ヒスノイズ
柳カエデ
◆某オカルト月刊誌 2020年3月号掲載 怪奇体験投稿コーナー「読者が経験した都市伝説」
【耳鳴り坂】
投稿者:S・M(愛知県/30代女性)
深夜、駅からの帰り道。
度重なる残業で疲れた私は気分転換もかねて、いつもと違う坂道を歩いていました。
住宅街のはずなのに周りは妙に静かで家の窓はすべて暗く、人が住んでる気配がまったくしない。
そんな場所です。
なにか出てきそう――
この時はまだワクワクしていたのを覚えています。
坂を上り始めて数分経ったころでしょうか。
突然、“サーーーッ”と変な音が耳の奥で鳴り始めたんです。
カセットテープの再生時に出るテープヒスみたいな音、とでもいえば伝わりますかね?
自分の耳が悪くなったのかと思いましたが、足を進めるたびにそのノイズは強くなり、頭の内側にガンガン響いてきました。
そして、坂の中腹あたりに差しかかるとそのノイズに紛れて小さな声がしたんです。
“……ドウシテ……”
心臓が止まるかと思いましたよ。
振り返っても誰もいないのに、はっきりと耳元で囁かれましたから。
私は恐怖に駆られて坂を駆け上がりました。
だけどその間もずっと背後から小さな足音がついてくるんです。
早く逃げないとまずい。
無我夢中で坂の頂上まで辿り着くと急にノイズが途切れ、気付けばいつもの閑散とした住宅街に戻っていました。
あれはなんだったのだろうか。
不安に駆られながら帰宅して靴を脱ぐと靴紐に赤い糸が1本絡んでいることに気付きました。
どこで付いたものかは分かりません。
[編集部コメント]
現地調査をしたところ坂の中腹あたりで一時的な耳鳴りを感じたスタッフが複数人おり、持参した簡易計測器では特定の電磁波異常を確認できなかったものの、耳鳴りの瞬間に機材のマイクが原因不明のヒス音を拾っていました。
また、この坂は夜に通ると子供に呼び止められるという都市伝説が地域住民の間で囁かれており、取材に応じた近隣の高齢者は「赤い服を着た女の子の幽霊を見た」と語っています。
靴紐に絡んでいた赤い糸との関連は不明ですが、坂の耳鳴りと無関係とは思えません。
――――
【消えた周波数】
投稿者:T・N(愛知県/40代男性)
とある資格をとるために勉強していた夜。
暇つぶしにラジオのチューニングを回していたら、妙な雑音を拾ったんです。
砂嵐の奥から微かに聞こえる女性のような声。
最初は気のせいだと思いました。
けれど耳を澄ますと、それはゆったりとした旋律を持っていて子守歌のようにも聞こえるんです。
どことなく、すすり泣くような声色で“……ネンネ……ネンネ……ネンネ”と――
背筋がゾッとしましたが、興味が勝ってすぐにスマホで録音しました。
ところが翌日、録音した音源を再生してもなにも聞こえないんです。
耳障りなラジオノイズが絶え間なく流れ続けてるだけ。
しかもその晩、ラジオで同じ周波数を探しても、まるで存在自体が消えてしまったかのように合わせられなくなりました。
自分でもどうしてか分かりません。
ただその日以降、夜にイヤホンをつけると変なノイズが乗るようになったんです。
部屋は静かで何も聞こえないのに鼓膜を打つような“ジジジッ”という音が断続的に続くというか。
先日、ふとした拍子に“……カエシテ”と、あの女性の声が聞こえた気がして思わずそのイヤホンを捨ててしまいました。
もちろん、周囲には誰もいませんでしたが……
[編集部コメント]
本誌スタッフが同じ条件で深夜ラジオを調査したところ、特定の帯域で一瞬だけ砂嵐状のノイズを感知しました。
ただ、再現性は極めて低く、録音を試みても数秒後には消えてしまうため明確な検証はできませんでした。
霊媒師のM氏によると子守唄のような周波数は未練を残して亡くなった母親霊の典型的な表れ方とのこと。
特に“カエシテ”という言葉は強い執着を示しており、対象が子供である可能性を指摘しています。
――――
【反響するわらべ歌】
投稿者:K・Y(愛知県/20代男性)
私が高校生の時の話です。
夏休みも終わりかけのある日、思い出作りに肝試しでもしようと思って、友達と一緒に地元でも有名な心霊トンネルに行きました。
山奥にある短いトンネルなんですが、湿った空気と青臭いカビの臭いで充満していたのを覚えています。
このトンネルでは大きな音を出すと反響音に混じって幽霊が返事をしてくれる都市伝説があって、陽気な友人が軽い気持ちで手を叩いてみたんです。
けれど、返ってきたのは反響音じゃありませんでした。
“いちり、にり、さんり……”
それは明らかに子供の声で、間を置いて“しんざえもんが、ごろごろ……”と続きました。
最初はトンネルの奥から聞こえ、だんだん近づいてくるんです。
まるで暗闇の中から見えない子供がこちらへ歩み寄ってくるように。
私たちは恐怖にかられ、その場から動けなくなりました。
その後も子供の声は続き、最後には耳元で“しっ……”と囁かれ、子供の笑い声とともに足元を細長いなにかが這い抜けていきました。
ここで、ようやく我を忘れて逃げ出しましたが、背後で“カサカサ……”と地面を擦る音がいつまでも追いかけてきたのを覚えています。
あとから地元のおばあさんに聞いたところ、もうあのトンネルには近づくなと言われました。
あれはこの地域に古くから伝わる山の神様だと。
中絶の概念がなかった大昔、意図せず子を身籠った母親はあれに赤子を堕ろさせていたらしいんです。
赤子は神様からの贈り物。
母親が望まないなら返さなければならないと。
あれは誰にも望まれなかった不運な赤子をあやすためにわらべ歌を歌うらしく、よそ者がその歌を耳にすると、あれの“子”とみなされて連れていかれるとのことでした。
おばあさんが言うにはトンネルの近くにはあれを奉る古い祠があるそうです。
祠の中には赤い糸で結ばれたボタンが吊るされており、胎児の魂の依り代であると同時に母親の懺悔の証になっているのだと。
それを聞いて私の背筋は凍りつきました。
トンネルから逃げ延びたあの日、私の靴や服、カバンの至る所に赤い糸が絡みついていたからです。
以来、私はあの歌を思い出すたびに耳の奥がざわつく不快感を覚えています。
まるで今でも子供のひとりに数えられているように。
[編集部コメント]
本誌スタッフが取材も兼ねて廃トンネルに向かいましたが祠やお供物の存在は確認できませんでした。
周辺住民に聞き込み調査を行ったところ祠やボタンなど知らないと語る若者世代と昔はあったようなと口にする高齢者世代に分かれており、世代ごとに食い違いが発生していました。
一方、現地スタッフが口を揃えて報告したのは異様に多いムカデの姿です。
湿気の多い森だとしても廃トンネルの近くでこれほど多くのムカデを見かけるのは不自然。
単なる都市伝説と片付けるには根が深く、土地の信仰に根付いたなにかがいるのかもしれません。
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