良心売ります。

間野ハルヒコ@盗賊SSS漫画化準備中

良心売ります。

 昔々、ある所にとても悪いご令嬢がおりました。




 使用人に嫌がらせをし、よその令嬢の足をひっかけ、言い寄ってくる貴族には水をかけ、高笑いすることもしばしば。




 こんなことではこれから先、うまくやっていけそうもありません。


 今は亡き母のように、もっと優しく、穏やかであってもらいたいものです。




 そう考えた男爵は、ふと思い立ちます。我が娘には良心がない、ならば良心を買えばいいのだ、と。




 幸い、西方からやってきた旅のキャラバンに心売りの商人がいます。男爵は最近、猜疑心を買い取ってもらって、ずいぶんスッキリしました。何かスッキリしてはいけないものまでスッキリしたような気がしますが、男爵には猜疑心がないのでわかりません。とにかくあの商人は信用がおけるに違いないという確信だけが、男爵の中にありました。




「良心をおくれ、とびきりのがいい」


「おお、男爵サマッ! 実にツウですねぇ! ガッテン承知 DEATHッ!」




 こうして悪い令嬢はキラキラ輝く、それでいて、どうしようもなく脆く崩れそうな良心を手に入れました。




 変化はすぐに訪れました。


 まず、令嬢は自分がこれまで働いた悪事の数々に胸を痛め。ひどく苦しむようになりました。これまではそこまで良心がなかったので気にせずにいられたことも、心がやわらかくなった今ではとても耐えられません。




 良心の呵責に苛まれる日々の中にあっては、一時たりとも自分自身を許すことなどできません、それどころか自分を憎むようになりました。




 忘れようとすることは罪であると、良心は訴えかけます。令嬢は忘却を奪われました。耐えがたい苦しみは、夢の中でも繰り返されます。かつての罪、かつての悪は、けして消えることなく歴史に刻み込まれているのです。




 たとえ被害者が忘れようと、許そうと。過去は変えられないのです。




 良心はどこまでも心を蝕みます。動物や植物を食べることは悪なのではと思いはじめました。命を奪うことが悪である以上、当然のことです。誰かの命を奪ってまで生きていたいと、令嬢は思えませんでした。




 すっかり食が細くなり、やつれきった令嬢をみて。周囲の人々は最初「かわいそうだ」と思いました。しかし、どこまでも自罰的で、自分から生きようともしない令嬢を見ていると、だんだん怒りが湧いてきます。




 そのような贅沢ができるのは令嬢だからです。毎日必死で生きている、生きたくても生きることができないものを知っている使用人たちにはとても考えられない選択でした。




 そうえば、この令嬢には散々いじめられてきた。今度はこちらがいじめ返す番だ。何より、彼女は罰を望んでいるじゃないか。




 そんな空気が屋敷に広がるのはあっという間でした。


 自分を虐げてきたものへの虐待は非常に苛烈なものとなりました。




 食事に砂を混ぜ、腐った水を出し、ベッドには針をしこみ、時には直接的な暴力が振るわれることも、這いつくばらせ靴を舐めさせて恥辱を与えることすらありました。




 令嬢はそれらすべてを受け入れました。彼女の良心が抵抗を許さないがために、自らに罰を与え続けるために、無抵抗を貫きました。




 良心とは実に素晴らしいものですね。




 そう耳元で囁くのは一体誰だったでしょう。


 どれだけ痛みを与えられても、良心はちっとも許してくれません。




 猜疑心のない男爵は使用人の嘘を平気で信じてしまうので助けてくれませんでした。




 自らを呪い続ける日々の中で、令嬢はふと思います。




「なぜ、わたしはこんな目にあっているのだろう」


 


 声が闇の底に落ちると、返事がありました。




「それはDEATHねぇ。良心があるからなんですねぇ~」


「いやぁ、売れるもんですねえ良心。私、ビックリ! 最近じゃぁ、だ~れも欲しがらないですからねぇ~アヒャヒャ!」




 どこかもわからぬ暗がり。


 夢の中で、いつかキャラバンにいた心売りが笑っています。




「あ、そうそう。当店のクーリングオフ期間は1ヶ月なのでぇ、良心のご返品ができなくなるまであと10! 9! 8!」




「返します返します返します!!」




 こうして良心が返却されると、令嬢の心に燃え立つ怒りが生まれました。




 使用人の分際で、男爵令嬢であるこのわたくしに、なんて、ああ、なんてことを……!! ああ、ああ……! 全員殺してやる!!




 その日から令嬢は元の悪い令嬢に戻りました。いえ、それどころかもっと悪い令嬢になりました。




 これまでのことはお互い水に流しましょうとパーティーを開くと、自分をいじめていた使用人たちに毒酒を飲ませ、のたうちまわる様を見ながら高笑い。まだ息のあるものを見つけては、その頭を酒瓶が割れるまで殴り続けます。




 その昂ぶる姿は命に溢れ、イキイキとしていて、先日とは別人のようでした。次の獲物をみつけたのか、怨恨を宿した瞳がギラリと輝きます。




「りょ、良心がない」




 そんなことを言ったおばかさんもいましたが、当然に処されました。男爵はオロオロとするばかりで何もできません。長く何も疑うことができないでいたので、とうとう何が正しいかもわからなくなってしまったのです。




 これはいけませんね。


 悪心と呼ばれる心のはたらきもまた、必要なもの。




 わるいものばかりのけものにして、見ないようにしたって、ろくなことにはならないのです。




 こうして悪い令嬢はもっと悪い令嬢になり、男爵を傀儡として実家を掌握。血と暴力によって使用人を統率し、末永くしあわせに暮らしましたとさ。




 めでたしめでたし。

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