転生したら勇者になって魔王を倒すおれを、悪の黒エルフが死なせてくれない! ~最凶の妹と善の白エルフと三つ巴バトル開幕?~』

夜澄大曜

第1章

第1話

 夢の中で、誰かが言った。


保希ホマレ、16歳の誕生日おめでとう。もうすぐ、会いに行くね」


 知らない女性の声。

 目が覚めても、モヤモヤした気持ちが残っていた。


 リビングでは、父が朝食をテーブルに並べていた。

 ハムエッグとサラダ、味噌汁とごはん。それにグレープフルーツジュース。

 父には、感謝しかない。自分は食パン一枚とコーヒー一杯で朝ごはんを済ませるのに、毎朝、ちゃんと家族の分を作ってくれる。

 学生のときには陸上の選手だったらしく、40歳になったいまも、趣味でジョギングを続けている。毎晩ビールを飲むのに腹が出ていないのは、そのおかげだろう。短髪が似合う精悍な顔に、スポーツマンの雰囲気を残している。

 そろそろ出勤時間だ。もうスーツに着替えていた。


「おはよう、父さん」

「おう、ホマレ、おはよう。今日、あれだろ?」


 何か思い出した顔で、スマホを取り出して操作する。

 意外だった。毎年、子どもの誕生日を忘れているのに。

 今回はリマインダーを設定していたのだろうか。

 父は嬉しそうに笑って指を鳴らした。


「やっぱりな! 衣替えだ。少し前に、学校からメール来てたぞ」

「……完全に忘れてたよ、ありがとう」


 仕方がない、父だって日々のことで手いっぱいなのだ。

 誕生日だと伝えれば小遣いをくれるだろうけど、自分から言うのはなんだか嫌だった。


「今日は学校に行けそうか?」

「おれじゃなくて、雪鳴セツナに訊いてよ」


 おれはチラッと妹の部屋のドアを見た。

 妹が起きるには、まだ早い時間だ。


「……いつも悪いな。今度、新しいヘルパーさんに来てもらうからな」


 父は申し訳なさそうに言って、仕事に出かけていった。

 おれはひとりで朝食をとり、着替えを済ませた。

 ちゃんと、冬用の制服に。

 ノックをして、雪鳴の部屋のドアを開ける。

 部屋の中は真っ暗。壁を手探りして、照明をつける。

 ぬいぐるみが溢れるベッドで妹が寝ていた。

 14歳という実年齢より、もっと幼く見える。

 同じ遺伝子ガチャをしたとは思えないほど目鼻立ちが整っていて、癖のある長い髪がふわっと広がって寝ている様は、おとぎ話のお姫様のようだった。

 狭い額に手を当てて、熱を測る。


 39度2分、かな。


 毎朝、同じことをしているので、手のひら温度計の精度がかなり高くなった。

 妹は、14年前、東京に大雪が降った日に生まれた。

 母は雪が窓を叩く音を聴いて、それまで考えていた名前ではなく、雪鳴セツナと名付けたらしい。

 生まれつき体が弱く、三か月以上、病院から出られなかった。


「おれ、今日は学校に行くからね。ちゃんと自分で起きて、ごはんを食べるんだよ」


 雪鳴の肩を軽く揺さぶるが、無反応。


「ほら。撮るよ」


 身を屈めて雪鳴に顔を近づけ、スマホを掲げる。

 毎朝、二人でセルフィーを撮ることが習慣になっていた。

 雪鳴はパチッと目を開けたかと思うと、最高にかわいい顔でピースをした。

 目覚めて0.5秒でこれができるのは、もう才能。

 パシャ。

 前髪が長くて、黒目がち。

 陰気な顔をしたおれの隣で、雪鳴の笑顔が光っている。

 雪鳴はかわいい。たぶん、世界一かわいい。

 ただ、ひとつ大きな問題があって――


「お兄ちゃん、お願い! 買ってきてほしいものがあるの。いまから渋谷のお店に行ってきて。限定品なの。開店前に並ばないとダメなやつなの。


 性格は、宇宙一ワガママかもしれない。


「ごめん、おれ、今日は学校に行くよ」


 雪鳴がおれに手を伸ばす。

 熱を帯びた指先が頬に触れる。

 雪鳴は顔を近づけて、おれの唇にキスをした。

 兄と妹なのに。

 倫理観がまったく仕事をしてくれない。

 雪鳴は唇を離し、おれの耳元でささやいた。


「お願い」


 鼓膜を震わせる、甘い甘い声。


「兄ちゃんに任せとけ! 行ってきまーす!!」


 ほとんど無意識のうちに、大声でそう言っていた。

 妹はとびきりの笑顔になった。


「ありがと、お兄ちゃん。だーい好き!」


 おれは、妹の奴隷なのだ。

 いつから? 

 思い出せない。

 たぶん物心がついた頃から、ずっと。

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