第4話 純白のドラゴン
「そんな……どうしてドラゴンが……!」
ドラゴン。
それは大陸に伝説や御伽話として知られる超上位生物。
曰く、それは大口から大火を吐き
曰く、それは国家を一夜にして破壊する力を持つ
そんな伝説が、私の上空に現れ、両翼を広げながら滞空していた。
『出ていって……』
ドラゴンの圧に、ウルは身体を小刻みに震わせていた。尻尾は叱られた犬のように垂れている。
「ご、ご主人……?」
「落ち着いてウル。一度対話を試みるわ」
ドラゴンは私たちの脳内に語りかけてくる。ならば、対話は可能なのだろう。
「初めましてドラゴンさん。私はラティーナ・マーシャル。元聖女よ。『出ていって』というのは、この丘から出ていけということかしら?」
『その通り……』
なるほどね、誓いの丘に住み着くなというルール。あれはドラゴンのためだったのね。もう少し早く知りたかったわ。
「大人しく出ていけば許してもらえるのかしら」
『この丘の意義を忘れた人間に……痛い目には合ってもらう』
痛い目って、ドラゴンにとっての痛い目とか人間にとっては即死級でしょ!?
『その腕、消し飛ばす』
ドラゴンが息を吸うと、まるで周囲から熱が奪われたように肌寒くなった。
しかしそれも束の間。すぐにドラゴンの大口に大火が装填され、周囲は真夏より熱波を感じるほど灼熱地獄と化した。
「やるしかないようね。ウル、戦える?」
「や、やってやるです!」
そうは言うものの、短刀を抜いたウルの手は震えていた。
でもね……
私が1番得意な魔法は、『強化魔法』。つまりバフ!
「行くわよウル! 【 God Bless You 】」
魔力を込めた息を吐くと、金色に輝く霧がウルを覆った。
「こ、これはっ!」
「ウル、今の貴女はすべての能力が超向上状態にあるわ。ドラゴン相手でも簡単には死なないから安心しなさい」
そしてウル一人に任せる訳にはいかない。
ここに住むと決めたのは私だ。自分のわがままを貫くなら、自分で戦わずして何が自立だ!
『龍炎砲』
容赦のない炎が上空から放たれた。待ったなしの戦いとはよく言ったものね。
でも……
今は無職でも、私は聖女だ!
「セルフ強化魔法【 God Bless Me 】」
私の強化魔法は身体能力・魔法能力すべてを向上させる。
自分で言うのも何だけど、大陸最強のバフだ。
あのクソ勇者が裸も見せない私を5年も置いていた。その事実が一番の証明よ。
私は地面を蹴り、上空へ飛び立った。
「【 Water Knife 】」
それは水のナイフというにはあまりに過ぎた力。
もはや大瀑布と呼んだ方が適した、最大水力による刃だ。
『なっ……!』
ドラゴンの大火に穴を開けた。その穴に、ウルが突っ込む。
「やぁぁぁぁ!」
私のバフを初めて受けた子はみんなこうだ。自信に満ち、堂々と戦える。
さっきまで臆していたウルは、ドラゴンに果敢に立ち向かっていた。
「一撃くれてやるです!」
ウルは短刀を振り抜き、純白のドラゴンの顎を切った。血飛沫が降り注ぎ、私の頬にもドラゴンの血がつく。なんか変な効果ないでしょうね。
『うっ……くっ!』
「私たちはあなたと互角に戦えるわよ? どうするドラゴンさん」
これはハッタリだ。私のバフが強かろうと、ドラゴンと互角に戦えるわけがない。
手も足も出ない勝負から手足を生やした程度で、100戦しても100回こちらが負ける。そんな戦いに必要なのはハッタリだ。
さぁ、引き下がってくれれば……
『許せない。ここで消し炭にする!』
「まぁそうなるわよね」
そもそも最強だからドラゴンなのだ。そんな最強がハッタリ一つで怯むわけがない。
こうなったら最後の手段だ。
「ウル、私の背に乗って」
「そ、それだとご主人が……」
「いいから早く!」
「は、はいなのです!」
ウルは私の言葉に気圧され、すぐに背中に乗ってきた。……意外と胸あるわねこの子。とか今はどうでもよくて!
バフを足に集中! そして……飛ぶ!
『無駄なこと。空は私の領域』
「でしょうね! でも……」
私の目的は制空権を握ることではない。
私とウルはドラゴンの頭まで吹っ飛んだ。そして……
「やあっ!」
私はドラゴンの二本角の内、左側の角を掴んで後頭部に着地した。
『何を……』
「ここなら炎は届かない。爪や牙も怖くない。振り下ろしてみなさい、そしたら魔法を駆使して逃げ切ってやるわ」
人間のように手を後頭部に回せないドラゴンなら、これが最適解だと判断した。
数年前、グリフォンと戦った時にとった戦法だ。あれも前足・後ろ足ともに後頭部まで届かないものね。
さぁドラゴンはどんな悔しい表情を浮かべてるのかしら、と思ったら……なんか嫌に静かね。
私はドラゴンの左角を離さないよう全力で体いっぱい使ってホールドしている。そんな私を抱きしめるのがウル。まるでコアリクイの親子だ。
『…………』
ドラゴンは言葉も出ない様子だった。しかし徐々にその高度を落としている。何か策でもあるのかしら。
警戒していると、掴んでいる角が徐々に小さくなっていることに気がついた。
角だけじゃない。さっきまで後頭部だったものは背中になり、やがて乗っていられなくなって落ちてしまう。
「きゃっ!?」
「ふぎゃ!?」
尻餅をついた私たちの前に立っていたのは、一人の白い少女だった。
純白の頭髪をツインテールに結い、その頭部から生える2本の角。
身長はウル以上、私以下で小さめだ。キャミソール的な薄着を一枚纏うだけで、ほぼほぼ半裸。
「女の子……?」
ドラゴンは女の子になっていた。しかし、その魔力や迫力は顕在。
これは予想外だ。まさか人の形になれるなんて。伝説が語られても目撃情報が無かったのはこのためか。
「ご主人に近づくなです!」
ウルは短刀を握って前に出た。
しかし、
「邪魔」
「ふぎゅう」
ドラゴン少女の手払い一撃で、ウルは丘の木まで吹き飛ばされた。
「くっ……」
「…………」
ドラゴン少女は尻餅をつく私を見下す。
ここまでか、と諦めて目を閉じた……
その瞬間だった。
ふわっと、柔らかな感触が私の全身に覆い被さった。
驚いて目を開けると、ドラゴン少女が私に抱きついてきたのである。
「な、なになに!?」
「ラティーナ?」
「私の名前? ラティーナだけど……」
「そう、ラティーナ。私の結婚相手はラティーナ」
「……は?」
なんかデジャヴなやり取り。
魔族の女の子に続き、この大陸最強の存在に結婚相手と言われてしまいましたとさ。
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