ファミリ・アームズ

上野間二万人

第1話 バッドエンド

 魔王城の最奥にある部屋に、多種多様な姿をした魔族たちが整列していた。

 彼らは人に似た姿をしているものの、それぞれ人とは違う特徴を持っている。

 あるものは角を、あるものは尻尾を、あるものは羽を______

 その姿は見せかけではなく、一体だけで街一つを滅ぼすことのできる力を持っていた。

 だが、彼らの中に最強の称号を持つものはいない。

 彼らが整列する前にあるのは、たった一つの玉座。

 彼らが仕える最強の称号を持つ魔王だけが座ることのできる場所である。


 そして今、そこには魔王である俺が腕を組んで座っていた。

「配下の配置、よし。罠、よし。四天王、よし。休憩所、よし。」

 空中に映し出された映像を残りの腕で指さし確認をした俺は、映像を消して整列した配下のほうへと顔を向けた。

「勇者の様子はどうだ?」

 そう語りかけると、前列にいた目に黒い布を巻いた女魔族が一歩前に出た。

「部下の報告によりますと、勇者は魔界に一番近い人間の街にいるようです」

「ふむ、そうか。ついにこの時が来たのだな」

「はい…………………」

 俺の言葉に女魔族はうつむいて緊張した様子だったが、それは周りに並んでいる魔族たちも同様で、俺を見つめている瞳は迷いで揺らいでいた。

 この場でただ一人、俺だけが冷静だった。

「勇者が生まれて“百年もの間”にらみ合いが続いていたが、ついに戦いが始まる」

 いや、冷静というよりも、高ぶっているのかもしれない。

 自身の存在理由である『勇者を殺す』という目的達成を前に、俺はこの状況を楽しんでさえいた。

「配下達よ、準備はよいな!!」

「「「「「ハッ!!!!!!!」」」」」

 配下全員の返事で空気が震えた。

 俺はそれを肌で感じ取り、勝ちを確信、いや、圧勝を確信する。

「我ら魔族の全力を持って勇者を討ち取ってくれるわ!ハァーーハッハッ_____」

 絶対なる勝利を確信した俺は高らかに笑うのだが______

「報告します!!」

 その時、正面にある大きな扉が、大きな音を立てて開かれた。

「勇者が…………勇者が、し、死にましたっ!!!」

「____ハッハッ…………ハェ????」

 そこから入ってきた配下が、俺が一番望んでいた、いや、望んでいなかった情報を叫んだ。

「勇者が………………死んだ?」

 そして、その報告を聞いた俺は勇者が死んだショックにより5日間寝込んだ。



 それからというもの、俺がショックで放心状態になっている間に魔族と人族は和平を結んでしまった。配下達の和平に対する手際の良さに、最初から人族と話を合わせていたのではないかと勘違いするほどだった。

「……………………………いや、勘違いではないのかもしれんな」

 今思えば、配下達は最初から人族との戦いを避けようとしていた気がする。大きな力を持ちつつも、人族の街に攻め入ろうとせず、積極的に勇者と戦おうとする俺は、配下達に何かと理由をつけて止められていたのだ。

 魔族を滅ぼすことのできる光の力を持つ勇者。そして、それに対抗して生まれたのが俺という存在だ。長年敵対関係にあった俺たちだが、そもそも敵対していたのは勇者と魔王だけで、人族と魔族は交流こそなかったものの、敵対していなかった。

 つまるところ、配下達は人族と戦いたくなかったのだろう。それ以上に、人族と仲良くしたがっているやつが多かったのではないだろうか。

 その証拠に、和平を結んでから人族と魔族のカップルが魔王城内部を歩いているのをよく見かけるようになったのだ。

「………………………………」

 俺は玉座で肘をつきながら、隣で直立している目を布で覆った女魔族に顔を向けた。

「……………………何か用ですか?魔王様」

 この女魔族も、人族と仲良くしている配下の一人だ。

 確か、人族の聖騎士長?だったか。若い男だが、俺の隣で仕事をしているとき以外はそいつとずいぶん仲良さげにしているのを見る。

 というか、仕事中も一緒にいることもあったな。

 別に仲良くしているだけなら問題はないが、人族と魔族には、越えられないほどの力の差がある。それなのに仲良くしているというのは、何か裏があるのではないか。

「人間は、悪知恵を働かせるやつが多い。我々魔族を油断させてから寝首をかこうとしているやも知れ__「それなら問題ありません」__え?」

「魔王様は知らないと思いますが、私の“魔眼”には相手の感情を読み取る力が備わっているのです。一度に大勢の心を正確に読むことはできませんが、悪意を持っているかどうかは簡単にわかります。なので、魔王様の言ったようなことが起きることはないでしょう」

「……………………そうなのか」

 俺は女魔族の魔眼が隠されている布を見る。

 彼女が魔眼を持っていることは知っていたが、心を読むことのできる力を持っていたとは知らなかった。

 いや、待てよ?そんな便利な能力があるなら、俺の心も読まれていたのか?

「魔王様の心ですか?読めていますが、思ったことは素直に口に出していますし、感情の揺らぎが少ないので心を読む必要すらありません」

「………………そうか」

「はい。私がこの魔眼の力を何度も説明したのに覚えていないほど、魔王様は我々に興味を持っていないことに加え、勇者を倒すことしか頭に無いので心を読んだところで全く意味はありませんよ」

「………………………………………そうか」

 俺は女魔族から目を離し、玉座の前に集まった大勢の人族と魔族を見た。

「ところで、なぜ玉座の間で宴会をすることになったのだ?」

「それはまあ………………………広いからですね」

 玉座の間に集まった人族と魔族は、話し合いながら一緒に宴会の準備をしている。人族と魔族それぞれが同じグループで作業をするのではなく、人族と魔族が混ざって、笑いながら、仲良く楽しそうに作業を進めていた。

「…………………そういえば___」

 想像していた以上に和やかで平和そうな雰囲気を見て、さらに毒気が抜けてしまった俺は、今更ながら勇者の死因を聞いていないことを思い出した。

「勇者の死因ですか?」

「うむ」

「それは_______老衰です」

「……………老衰???」

「人族は我々魔族とは違って、長くても八十年しか生きられません。勇者は人族の割に随分と寿命が長かったようですが、さすがに百年ともなると体が限界だったようです」

「………………………そうか」

 女魔族がそう答えるのを聞いた俺は、再び作業をしている魔族と人族を眺める“作業”に入った。

 俺の視線を感じたのか、作業をしている手を止め、人族や魔族が軽く会釈をしてくるが、その視線は彼らがお互いに向けるような視線とは違った。

「……………………どうやら、邪魔者は俺だけになってしまったらしい」

 隣にいる女魔族に聞こえないような声量でそうつぶやき、部屋に戻ろうと立ち上がった。

 すると、作業をしていた人族や魔族たちは、少しおびえたように道を開けた。

「俺は部屋に戻る。そのまま作業を続けていろ」

「「「「「はい………………」」」」」

 俺は扉へと目を向け、彼らの表情を見ないようにしながら、玉座の間を去っていった。

 廊下を歩き、階段を上り、また廊下を歩き_____ようやく俺の部屋にたどり着いた。

「…………………………ふむ」

 部屋に入ろうと大きな石扉を開けるが、いつもよりも重く感じた。

 慣れないこと続きで疲れてしまったのかもしれない。

「たまには昼寝も悪くないか」

 俺は自身の体がぎりぎり入るくらい“大きな”ベッドに横になり、目を閉じた。

 疲れていたのか、俺はすぐに眠りにつき__________




『魔王よ』

 声が聞こえた。

 脳内に直接語り掛けるような、女のような柔らかく、懐かしさを感じる声だ。

『私はこの世界を管理する神です』

 神?

 そんな存在が人族で崇められていると聞いたことがある。確か、人族が信仰している、名前は______何だったか忘れたが、女神だったはずだ。

 そんな存在が、俺に何の用があるのだろうか。

『あなたが戦うべき存在である勇者はもうこの世界にいません。そして、もう二度と勇者が生まれることはないでしょう』

 その言葉は、やけに俺の頭に響いた。夢というには鮮明に、はっきりと俺の心に突き刺さった。

『勇者がこの世界に現れなくなったのは、こことは別の世界に転生してしまったためです』

 転生?

『そうです。勇者の魂は、世界の壁を越え、新たな命へと生まれ変わったのです』

 そんなことができるのか。勇者がいないのなら、俺はもう、この世界には_______

『勇者と戦いたいのであれば、あなたの魂を勇者のいる世界へと送ってあげましょう』




「何!?」

 俺の意識は急速に覚醒し、俺の目は覚めた。

 先ほどまで聞こえた声はもう聞こえない。幻覚か何かだと考えるが、そもそも魔王である俺にそんなものは通用しない。もし、そんなことができるとしたら_______

「神しかいない、か」

 俺は先ほどまでの会話を思い返した。

 突如現れた魔族の天敵、勇者。そして、それと同時に勇者と戦うために生み出されたのが俺、魔王だ。

 俺の存在意義は、勇者を倒すこと。俺を生み出したのが先ほどの神だというのなら、俺が生まれた理由や存在意義も説明がつく。

 世界を超えて“逃げた”勇者を追いかけ、殺すために俺を送り込もうとしているのであれば、神の思うつぼなのだろう。

「だが、それでもいい」

 俺はただ、勇者と決着をつけたかった。存在意義などというのを考えるまでもない。俺はこれまでの時間と力を、勇者を倒すことだけに使ってきた。

 それが無駄になってしまったことが、ただただ悔しかった。

「それに…………………」

 俺は、この世界にいる配下達のことを思い浮かべた。

「もう俺はいらないだろう。いや、むしろ邪魔なのかもしれん」

 魔族の持つ力よりも圧倒的に強い、この世界を滅ぼすことのできる力を持った俺は、勇者のいないこの世界では、もはや異物なのではないだろうか。

 配下の魔族や、和平を結んだ人族の俺を見る目を思い出す。

 他人に興味を持つことが少ない俺でさえわかるほど、俺への恐怖心を抱いているのが理解できた。

「迷うことのほうが難しいか」




「異世界に行くことになった」

 玉座の間で宴会準備の支持を出していた女魔族を呼び出し、俺は自室でそう話した。

「…………………そうですか。すみません、気を使わせてしまいましたね」

 ひざまずきながら謝る彼女の表情は見えなかった。彼女が何を考えているのかは俺には分からない。

「いや、今まで俺が気を使わせていたのだろう?それくらいどうということはない」

 俺や配下である魔族たちは、今まで勇者と戦うためにいろいろと準備をしていた。それに乗り気ではなかったのを、俺に気づかれないように内心を隠し続けてきたのだ。いや、俺が勇者を倒すことしか考えず、配下達に興味を持っていなかったから気づいていなかっただけかもしれない。

 だが、それでも。百年という随分長い間、気を使わせてしまった。

「……………新たな世界で、勇者を討伐できることを心より応援しています」

 相変わらず、彼女が何を考えているのかわからない。

 そもそも、この女魔族はいつも目を布で覆っているので表情が分からないし、表情を表に出したことがない気もする。

「長い間、世話になったな」

「いえ、それが配下である私の務めですので」

 世話になったというのに、俺は目の前にいる女魔族の名前すら憶えていない。

 いや、この女魔族だけが例外ではない。俺は配下全ての名前を憶えていなかった。

「そこが魔王様のいいところなのです。強くても弱くても、どんなに同族に嫌われていようと対等に接してくれるのは魔王様だけですから」

「………………そういうものか」

「はい」

 彼女の目を覆う布の下には、魔眼が隠されている。視るだけで効果を発揮するその魔眼の効果は様々だが、強力なものが多い。だが、強力な力ゆえに、同族である魔族から忌避されてしまっているのが現状である。

 その強力な魔眼を、彼女は二つも持っているのだ。

 人族に魔眼を持つものが生まれないため、魔眼についてどう思っているのかは分からない。だが、強い力を忌避するのは人族も魔族も変わらない。

 それに、人族が魔眼を受け入れることができたとしても、大きな問題がある。

 女魔族が言った通り、人族と魔族では寿命が違う。魔族という永遠に近い命を持った彼女が、短い時間しか生きられない人族とともに暮らせるのは、魔族からしたら一瞬のことなのだ。彼女が例の人族を大切に想っているほど、喪失感は大きくなり、失うことへの不安は大きくなってしまう。

「不安はないのか?」

「不安はありますよ。でも、それ以上に愛されていることの喜びが大きいのです」

 顔を上げた彼女は、珍しく笑っていた。

「お前の魔眼を恐れないものが、私以外にいたとはな」

 思えば配下の中で眷属にしたのは彼女が初めてだったか。

 その繋がりがなくなると思うと、少し寂しくなってしまうな。

「………………本当に寂しいと思っていますか?」

「ああ、思っているとも。そうだな……………頼りになる右腕がなくなってしまうような感じだ」

「それは比喩表現ではなく、“本当のこと”なのではないですか?」

「フッ、そうだな」

 俺は八本ある腕のうち、利き腕である右手を眺めた。俺はその腕に力を籠めると、黒く、鋭い鎧のような腕がさらに黒くなり、炎のようなオーラを纏った。

「私の“黒炎”ですか」

「ああ、そうだ」

 魔族という種族は、魔法やスキルとは違う、それぞれ違った生まれつきの特殊な”能力”を持っている。女魔族のように、能力に加えて魔眼の力を持っている魔族もいるが、魔眼を持って生まれてくる例外はかなり珍しい。俺は女魔族のような例外ではなく、たった一つではあるが能力を持っていた。

 その能力というのが、眷属にした者の能力を腕に宿すことができる、というものだ。ただ眷属の力を宿すだけなら強さは変わらないが、俺の強みは、その力を同時に腕の数分使うことができるというものである。俺が魔王(さいきょう)と呼ばれる所以は、この八本の腕にあるのだ。

 俺は今まで勇者との戦いに備え、能力の強さに関係なく眷属を増やしてきた。俺が異世界に行ってしまえば、眷属の繋がりも無くなってしまうかもしれない。

 その力をふるうことはなかったが、勇者に勝つために八つの力の組み合わせや、それらの使い方などをよく考えていたものだ。

 それも今日が最後となると、少しは寂しさを感じるものだろう。

 俺の内心を示すかのように、黒炎はゆっくりと消えていった。

「やはり、我々とは目の付け所が違いますね」

「そうか?」

「はい。普通ならば、別れに対して寂しいと思うところですよ」

「別れが寂しい、か…………………」

 確かに、もう二度と会えないとなれば、多少の寂しさは感じる。

 だが今は、その寂しさよりも勇者と戦う機会を与えられたことの喜びのほうが大きかった。

「ふふっ」

「…………何がおかしい?」

「いえ、案外魔王様も私たちと同じなのかもしれないと思いまして」

 女魔族が口元を押さえて笑うが、なぜ笑っているのかは分からなかった。

 俺も周りに気を配るようになったため配下達が何を考えているのかが分かってきたと思ったが、どうやらまだ理解するには至らなかったらしい。

「まあいい。それよりも、俺がこの世界を去った後、貴様が次の魔王になれ」

「………え?」

「できるだろう?」

「ですが、私は______」

「俺が強すぎるだけで、貴様の強さは配下達の中でも圧倒的だ。誰も文句は言わないだろう」

「……………………」

 あまりにも強すぎる力は、周りとの溝を深めることにもつながる。俺は今までそれを気にしてこなかったが、彼女はそれを今まで気にしていたはずだ。

「俺は今まで、配下達も俺と同じように人族と戦うことを望んでいると思っていた。それと同じように、ただ貴様が固定観念にとらわれているだけで、お前のことを恐れている奴なんてもういないのかもしれないぞ?」

「………………………そう、なのでしょうか?」

「うむ。たとえ魔族に恐れられていても、お前の隣にいた人族は恐れていないのだろう?俺が勇者討伐だけに集中していたように、お前はそれだけを気にしていればいい」

「………………そうですね、分かりました。とりあえず魔王を頑張ってみます」

 とりあえず、頑張る。

 何やら不穏な響きに納得したのか納得していないのかよくわからないが、それでも魔王になるということを決めたようだ。

「まあ、やりたくなくなったら適当に誰かに譲ればいいだけだ。だが、俺はお前が魔王になるべきだと思ったということを忘れないようにしろ」

「はっ!」

「では、頼んだぞ。新たなる魔王……………………ふむ」

「どうしましたか?」

「いや、そういえば、貴様の名前を聞いていなかったと思ってな」

「今まで何回も自己紹介をしてきたのですが……………私の名前は______」




 こうして、この世界に新たなる魔王が誕生した。

 だが、それと当時に俺は、“女魔族”の晴れ姿を見届けることなくこの世界を去っていった。

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