第18話 最臭兵器、発動。


 宙を舞うびん。


 微かに紫色に濁ったそのびんは、集団となって俺を追っていたスカルエイプたちの先頭の一匹にぶち当たる。


 バシュッ


「ギャギャッ?」


 次の瞬間––––


「ギャヒッッ!!!!」

「ギャヒィィィィイイッ!!!!」


 仮面を押さえ、のたうちまわる猿たち。


「そりゃあそんなお面じゃ防げないだろうさ。なんせ『臭い』だからな!」


 立場が逆転し、猿を嗤う俺。

 だが––––


「くっ、くっさあああああっ!!!!」


 こちらまで漂ってきたこの世の終わりのような臭いに、俺も思わず鼻をつまんだ。


「な、なによこの臭いぃっ!」


 木の上で悲鳴をあげるエルフ娘。

 ちらっと見るとエルフの狩人も鼻をつまみ、しゃがみこんでいる。


 まあ、分かる。

 だってあれは––––




『臭気びん』


 巨大食人花ラフモルタをスライムで片づける際、そのあまりの臭さに耐えきれず〈魔法びん〉で回収し、処理に困っていた“食人花の腐臭を濃縮した”臭いが詰まったびんだ。


(正直、あんなの使いたくなかったんだが……)


 手持ちで範囲攻撃でき、即効性があるものがあれしかなかった。


 同じくラフモルタの毒花粉を使う手もあったのだが、範囲が狭く、即効性に劣る。


 それに対し、あのびんはどうだ。


 のこのこ森からおびき出された四匹の猿は、仮面を掻きむしり、狂ったように転げ回っている。


 というか––––


「くっさああああああああっ!!」


 早く猿たちを片づけて臭いを回収しないと、こっちまで鼻がつぶれてしまう。


「ゔっ……『スライム』っ!」


 右手が微かに光り、手の中にびんが現れる。


「くらえっ!!」


 パシャッ!


 狂乱状態になり、のたうちまわるスカルエイプにスライムびんをぶつけ、一匹ずつ処理する俺。


 スライムたちは抵抗できない猿の顔面にへばりつき、消化をはじめる。


「ギャ……ギ、ギョ……ゴボッ」


 口を塞がれて断末魔すら上げられず、四匹の仮面猿はスライムの酸に溶かされながら窒息する。


 そうして俺は、なんとか厄介な猿どもを片づけたのだった。




「…………ふぅ」


 敵の排除は完了した。

 が、まだ大事な仕事が残っている。


「ぐっ、ぐふっ……く、臭ぇええ!!」


 辺りに漂う地獄の臭気。

 俺は涙目になりながら、手をかざす。


「『魔法びん』!!」


 叫ぶと同時に宙にびんが現れ、あたりの空気を吸い込み始める。


 周囲に漂っていた紫色の不吉なモヤ––––濃縮還元されたラフモルタの腐臭––––が、渦を巻いてびんの中へと吸い込まれていく。


 シュウウウウ


 ものの数秒で、周囲の空気は元の澄んだ森の空気に戻った。


 凶々しい臭いを吸い取ったびんは俺の手の中に戻り、消える。


「……はぁ。ひどい目にあったな」


 そう言って首をすくめた時だった。




「ひどい目にあわせたのはあなたでしょ!」


 何やら頭上から声が降ってくる。


 見上げると、木の上からエルフの少女が涙目でこちらを睨みながら降りてくるところだった。


 そのすぐ後ろでは、狩人の男が苦悶の表情で幹に手をついている。


「ずいぶんなご挨拶だな。せっかく助けてやったのに」


「うっ、それは……」


 気まずそうな顔をする少女。


「––––まあいい。それよりあんたら無事か?」


 俺がスライムをびんに回収しながら尋ねると、エルフの少女は警戒を解かないまでも、ほっとしたように小さく息を吐いた。


「なんとかね。助かったわ。……臭かったけど」


「こっちもいっぱいいっぱいだったんだ。贅沢言うな」


「わ、わかってるわよ。……ガルド、大丈夫?」


 少女が振り返り、狩人の男に肩を貸す。


 ガルドと呼ばれたそのエルフは、わき腹あたりを赤く染めており、脂汗を流していた。さっきの猿の爪だろうか、傷は深そうだ。


「……人間、か」


 ガルドは俺を見ると、露骨に顔をしかめた。


 痛みのせいだけじゃない。その目には、明確な嫌悪と警戒の色がある。


「礼は言う。だが、我らには関わらないでもらおう」


 ガルドは少女の手を借りて立ち上がると、ふらつく足取りで森の奥へ進もうとする。


「おい、その怪我で歩くのか? 血の匂いは魔物を引き寄せるぞ」


「放っておけ。森の民には森の民のやり方がある」


「ガルド! 無理よ!」


 少女が声を張り上げた。


「その傷じゃ村に着くまでにまた別の魔物に襲われるわ。次は運良く助かる保証なんてないのよ!?」


「だがアーシェよ。人間に借りを作るわけには……」


「命より大事な借りなんてないわ。それに、彼は悪い人じゃない気がする」


 アーシェと呼ばれた少女は俺の方をちらりと見ると、またガルドに向き直った。


「あの『びん』を使う変な戦い方見てたでしょ? 変な人だけど、あんなに強いのよ。村まで護衛してもらいましょう」


 変な人扱いは納得いかないが、まあいい。

 俺としてもここで彼らと別れるのは得策じゃない。

 森を抜け、帝国領に入る道を探さなければ。




「俺は帝国領の人が住んでいる集落に行きたいんだ。近くまで案内してくれるなら、その間の露払いは引き受けるぞ」


 俺がそう提案すると、ガルドはしばらく苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいたが、やがて大きくため息をついた。


「……勝手にしろ。ただし、裏切れば射殺す」


「交渉成立だな」


 俺は苦笑した。


 頑固なエルフ様だ。

 だがこれで、とりあえず帝国の村への道が開けた。


 俺は周囲を警戒しながら、二人と共に歩き出す。


 もちろん、いつでも『びん』を投げられる準備をして。







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