エボルシッカーズ-バケモノになる病気を患った者達-
田島
第一章 決命編
第1話 バケモノになる病気
「君、
ある日、脇腹に奇妙な痛みを感じて病院へ行くと、医者にそんなことを告げられた。思いもよらない診断を受けた私は、ただ困惑した。
私の名前は
年中赤いマフラーを身に着けていて、周りから“冬以外の季節を知らぬ女”という変な
他人と少し違った感性を持っている私だけど、最低限の常識くらいは育んでいるつもりである。目の前の医者に告げられた言葉がおかしいと思える感性は、しっかりと持っていた。
「あの、えっと、私なんかやばい病気なんですか?」
私は使い古したマフラーを握り締めながら、おずおずと医者に
「うん。まあ、やばい病気だね」
「だから大きな病院に行かないといけないとか、そういうことですか?」
「病院には行かないよ。君は収容所に行くんだ。そこで多分一生を過ごすことになる」
至って平然と、呑気な声で医者に告げられ、私はさらに困惑した。
これはハズレの医者を引いたかもしれない。放課後に急いで行くんじゃなく、日を改めて病院に向かうべきだったかも……。
「実は私もよく知らないんだ。詳しいことは全部、現地で聞くといい」
その後は、訳の分からない出来事が次々と私の身に起こった。
家に帰るとまず、黒いスーツ姿の集団が私を待ち構えていた。その集団に連れ去られ、携帯などの持ち物を全て没収された後、大きな貨物車の荷台に無理矢理放り込まれた。
荷台の中には、私以外にもたくさんの人が居た。老若男女問わず数十人もの人々が、窓一つない密閉された真っ暗な空間に詰め込まれていた。
全員が私と同様に困惑した表情を浮かべていて、軽いパニック状態と
私は混乱している荷台の様子を眺めながら、首元に巻いた赤いマフラーをぎゅっと握り締めた。
事態が動いたのは、貨物車が発進してすぐのことだった。荷台の先頭からスーツ姿の集団がぞろぞろと現れて、横並びに整列を始めた。その真ん中からゴシックな黒いドレスを着た少女が現れて、集団の先頭に立った。
赤い瞳に、ドレスと同じ黒色の
「ご機嫌よう皆様。本日は事情を知らぬまま集まっていただきありがとうございます。私の名前はシャルロッテ・コーデリオン。どうぞお見知りおきを」
シャルロッテという名前の少女は端的に自己紹介を済ませると、スカートをたくし上げて私達にお辞儀した。
「早速ですが、今皆様が陥っている状況について説明をいたします。どうか取り乱さず、落ち着いて私の話に耳を傾けてくださると助かります」
荷台中が静かになるのを待った後、シャルロッテはゆっくりと説明を始めた。
「此処にいる皆様は共通して、病院に通って診断を受けたかと思います」
みんなが診断を受けている。そう聞いた私は、荷台にいる人々の顔を見渡した。ざわざわとした反応から察するに、本当にみんな病院から診断を受けているみたいだった。
「診断の結果、皆様はある特殊な病気を発症したため、強制的に此処へ集まってもらいました」
荷台の中が再び混乱に満ちる。病気というネガティブな言葉が、私達の不安を煽った。シャルロッテはそんな私達の心情を無視して、説明を続ける。
「皆様が発症した病気は、“エボルシック”と呼ばれています」
聞き覚えのない病名だった。私だけでなく、荷台に乗せられた全員がその病気を知らないみたいだった。
「この“奇病”は、世界全体で
シャルロッテは「もう外部から漏れることはありませんので」と笑顔で語ると、そのエボルシックという病気について説明を始めた。
「エボルシックは人体に自然発症する難病です。治療法が確立していない恐ろしい病気で、一度エボルシックを発症すれば、もう治ることはありません」
そう聞いて、荷台に居た人々の顔が青ざめた。荷台にいる一人の青年が勇敢にも、恐る恐る挙手をしてシャルロッテに質問する。
「そのエボルシックというのは、一体どんな病気なんですか?」
「端的に言えば、人体がバケモノになるというものです」
「……は?」
「個人差はありますが、共通して体の一部が
異形化。バケモノ。人を襲う。現実離れした言葉の連続に、私を含め誰も理解できていなかった。
シャルロッテはそんな私達の反応を楽しむみたいに、不敵に
「エボルシックを発症した者のことを、我々は“エボルシッカー”と呼んでいます。これから皆様のことを呼ぶ時に
シャルロッテはそう言うと、不敵な笑みをさらに深めた。
「エボルシッカーはいつ末期症状へと至り、人を襲うか分からない非常に危険な存在です。もしエボルシッカーを野放しにすれば、世界は大パニックに陥ることでしょう。そうならないために、我々はエボルシッカーを『収容所』へと送り、そこで一生を終えてもらうことにしています。要するに……」
シャルロッテは不敵な笑みを浮かべたまま、私達に言い放った。
「皆様はもう人間ではありませんので、人間社会からは追放いたします。バケモノはバケモノらしく、人とは違う世界で暮らしてください」
そのあざ笑うような発言が、引き金となった。
「ふ、ふざけるなぁぁぁ!」
荷台に居た中肉中背の男性が怒りを露わにして立ち上がった。重度のパニック状態に陥っているのか、目が血走っていて
「何がバケモノだ! 脅しか何かで俺たちを騙そうとしてんだろ! こんなことをしてタダで済むと思ってるのか!」
「はて、タダで済まないとはどういうことでしょうか?」
「ガキが! 俺はバケモノなんかじゃねえ! 普通の人間だ! 病気でもねえ! ふざけてんじゃねえぞ!」
男性は叫びながら大勢の人を
男性の脳天が、吹き飛んだ。
鼓膜が破けそうになるくらいの大きな発砲音と共に男性の体が
数人が男の下敷きになり、数十人が男の血を浴びた。私の頰にも男性の血が付着する。数秒の沈黙が生まれた後、私達は大量の血を流して動かなくなった男性の姿を見つめた。
「イヤァァァァァァァァ!」
瞬間、人々が一斉に悲鳴をあげた。男の頭にあけられた風穴を見るに、どうやらスーツ集団の一人が銃で撃ち殺したみたいだった。
私は目の前の光景が信じられなくて、叫ぶことも息をすることも出来ずにいた。
「皆様落ち着いてください。この方は私に危害を加えようとしたので殺されただけですよ。何もしない善良なバケモノであれば殺したりはしません。どうかご安心を」
シャルロッテが平然とした口調で私達を宥めてくる。人が死んだというのにその表情は
「しかしこれで余計な説明が省けましたね。お分かりいただけたでしょうか。皆様はもう既にバケモノという扱いなのです。少しでも我々人間に危害を加えようとすれば、即刻死んでもらいますので、まだ死にたくないという理性があるのでしたら、大人しくしていてください」
少女の穏やかな、それでいておぞましい脅迫を、みんなはすぐに受け入れた。私は恐怖を押し殺すように首に巻いたマフラーを顔に当て、そっと目を閉じた。
「それでは収容所にご案内いたします。目的地に着くまで、皆様どうかお静かに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます