転生したら勇者になって魔王を倒すおれを、悪の黒エルフが死なせてくれない! ~最凶の妹と善の白エルフと三つ巴バトル開幕?~』
夜澄大曜
第1章
第1話
夢の中で、誰かが言った。
「
知らない女性の声。
目が覚めても、モヤモヤした気持ちが残っていた。
リビングでは、父が朝食をテーブルに並べていた。
ハムエッグとサラダ、味噌汁とごはん。それにグレープフルーツジュース。
父には、感謝しかない。自分は食パン一枚とコーヒー一杯で朝ごはんを済ませるのに、毎朝、ちゃんと家族の分を作ってくれる。
学生のときには陸上の選手だったらしく、40歳になったいまも、趣味でジョギングを続けている。毎晩ビールを飲むのに腹が出ていないのは、そのおかげだろう。短髪が似合う精悍な顔に、スポーツマンの雰囲気を残している。
そろそろ出勤時間だ。もうスーツに着替えていた。
「おはよう、父さん」
「おう、ホマレ、おはよう。今日、あれだろ?」
何か思い出した顔で、スマホを取り出して操作する。
意外だった。毎年、子どもの誕生日を忘れているのに。
今回はリマインダーを設定していたのだろうか。
父は嬉しそうに笑って指を鳴らした。
「やっぱりな! 衣替えだ。少し前に、学校からメール来てたぞ」
「……完全に忘れてたよ、ありがとう」
仕方がない、父だって日々のことで手いっぱいなのだ。
誕生日だと伝えれば小遣いをくれるだろうけど、自分から言うのはなんだか嫌だった。
「今日は学校に行けそうか?」
「おれじゃなくて、
おれはチラッと妹の部屋のドアを見た。
妹が起きるには、まだ早い時間だ。
「……いつも悪いな。今度、新しいヘルパーさんに来てもらうからな」
父は申し訳なさそうに言って、仕事に出かけていった。
おれはひとりで朝食をとり、着替えを済ませた。
ちゃんと、冬用の制服に。
ノックをして、雪鳴の部屋のドアを開ける。
部屋の中は真っ暗。壁を手探りして、照明をつける。
ぬいぐるみが溢れるベッドで妹が寝ていた。
14歳という実年齢より、もっと幼く見える。
同じ遺伝子ガチャをしたとは思えないほど目鼻立ちが整っていて、癖のある長い髪がふわっと広がって寝ている様は、おとぎ話のお姫様のようだった。
狭い額に手を当てて、熱を測る。
39度2分、かな。
毎朝、同じことをしているので、手のひら温度計の精度がかなり高くなった。
妹は、14年前、東京に大雪が降った日に生まれた。
母は雪が窓を叩く音を聴いて、それまで考えていた名前ではなく、
生まれつき体が弱く、三か月以上、病院から出られなかった。
「おれ、今日は学校に行くからね。ちゃんと自分で起きて、ごはんを食べるんだよ」
雪鳴の肩を軽く揺さぶるが、無反応。
「ほら。撮るよ」
身を屈めて雪鳴に顔を近づけ、スマホを掲げる。
毎朝、二人でセルフィーを撮ることが習慣になっていた。
雪鳴はパチッと目を開けたかと思うと、最高にかわいい顔でピースをした。
目覚めて0.5秒でこれができるのは、もう才能。
パシャ。
前髪が長くて、黒目がち。
陰気な顔をしたおれの隣で、雪鳴の笑顔が光っている。
雪鳴はかわいい。たぶん、世界一かわいい。
ただ、ひとつ大きな問題があって――
「お兄ちゃん、お願い! 買ってきてほしいものがあるの。いまから渋谷のお店に行ってきて。限定品なの。開店前に並ばないとダメなやつなの。お願いお願いお願い」
性格は、宇宙一ワガママかもしれない。
「ごめん、おれ、今日は学校に行くよ」
雪鳴がおれに手を伸ばす。
熱を帯びた指先が頬に触れる。
雪鳴は顔を近づけて、おれの唇にキスをした。
兄と妹なのに。
倫理観がまったく仕事をしてくれない。
雪鳴は唇を離し、おれの耳元でささやいた。
「お願い」
鼓膜を震わせる、甘い甘い声。
「兄ちゃんに任せとけ! 行ってきまーす!!」
ほとんど無意識のうちに、大声でそう言っていた。
妹はとびきりの笑顔になった。
「ありがと、お兄ちゃん。だーい好き!」
おれは、妹の奴隷なのだ。
いつから?
思い出せない。
たぶん物心がついた頃から、ずっと。
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