双貌の魔医
摂理あまね
プロローグ
そっと扉を閉め、鍵をかける。この瞬間が好きだ。窓ひとつないこの病室は、外の世界から完全に断絶されている。外界の
振り返ると、妹のメーデイアと、彼女が作り出したゴーレムが母の世話をしていた。
長い寝たきり生活で、母の四肢は細く
物音に気づいたメーデイアが立ち上がり、駆け寄ってきた。
「おかえり、兄ちゃん。ずいぶん早いね。ターゲットはもう……片付けた?」
「ああ。背負う罪が、また一つ増えた」
「平気よ。兄ちゃんが背負う罪は、私が半分背負う。……あの日から、私たちの手はもう、同じ色に染まっているんだから」
メーデイアは私の手を握り締め、澄み切った瞳で射抜くように見つめてくる。
その穢れのない瞳を見るたび、胸が締め付けられる。本当なら、彼女には血の臭いなど知らず、陽の当たる場所で生きていてほしかった。
視線を逸らし、ベッドの母を見る。
呼べば振り向く、まばたきする。食べ物を与えれば飲み込む。けれど、そこに意識と呼べるものは、明らかに宿っていない。
医学を研究し続けているのに、私は母の病名さえ特定できていない。この無力な息子にできるのは、公爵家に魂を売り、母を生かすためのこの『檻』を維持することだけだ。
「それより、新型ゴーレムの調子はどうだ?」
「ばっちりだよ! お兄ちゃんの『スライムとゴーレムの融合』って発想、本当に凄いんだから。生体に近い柔らかさが出せるし……これなら量産して、もっとお兄ちゃんを楽させてあげられる」
「ありがとう、メーデイア」
「もー! 他人行儀はやめてってば。お兄ちゃんとお母さんのために、あたしはもっと凄いものを作るの。そうすれば、お母さんもきっと……」
メーデイアは口を尖らせたが、その瞳には強い光が宿っていた。絶世の美貌と、魔導工学の稀有な才能。こんな狭い病室ではなく、広い世界で輝くべきなのに。
「すまん……」
「謝らないの約束でしょう!」
空気中を漂う塵は絶え間なくゆっくりと下方へ沈降していく。永遠に続くかのような静寂。私の心もまた、偽りの平穏に浸っていた。
だが――異物は唐突に現れる。
私は即座に身構え、メーデイアの瞳も一瞬で氷のように鋭くなった。
部屋の隅、影が毒沼のように粘り気を帯びて盛り上がる。隠し扉も警備員も関係ない。公爵家の『影』は、いつだって理不尽に土足で踏み込んでくる。
黒いマントを羽織った、小柄で異様な人影。
この気味が悪い魔法が存在する限り、母は公爵家が掌握する人質であり続ける。相手に手を出すことはないが、睨みつけることは私の権利だ。
「ごき、げんよう。実に
その存在は、奇妙なイントネーションで嘲笑うように告げた。
「新しい、ミッションの伝令だ。今回は、何と――治療任務! パチパチ。エスペテク村に伝染病が発生したみたい。『魔医』エーゲ、その問題を解決せよ」
不自然な位置で区切る話し方。フードの奥からは顔も見えず、声も体格も子供のままだが、こいつは十年前から姿が変わっていない。明らかに人間ではないナニカ。
だが、私に拒否権はない。前に出ようとしたメーデイアを腕で制し、私は一歩踏み出して頭を垂れた。
「かしこまりました」
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