エボルシッカーズ-バケモノになる病気を患った者達-

田島

第一章 決命編

第1話 バケモノになる病気

「君、収容所しゅうようじょ行きね」


 ある日、脇腹に奇妙な痛みを感じて病院へ行くと、医者にそんなことを告げられた。思いもよらない診断を受けた私は、ただ困惑した。


 私の名前は柊木ひいらぎミルカ、十五歳。


 年中赤いマフラーを身に着けていて、周りから“冬以外の季節を知らぬ女”という変な渾名あだなを付けられている女子高生だ。


 他人と少し違った感性を持っている私だけど、最低限の常識くらいは育んでいるつもりである。目の前の医者に告げられた言葉がおかしいと思える感性は、しっかりと持っていた。


「あの、えっと、私なんかやばい病気なんですか?」


 私は使い古したマフラーを握り締めながら、おずおずと医者にたずねた。


「うん。まあ、やばい病気だね」

「だから大きな病院に行かないといけないとか、そういうことですか?」

「病院には行かないよ。君は収容所に行くんだ。そこで多分一生を過ごすことになる」


 至って平然と、呑気な声で医者に告げられ、私はさらに困惑した。


 これはハズレの医者を引いたかもしれない。放課後に急いで行くんじゃなく、日を改めて病院に向かうべきだったかも……。


「実は私もよく知らないんだ。詳しいことは全部、現地で聞くといい」


 その後は、訳の分からない出来事が次々と私の身に起こった。


 家に帰るとまず、黒いスーツ姿の集団が私を待ち構えていた。その集団に連れ去られ、携帯などの持ち物を全て没収された後、大きな貨物車の荷台に無理矢理放り込まれた。


 荷台の中には、私以外にもたくさんの人が居た。老若男女問わず数十人もの人々が、窓一つない密閉された真っ暗な空間に詰め込まれていた。


 全員が私と同様に困惑した表情を浮かべていて、軽いパニック状態としている。みんな、どうして此処へ連れて来られたのか分かっていないみたいだった。


 私は混乱している荷台の様子を眺めながら、首元に巻いた赤いマフラーをぎゅっと握り締めた。


 事態が動いたのは、貨物車が発進してすぐのことだった。荷台の先頭からスーツ姿の集団がぞろぞろと現れて、横並びに整列を始めた。その真ん中からゴシックな黒いドレスを着た少女が現れて、集団の先頭に立った。


 赤い瞳に、ドレスと同じ黒色のあでやかな長髪。お人形さんみたいに綺麗な見た目をした少女だった。


「ご機嫌よう皆様。本日は事情を知らぬまま集まっていただきありがとうございます。私の名前はシャルロッテ・コーデリオン。どうぞお見知りおきを」


 シャルロッテという名前の少女は端的に自己紹介を済ませると、スカートをたくし上げて私達にお辞儀した。


「早速ですが、今皆様が陥っている状況について説明をいたします。どうか取り乱さず、落ち着いて私の話に耳を傾けてくださると助かります」


 荷台中が静かになるのを待った後、シャルロッテはゆっくりと説明を始めた。


「此処にいる皆様は共通して、病院に通って診断を受けたかと思います」


 みんなが診断を受けている。そう聞いた私は、荷台にいる人々の顔を見渡した。ざわざわとした反応から察するに、本当にみんな病院から診断を受けているみたいだった。


「診断の結果、皆様はある特殊な病気を発症したため、強制的に此処へ集まってもらいました」


 荷台の中が再び混乱に満ちる。病気というネガティブな言葉が、私達の不安を煽った。シャルロッテはそんな私達の心情を無視して、説明を続ける。


「皆様が発症した病気は、“エボルシック”と呼ばれています」


 聞き覚えのない病名だった。私だけでなく、荷台に乗せられた全員がその病気を知らないみたいだった。


「この“奇病”は、世界全体で秘匿ひとくされているものです。皆様に事情をお伝えするのが遅くなったのは、外部にこの情報を漏らさないためです。ですが、この貨物車の中であれば問題ありません」


 シャルロッテは「もう外部から漏れることはありませんので」と笑顔で語ると、そのエボルシックという病気について説明を始めた。


「エボルシックは人体に自然発症する難病です。治療法が確立していない恐ろしい病気で、一度エボルシックを発症すれば、もう治ることはありません」


 そう聞いて、荷台に居た人々の顔が青ざめた。荷台にいる一人の青年が勇敢にも、恐る恐る挙手をしてシャルロッテに質問する。


「そのエボルシックというのは、一体どんな病気なんですか?」

「端的に言えば、人体がバケモノになるというものです」

「……は?」

「個人差はありますが、共通して体の一部が異形化いぎょうかを始めます。病状が悪化するとさらに体の異形化が進んでいき、やがて理性を失い完全なバケモノになります。それが、このエボルシックという病気です」


 異形化。バケモノ。人を襲う。現実離れした言葉の連続に、私を含め誰も理解できていなかった。


 シャルロッテはそんな私達の反応を楽しむみたいに、不敵に微笑ほほんだ。


「エボルシックを発症した者のことを、我々は“エボルシッカー”と呼んでいます。これから皆様のことを呼ぶ時に度々たびたび使用いたしますので、ぜひ覚えておいてください」


 シャルロッテはそう言うと、不敵な笑みをさらに深めた。


「エボルシッカーはいつ末期症状へと至り、人を襲うか分からない非常に危険な存在です。もしエボルシッカーを野放しにすれば、世界は大パニックに陥ることでしょう。そうならないために、我々はエボルシッカーを『収容所』へと送り、そこで一生を終えてもらうことにしています。要するに……」


 シャルロッテは不敵な笑みを浮かべたまま、私達に言い放った。


「皆様はもう人間ではありませんので、人間社会からは追放いたします。バケモノはバケモノらしく、人とは違う世界で暮らしてください」


 そのあざ笑うような発言が、引き金となった。


「ふ、ふざけるなぁぁぁ!」


 荷台に居た中肉中背の男性が怒りを露わにして立ち上がった。重度のパニック状態に陥っているのか、目が血走っていて錯乱さくらんしている。


「何がバケモノだ! 脅しか何かで俺たちを騙そうとしてんだろ! こんなことをしてタダで済むと思ってるのか!」

「はて、タダで済まないとはどういうことでしょうか?」

「ガキが! 俺はバケモノなんかじゃねえ! 普通の人間だ! 病気でもねえ! ふざけてんじゃねえぞ!」


 男性は叫びながら大勢の人をい潜って、シャルロッテに近づいていった。手を伸ばし胸元のドレスを掴もうとした、その時だった。


 男性の脳天が、吹き飛んだ。


 鼓膜が破けそうになるくらいの大きな発砲音と共に男性の体が血飛沫ちしぶきをあげながら宙を舞って転がっていく。


 数人が男の下敷きになり、数十人が男の血を浴びた。私の頰にも男性の血が付着する。数秒の沈黙が生まれた後、私達は大量の血を流して動かなくなった男性の姿を見つめた。


「イヤァァァァァァァァ!」


 瞬間、人々が一斉に悲鳴をあげた。男の頭にあけられた風穴を見るに、どうやらスーツ集団の一人が銃で撃ち殺したみたいだった。


 私は目の前の光景が信じられなくて、叫ぶことも息をすることも出来ずにいた。


「皆様落ち着いてください。この方は私に危害を加えようとしたので殺されただけですよ。何もしない善良なバケモノであれば殺したりはしません。どうかご安心を」


 シャルロッテが平然とした口調で私達を宥めてくる。人が死んだというのにその表情は依然いぜんと笑顔のままで、いっぺんの曇りもなかった。


「しかしこれで余計な説明が省けましたね。お分かりいただけたでしょうか。皆様はもう既にバケモノという扱いなのです。少しでも我々人間に危害を加えようとすれば、即刻死んでもらいますので、まだ死にたくないという理性があるのでしたら、大人しくしていてください」


 少女の穏やかな、それでいておぞましい脅迫を、みんなはすぐに受け入れた。私は恐怖を押し殺すように首に巻いたマフラーを顔に当て、そっと目を閉じた。


「それでは収容所にご案内いたします。目的地に着くまで、皆様どうかお静かに」

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