこに記載されているのはセシルの言うように【グラシアル王国に二度と足を踏み入れない】という一文のみであった。



 しかもご丁寧にその条件の前文に彼のフルネームである“セシル・フィル・テスラ・グラシアル”という名があり、王国に足を踏み入れない対象がセシルであるという明確な記載もある。



 他になにか特質すべき点を挙げるのなら、契約の効果が発揮される日付が決まっている点で、契約を結んでから二週間後、十四日が経過したのちにというものだ。



 これは契約が成立した直後、セシルの立っている場所がグラシアル王国だった場合、契約の内容に違反してしまうため、国から出て行くための国境までの移動時間を考慮した期間ということになる。



「確かに、契約の内容に不備はない」


「であれば、契約を結ぶことに同意していただけますね?」


「願ってもないことだ。ではさっそく契約を結ぶとしよう」


「ああ、父上。一つ言い忘れておりました」


「なんだ」


「契約の対象は国王である父上個人ではなく、この国グラシアル王国にしていただきたい」


「なに?」


「もし、私が父上を暗殺しようとした場合、あるいは病気や怪我などのなんらかの要因で父上が亡くなった場合、父上個人と契約を結んでしまうと私との契約が破棄されてしまうことになる。なので、それを避けるため、そちらの契約相手は父上ではなく、グラシアル王国そのものにしていただきたいのです。そうしておけば、この国が存在し続ける限り私の契約が破棄されることはありません」


「なるほど、ではそうするとしよう」



 そして、セシルとグラシアル王国間での契約が行われることとなる。



 契約の締結には、二名以上の名前が必要で、今回はセシル個人とこれから彼が足を踏み入れない国となるグラシアル王国そのものだ。



 契約の名前を書く欄にセシルとグラシアル王国の名が記載される。そして、セシルと国王が示し合わせたかのように言葉を発する。



「我、かの契約を履行する者なり」


「我、かの契約を受諾する者なり」


「魔法神マジルの名においてかの契約を遵守することをここに誓う」


「魔法神マジルの名においてかの契約を遵守することをここに誓う」


「「契約はここに成就する(コントラクトゥスタンヌム)!!」」



 こうして、契約はつつがなく成立する。そして、セシルがグラシアル王国を出国し、契約が締結されてから幾ばくかの時が流れた。それから、ある出来事をきっかけに、玉座の間から国王の叫び声が響き渡る。



「今すぐ、セシルを、連れ戻せぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!!!!!!!」



 この物語は、国王になる運命から解き放たれた元皇太子による異世界冒険譚である。

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