第6話 秘密の抜け道、洞窟の主


 それから数時間。

 俺はこれまで以上に辛い思いをするハメになった。


 寝床が見つからないのだ。


 大木の根の陰であったり、洞窟や岩陰であったり、一夜を過ごせそうな場所を探していたが、一向に見つからない。


 日はほぼ沈みかけ、もう足元も判然としない。


(くそ……)


 もはや声を出す元気もなく、心の中で毒づく。


 踏み出す足の、踵が痛い。足裏が痛い。

 ふくろはぎも太もももぱんぱん。


 やはり、森の奥に逃げるのは無謀だっただろうか?

 街に出て、雑踏にまぎれた方がよかっただろうか?


 一歩踏み出すごとに後悔が襲ってくる。


 だけど俺だって、考えもなく森の奥に入った訳じゃない。


(『あのルート』が使えれば……)


 俺は右のこぶしを握りしめた。




 ゲーム『シルフェリア・ノーツ』前半のマップ、フィンチリーの森。


 今俺がいるこの森の東にはトゥルカ山脈という標高の高い山々が壁のようにそびえ立ち、主人公たちが住むレムナート王国と、隣国のヴァルシア帝国を隔てている。


 二ヶ国を結ぶ通商路は山脈の南側にあるのだが、関所が設けられていてゲームではストーリーを進めないと通れず、帝国に行くことができない仕様になっていた。


 ––––普通にやれば。


 そう。

 あくまで普通にゲームをやっていれば、だ。


 なぜ、こんな言い方をするのか。


 実は『シルフェリア・ノーツ』には、普通にプレイしていると気づかない、ヴァルシア帝国に抜ける秘密の道があった。


 ゲームのマップ上に一点だけ存在する、北側の森を抜けて隣国に入ることができる隠しルート。


 いわば『公式の抜け道』だ。


 もちろん、ただの道じゃない。


 山と山のオブジェクトに挟まれたその場所は、一見通れなさそうに見えるし、実際、初期視点のままでは通れない。


 だが視点をぐるりと回転させると––––山と山の隙間にわずかに木々のオブジェクトが配置され、そこにキャラクターを動かすことで、向こう側に抜けられるようになっていたのだ。




(まあ、抜けたところでレベル差がキツいし、ストーリーは進められないんだけどな)


 ヴァルシア帝国は本来、主人公たちがストーリーの中盤に入ったところで訪れる国だ。


 フィンチリーの森の攻略レベルが8〜12に対し、ヴァルシア・フィールドの攻略レベルは18〜23。


 もしなんの準備もなく迷いこめば、一度の戦闘でパーティー全員がHPとMPを大量に削られ、下手すれば全滅。


 さらにRPGのお約束で、隠しルートを通って帝国に入国しても、フラグが立っていないためストーリーも進まない。


 あえてメリットをあげるとすれば、一度の戦闘で多めの経験値を得られることと、ある程度強力な武器を買えることだろうか。


 まあそれも、リスクと労力に見合うかと言われると微妙だが。




 ––––ともかく。


 俺はその隠しルートを使い、ヴァルシア帝国に逃げることを考えていた。


 ビンダッタたちもさすがに高レベルフィールドまでは追って来ないだろうし、レムナート王国では賞金首の『黒い三角形』も、帝国には手配書はまわっていないだろうから。


 フィンチリーの森の奥で人知れずコツコツレベルを上げ、ヴァルシア側に抜ける。


 そして、帝国の辺境の村で目立たずひっそりと暮らすのだ。


 それが俺が描いた逃亡計画。


(そのためにも、まずは今晩夜を越せる場所を見つけないと……)


 重い体と痛む足を引きずり、月明かりに照らされた森の中を彷徨う。


 寝床になりそうな場所を探して。


 そしてついに、小さな洞窟を見つけたのだった。




 それは、崖下にできた小さな洞窟だった。


 入口に巨大な岩が転がっているせいで、一見しただけではその存在に気づかない。


(まわり込まないと分からないなんて、まるで例の『隠しルート』だな)


 そう思いながら暗い穴の中に入ってゆく。


(……暗くてよく見えん)


 正直、すぐにでも灯りをつけたい。

 だけど入口近くで灯りをつけてしまうと、外に漏れた光でビンダッタたちに気づかれる可能性があった。


(もう少しだけ、奥に行くか)


 そう思い、左手を軽く洞窟の壁に当てようとしたときだった。


 ––––べちゃり


 ドロリとした何かに手が触れる。


 ぬるぬるの、シェービングローションのような感覚。


 そして次の瞬間––––


「うぎゃああああああああああああああああっっ!!!!」


 濡れた左手に燃えるような激痛が走った。




「ひっ、ひっ、ひぃいっ!!??」


 いたい、いたい、痛いぃっっ!!!!


 慌てて手を振るが、まとわりついたジェル状の何かは、なかなか落ちない。


「ひ、火ぃっ!!」


 瞬間、右手に火炎びんが現れ、辺りを照らす。


 炎の光に浮かびあがった、洞窟の内部。

 それは––––


(ス、スライムの巣ぅう!?)


 床、壁、天井。

 あらゆるところに張りつき垂れている、ゼリー状の何か。


 そしてそれらがまるで一つの生き物のように、じわじわと俺の方に動き始めたのだった。


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