第16話 新・花倉の乱勃発(3)
遠江国土方城。
前夜意気揚々と出ていった軍勢が、翌早朝に無惨なまでにボロボロの姿となって戻ってきた。
皆、髪の毛は乱れ落ち武者の如き姿。
多くの者たちの髪は、ざんばら髪のように乱れていて、さらにある者は身体中泥にまみれ、ある者は多くの手傷を受けて血にまみれ、ある者は足に傷を受けて槍を杖の代わりにして歩いている。
皆、うつむきながら力無く無言のまま歩いていた。
さながら亡者の群れのようである。
「殿。土方城でございます」
家臣の言葉に虚な表情で地面を見つめながら歩いていた福島正成は、ようやく顔を上げ前を見た。
「おおお・・ようやく戻って来れた」
見慣れた居城、土方城が目の前にあった。
福島正成は、今川館への夜襲に失敗して居城の土方城に戻ってきていた。
今川家の伏兵に攻め込まれ、まともな反撃をすることもできずに軍勢が崩壊。
必死に逃げてきたものの、居城の土方城に戻るまでが恐ろしく長く感じていた。
容赦ない追撃を振り切り必死に逃げてここまできた。
多くの家臣たちを失い、甲冑は泥まみれ、顔からは生気が抜け落ちたような表情をしている。
城の中からは慌てたように城詰めの家臣たちが出迎えに出てきた。
その中には、今川氏親の庶子であり、福島正成の外孫であり、福島側の旗頭である玄広恵探もいた。まだ、僧侶から
担ぎ上げた旗頭とはいえ、まだ十歳のため今回の夜襲には同行させずに土方城に残していた。
「お祖父様、そのお姿は如何されたあのです。夜襲は如何なりました」
迎えに出てきた玄広恵探は、福島正成の変わり果てた姿に驚いている。
今川家中でも有数の猛将と言われ、いつも堂々と自信たっぷりの姿が、まったく見る影もない。
出陣前と比べると一晩で一気に数十歳も老いたかのような風貌となっていた。
「今川の伏兵にしてやられた」
「何ですと・・伏兵!」
「完全に策を読まれていた」
「そんな馬鹿な。夜襲を行うことは、出陣の直前になってから家臣たちに知らせております。それまでは我らだけしか知りません。事前に知ることは不可能なはず。万が一家臣に間者が紛れ込んでいても、今川館に知らせる時間はなかったはずです。今川館に向かう途中に知られたとしても伏兵を用意する時間はありません」
「いや、あれは完全にこちらの策を読まれていた」
「偶然、こちらに向かう敵と遭遇したのではありませんか」
「朝比奈と岡部が隠れて待ち構えていた。我らの夜襲と進路を読みきていなければあの場所での伏兵は無理だ」
「父・氏親様が生きておられ指示されたなら分かります。父上の武勇と知略は素晴らしいものです。ですが父上亡き後、今川家にそのような人物がいるというのですか。皆、知略とは無縁のようなものたちばかり。方菊丸を強引に元服させたとしてもまだ幼く、いくら軍略を学んだとしてもそこまでの知略は無いはずです」
玄広恵探は、自分たちの考えた策が破れたことが信じられなかった。
玄広恵探と福島正成は綿密に策を練り上げ、武田信虎が攻めてくるとの噂を流しながら今川の注意を甲斐武田に向けさせ、葬儀間もない状態で油断しているはずの今川館を、夜襲で一気に叩くはずであった。
しかし、目の前の福島正成の姿は、練り上げた策が全て失敗に終わったことを示していた。
「それができる者が一人いる」
「まさか・・それはいったい誰なのです」
「九英承菊・・・雪斎」
「方菊丸を教育している僧侶ではありませんか」
「奴いがいにありえん」
「ただ単に少し学問ができる程度で、駿河一の秀才などと誉めそやされる程度の僧侶ではありませんか」
「そうでは無い。奴はあらゆる軍学書を
玄広恵探は、福島正成の話すことが途中から意味がわからず戸惑ている。
「お祖父様・・・十年早くとか・・・黒衣の宰相とはいったい・・」
感情が昂り興奮して余計なことを口走っていたことに気がついた福島正成。
「いや・・何でもない。とりあえず皆を城に入れて休ませてくれ」
「は・はい、承知しました」
そこに遠くから迫ってくる早馬が見えてきた。
一瞬敵かと思い身構えるが敵ではなく福島正成の家臣であった。
早馬は福島正成の近くで止まると家臣は馬から飛び降り、福島正成のところに駆け寄り信じられないことを告げた。
「方ノ上城落城!!!岡部親綱率いる軍勢が迫っております」
「そんな馬鹿な。いくら何でも早すぎるぞ。本当なのか」
「本当でございます。方ノ上城は岡部親綱率いる軍勢により攻め込まれ、すでに落城。岡部親綱はその勢いのままこちらに向かっております。このままではあと半刻(1時間)、いえ・・四半刻(30分)もしないうちにここに攻め寄せてきます」
ボロボロになっている自らと周囲にいる家臣たち。
誰もが絶望的な表情となる。
「全員早く城に入れ」
その声に我に帰ると慌てて土方城に入っていくが、その時迫りくる今川の大軍が見えた。
「敵だ〜敵襲!敵襲!敵襲!」
土方城にはまだ一部の者達しか入ることができていない状況に絶望感が広がる。
「ダメだ。間に合わん。戦え」
福島正成は家臣たちに戦うように指示を出して、自らは早く城に入ろうとする。
「福島正成!!!逃さんぞ!その首もらった!!!」
岡部親綱の声が戦場に響き渡る。そして福島正成とその家臣たちは、岡部親綱率いる今川の大軍に飲み込まれていった。
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