第4話 Akito
ゆめまちアリーナは、海沿いに立つ先進的でオシャレなデザインの建物だ。
夜景もきれいなので、アリーナ沿いのゆめまちロードは、理想のデートコースとしてカップルにも人気のスポットだったりする。
開場時間1時間前だけど、人が多いなぁ。
待ち合わせ場所の大時計に近づいてきょろきょろしていると、向かいから爽やかに名前を呼ばれた。
「姫島さん! 来てくれてありがとう!」
駆け寄ってくる笹岡くんは、いつもよりなんだか大人びて見える。
私服だからかなぁ。コーデは青基調で、知的なお兄さんのイメージ。かっこいいー!
「笹岡くん、今日は頑張ってね! 応援してるからね!」
「姫島さんがいてくれたら、優勝できるかも」
照れたように首筋をさするのは、彼の癖なのか。そんな仕草にぎゅんぎゅんときめいてしまう。
笹岡くんの表現が多くの人に届けばいいな。夢を叶えてほしい。
「優勝して。笹岡くんなら大丈夫だから!」
「うん! 見てて!」
笑顔で頷き合う。心が通い合った気がした。
今日の結果がどうなっても、笹岡くんの健闘を称えよう。
そして、私の揺れ動く気持ちにも決着をつけるんだ──。
「38番、山田太郎さん、ありがとうございました! それでは、39番脇田役美さんどうぞ!」
エントリーされた40人のうち、あっという間に39人目まで来た。
いやぁさすが、こんな大会に出ようと思う人は皆さんめちゃくちゃ上手いなぁ。
音楽のことは詳しくないけど、聴いていて胸に沁みたり、涙が出そうになる圧巻の歌唱にもちらほら出会えた。レベルの高い大会だと思う。
確か優勝者は有名レーベルとの契約交渉権を獲得するんだったっけ。プロへの登竜門じゃん。上手い人しか出てこないわけだ。
やがて、エントリーナンバー40番笹岡くんの出番がやってくる。
祈るように両手を合わせ、拝む。
お願いします! 笹岡くんに力を!!
ステージに登場した笹岡くんは、白塗り悪魔メイクのAkitoスタイルで、ギターをぶら下げていた。
会場がざわめく。異質なオーラが空間を支配していく。
笹岡く……いや、Akitoがマイクの前に立ったタイミングで、私は声を張り上げる。
「Akitoーーーー!!!! いっけぇぇーーーー!!!!」
ここまで来たからには、ぶちかましてほしい。
Akitoの表現は、音楽ジャンルとしてもハッキリと存在し、確かな需要がある。
SNSや動画サイトでの彼の評価を見て、響く人には大きく響く偉大な作品を生み出しているのだと知った。
届け、このパッション!!
そんなエールが伝わったのか、Akitoは拳を振り上げ、その勢いのまま歌い出す。
「ヴァァァァァァァァァ!!!! ライッ!! ライッ!! ライッ!! ライッ!!」
はじまった。地獄の宴が!!
シャウトに次ぐシャウト。聴いた者を奈落へ引きずり込むかのような悪魔のうめき。
爆音で叫び続けるその姿は、狂人そのものだ。
オーディエンスは唖然として声も出ないようで、ふらふらと会場を出ていく人の姿も散見される。
このひと、ネットで狂信者をたくさん獲得して、教祖って呼ばれてるんですよ。
可能性の塊です。どうか審査員にもこの勢いとパワーが伝わりますように!!
一瞬のように感じた3分40秒。
歌唱を終えたAkitoは一礼し、ステージを去っていく。
会場全体が痺れたように動きを止める中、私だけが立ち上がって拍手を送った。
つられて皆が立ち上がることを期待していたけれど、誰も立ち上がらなかった。くそう。
「これより、当日参加の方々に歌っていただきます。参加者の皆さま、こちらへ」
ステージの中央に立つ司会者が、舞台袖に視線を送り、手を広げる。
へぇー。当日でもエントリーできるんだ。
笹岡くんはもう歌ったし、ちょっとお手洗いに行ってこようかな。
そう思って立ち上がったその時、会場が大きくざわめき始める。
「ええっ!? あの人デカっ!!」
「何、ボディビルダー? 歌うたえんの?」
何事だろうとステージへと視線をうつせば……いた。
ここにいてはならないはずのあの子が。
いつもの気弱な微笑みを浮かべながら、無駄に筋肉の目立つポーズを見せつけながら立っている。
「翔ちゃぁぁぁぁぁん!!!! なんでいるのぉぉぉぉ!!??」
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