【短編】料理研究家、信じるぞ!――スマホだけ持って異世界転移した俺、レシピ通りに作って無双する(予定)

影清

単話

 あれ……俺、死ぬ?

 これ、ヤバない?


 ついさっきまで自室にいて、コンビニに行こうとスマホだけ持って靴を履いた。

 扉を開けて、一歩踏み出した――


 あら不思議。

 扉を開けたら、そこは異世界でした。


「……」


 驚きすぎると言葉は出ないというのはマジだった、と遠い目をして考えるが、ここは一体どこなのか。

 瞬きする間に、薄暗い石造りの通路に立っていた。

 壁に等間隔で掛けられたトーチには炎が揺らめいていて、橙色の光が周囲を照らしている。


 背後からは獣の唸り声。

 前方では、何か黒い影が蠢いていた。


 着ているのはTシャツにコート、ジャージにスニーカー。

 持ち物はスマホだけ。


 なんだこれ。


 状況を整理する暇は与えられなかった。

 背後の唸り声が、ぐんぐん近づいてくる。

 

 振り返ったら、どうなる?


 まだ現実感が薄くて、気になるままに振り返った。

 ゾンビ化した犬が一匹、涎を垂らしながら目の前にいた。

「おぎゃあああぁああああッ!!」

 叫ぶと同時に足がもつれ、床にすっ転んだ。

 飛びかかって来たゾンビ犬は身体をまたいで通り過ぎ、向こう側に着地した。

「あばばば!!」

 尻の痛みを気にしている余裕はなかった。

 壁に縋って立ち上がり、ゾンビ犬と逆方向へ走る。

 あっという間に追いつかれ、コートの裾に噛みつかれた。

「ややっやややややめめめめめ!!」

 恐怖でまともな言葉にならないまま、足だけは止めずに前へと進んだ。

 引っ張られた勢いでコートが脱げ、その隙に必死で逃げた。

 コートに気を取られたゾンビ犬の反応が遅れている間に、ひたすら走った。


 死ぬほど真面目に走った。


 息が切れて肺が痛くなり、足がもつれた。

 壁に寄りかかり、よたよたと進む。


 無理。

 なんだこれ無理。

 止まったら死ぬ。

 絶対死ぬ。


 ゾンビ犬はコートを踏み越え、こちらへ向かってくる。

 荒い呼吸と床を走る足音が、すぐそこまで迫っていた。

「ああぁあぁあ」

 壁に伸ばした手が空を切り、身体が右に傾く。

「……っ!?」

 勢い良く床に倒れ込み、痛みもそっちのけで必死に手足を動かした。

 匍匐前進になってしまったが、気にする余裕もない。

 ずりずりと右の通路へ逃げ込んだ先は、四角い広間だった。

 

 つ、詰んだ。


 行き止まりに絶望したが、背後のゾンビ犬は、いつまで経っても襲いかかって来なかった。

「……?」

 必死に息を吸い込みつつ振り返ると、ゾンビ犬と目が合った……ような気がした。

 恐怖で喉が引きつったが、犬はその場に固まったように動きを止め、くるりと方向を変えて去って行った。

「……?……????」

 呆然としていると、奥から声をかけられた。


「ここはセーフティゾーンだから、モンスターは襲って来ないぞ」


「え……あ、そうなん、ですか?」

 助かったと理解した瞬間、全身の力が抜けて、今更、転んだ痛みがぶり返す。

 それでもずっとスマホだけは握ったまま、放さなかった。

 のろのろと身体を起こし、広間を見渡した。


 がらんとした石造りの、四角い部屋。


 壁にはトーチがかかっており、薄暗いものの、視界に困るほどではなかった。

 奥の壁際に凭れている男の前には焚き火が置かれており、炎がゆらゆらと揺れて鎧をぼんやり照らしている。

 銀色のフルアーマーを装備した、騎士だった。


 騎士……いや、戦士?


 ゆっくりと近づいて、質問をした。

「あの、ここにいたら、安全……ですか?」

「ああ。君、そんな軽装でここまで来たのか……?」 

「い、いや……来るつもりはなくて……」

「寒いだろう。焚き火に当たるといい」

「あ、ありがとうございます……少しだけ、お邪魔します……」 

 男はフルフェイスで表情は見えないが、声は優しかったので、悪い人ではないかもしれない。

 

 いや、知らんけど。

 怖いけど。


 一つ頭を下げて、焚き火を挟んで向かい側に腰を下ろす。

 パチパチと爆ぜる焚き火の炎と暖かさに、ほっと息を吐いた。

「詳しい事情を聞くつもりはない。そんな時間もないしな。だが一つ。君は、ここがダンジョンだと知っているのか?」

「だ、ダンジョン……!?ああぁマジで!?何でこんなとこに…!?」

 頭を抱えると、男はしばしの沈黙の後、同情を含んだ声で言った。

「冒険者には見えないが……陰謀にでも巻き込まれたか」

「い……陰謀……かなぁ……?わ、わかんないです……なんで俺がここにいるのか……」

「帰還の呪符は持っていないか?」

「な、なんでしょうかそれは……」

「……」

 沈黙が痛かった。

 名称から、どんなものかは推測出来る。

 

 たぶん、ダンジョンから出ることが出来るアイテム。

 そんなもの、もちろん持っていなかった。

 

「……そうか。私はもう戻らねばならないが、そんな軽装では死んでしまうぞ」

「え……マジですか……。俺、死ぬのか……」

「装備や食料を分けることはできるが……必要か?」

 口調が一段と優しくなった。

 とても哀れんでくれているようだった。

「え!いいんですか!?めっちゃ助かります。なんかもう、とにかくわけわかんなくて。俺どうすりゃいいのかもわかんなくて」

「ふむ。ここは五十九階のセーフティゾーン。六十階まで行ってボスを倒さないと、ワープは使えないんだが」

「え!?」

「もしくは四十階まで下るか」

「は!?」

 愕然としてしまった。


 無理。

 無理無理ゲー。


 泣きそうになったが、男は顎に手を当て考えてから口を開いた。

「君、私が人数を連れて戻ってくるまで待てるなら、明日にでも出直そう」

「えっ!神様、ありがとうございます!!ぜひ、ぜひお願いします!!」

「神ではない。私の名はルークという。君は?」

「俺は、只野木 真暮です」

「タダノキ・マグレ殿?貴族だったか」

「え、いや、一般庶民です」

「?」

「真暮が名前、只野木が姓です」

「姓を持つのは貴族だけだろう」

「そう?なん?ですか?」

「ああ。……まぁいい。装備と食料を渡しておこう。……ここまで来るのに、四十一階から走って来なければならない。人数を揃えれば、二日で着くと思う。食料は全て渡しておくから、生き延びてくれ」

「は、はい……本当に、ありがとうございます……!!」 

「気にするな。一緒に連れて行ってやれなくてすまないな」

 やはり騎士なのだろうか。

 礼儀正しいし、とても親切な人だった。

「とんでもないです!!ルークさん、本当にありがとうございます!!」

 武器や鎧、食料品に調理器具、防寒具や寝袋までもらって、ルークは呪符を破った。

 男の足元に小さな魔法陣が展開し、光が立ち昇った瞬間――いなくなった。


「……マジファンタジーかよ……」


 呆然と見送って、真暮は脱力した。


 なにこれ。

 なんでこんなとこにいんの、マジで?

 なんで俺?

 意味がわかんないですね。

 異世界転移ってやつですか?


 ただの高校生、それが俺。


 だだっ広い空間で、二日間生き延びねばならない。 

「……」

 一人になった途端、静けさがやけに重くて、寒さまで増した気がした。

 毛布を肩にかけ、焚き火に手をかざす。


 腹減った。


 そもそも、両親が仕事でいない冬休み、昼飯を買いにコンビニへ行こうとしただけだ。

 異世界に飛ばされて食欲が消える……なんてことはなかった。

 普通に腹が鳴り、何か食べたいと思った。

 が、料理なんてしたことない。

「うーん……」

 もらった食料品を確認する。


 生肉っぽいもの、ベーコンっぽいもの、ソーセージっぽいもの、白菜っぽいもの、チーズっぽいもの……。

 

 なんとなく、見たことがあるような形状をしていた。

 スーパーで荷物持ちだけはしたことがあったので、なんとなくわかる。

「で、これ、どうすんの?」

 調理器具は、フライパンに小鍋が二つ。

 マグカップ。

 水の入った革袋。

 調味料は瓶入りで、何故か文字は読めた。

 そこでようやく、ずっと握っていたスマホの存在を思い出した。

「異世界で使えるのかな……」

 電源が切れていたが、入れ直すとちゃんと起動し安堵した。

「っていや、起動すんのかよ!!」

 反射でツッコミを入れて、SNSへ飛んでみた。


『助けて俺今異世界にいる』


 とりあえず、ポストしようとした。

 が、「ポストする」がグレーアウトしていて、タップ出来なかった。

「なんでだよ!!出来ないのかよ!でもタイムラインは見られるのかよ!なんでだよ!!」

 通信アプリも同様に、見ることはできるが書き込みは無理だった。

「マジかよー」 

 だが読むことが出来るのは、助かった。

 気を取り直して検索した。


『料理 レシピ 簡単』


「検索は出来るのかよ!!」

 またツッコミが出た。

 画面には、料理研究家アカウントがずらっと表示された。

 さらに具材を入れて対象を絞り込む。

 動画サイトも見られるようなので、そのうち見てみようと思いつつ、タイムラインを眺めた。

 

 ――あった。

 俺でも作れそうなヤツ!!


 フライパンはある。

 白菜っぽいの、ベーコンっぽいの、チーズもある。


 いける!


 野菜を切るところでいきなり苦戦した。

 ナイフはあるが、扱い慣れてなくて怖い。

 びくびくしながら切った。


 猫の手なんてしたら、切れなくね?

 端っこの方、無理くね?


 ぐちゃぐちゃになりながらも切り終えた。

 大きさはバラバラだが、まあいい。

「とりあえず、レシピ通りにやればなんとかなるだろ!」

 油を引いたフライパンに野菜とベーコンを載せて、焚き火の上へ。

 焚き火で調理するのは難しかった。

 火と熱で手が熱いし、焼けそうだった。

 火も安定しない。

 持ち手を握ってあっちこっちと身体を動かして様子を見ながら、火加減を調整した。

 何とか完成した料理は、バラバラでぐちゃぐちゃで、黒く焦げている部分も多かった。

「……ムズすぎ……」

 でも初めて自分一人で作った料理だった。

 箸はなかったので、ナイフとフォークで切り分けた。

「……いただきます」

 まずは一口。

「焦げがなければめっちゃ美味い!!」


 焦げがなければ。


 焦げた部分を避けて食べると、野菜の甘みもあるし、カリカリに焼けた部分が香ばしかった。

 力が湧いてくるような気がして、ほっと息をつく。

 小鍋で水を沸かして、白湯を飲んだ。

 物足りなかったが、自分で作った料理は美味しかったので、及第点といって良かった。

 でも二日間ここに一人か……と考えると気分が沈む。

 スマホがあるとはいえ、充電が切れたら終わりだ。


 必要な時だけ使おう。


 食後の片づけが終わると、何もやることがなかった。

「……マジでなんなんだこれ……夢かな」


 ゲームの世界にでも来たかこれ。

 俺、無双出来ちゃうヤツかこれ。


「ステータスオープン!なんちゃって」

 冗談で言ったら、目の前にウィンドウが開いた。

「いや開くのかよ!!」

 ツッコミを入れつつ、ステータス画面を見る。


只野木 真暮 LV1


HP 11(+2/残り7分)

STR 5(+2/残り7分)

DEX 7(+2/残り7分)

INT 9(+2/残り7分)

VIT 7(+2/残り7分)

CHR 9(+2/残り7分)


「ナニコレ」

 ステータスが上がっている。

 しかも時間制限つき。

「バフ?」

 食事をしたくらいで、特別はことは何もしていない。

「……どういうこと?」

 もう、わけがわからないことだらけだった。 

 寝袋に入って不貞寝しようとしたが、床の石が固くて痛すぎて、眠れそうになかった。

「マットー!!マットくれー!!」


 ルークさん直寝!?

 超人かよ!!


 身体が痛くなるから寝返りを繰り返していると、結局眠れなかった。 

 何もないだだっ広い空間に一人は、怖い。

 かといって、通路に出て周辺を探検しよう、という気にはなれなかった。


 普通に死ぬし。


 焚き火の前でじっとして過ごし、夜には別の料理のレシピを検索した。

「うま味調味料は、さすがに持ってないな……」

 美味しそうなレシピはたくさんあるものの、自分の手持ちを考えるとなかなか厳しい。

 作り方がシンプルなポトフを作って、食べた。

 これは美味しく出来た。


只野木 真暮 LV1


HP 11(+30/残り29分)

STR 5(+30/残り29分)

DEX 7(+30/残り29分)

INT 9(+30/残り29分)

VIT 7(+30/残り29分)

CHR 9(+30/残り29分)


 ブースト値が増えていた。

 食事で増えることが確定した。


 この数字の違いは、なんで?


「でもこれ、ワンチャンあのゾンビ犬倒せるのでは……?」


 俺のコート、途中で落として来ちゃったし。


 ルークが置いていってくれた剣と鎧を装備……しようとしたのだが、鎧は着方がわからず断念した。

 あと、めちゃくちゃ重かった。

 剣だけを持ち、広間入り口から通路を覗く。

 

 ゾンビ犬が角を曲がろうとしているのを見つけたので、こちらに戻ってくるまで辛抱強く待った。


 ここで戦うなら、広間の前で。

 

 じっと待つこと五分。

 角を曲がってこちらに歩いて来たので廊下に出て、剣で壁を叩いた。

 高い金属音が響き、ゾンビ犬がこちらを見る。

 敵意を剥き出しにして突っ込んでくるので、広間に逃げ込んだ。

 途端に、敵を見失ったようにその場に留まってきょろきょろとし始めたので、飛び出して、背中めがけて剣を振り下ろした。


「オラァ――!!」


 勇ましく声を上げたが、キンッとさっき壁に当てた時と同じ音がして、弾かれた。

「へぁ?」

 真暮がきょとんとするのと、ゾンビ犬が振り仰いで視線が合うのが同時だった。


 ガァアアアァッ!!


「ほんぎゃぁあああ!!」

 咆哮を上げ襲いかかられ、叫んで仰け反った勢いのまま、背中から広間の床に転がった。

 背中にごつごつの石がぶつかった。

「痛ぇ!!めちゃくそ痛ぇ!!」

 転げ回る真暮を無視して、ゾンビ犬はどこかへ去った。

「うぎぎ……無理ゲーすぎぃ……!」


 ステータス盛ったのに!

 死ぬとこだった。


 レベル差がありすぎる、ってことなのかも。

 レベルを上げて、さらにステータスを盛れば、楽勝になるのかも。

 焚き火まで戻って、色々と料理を作ってみた。

 レシピを見ずに、焼いただけの料理ではステータスは上がらなかった。

 もう一度ポトフを作ってみたら、今度は数字が(+35)に上がったことで、確信した。


 料理の完成度でブースト値が変化する。


「うおおおマジか!初心者に優しい料理研究家、信じるぞ!!」

 しかもスマホは充電が百パーセントのまま、減らないことにも気がついた。


「やったー!!俺無双完成しちゃうなこれ!!まぁ世界も軽く救ってやんよ」

 フッと格好良く笑い(自認)、ルークが座っていた壁際に腰掛けた。

 

 あの人が助けに来てくれるまで、ここでスマホしてよ。

 





 只野木 真暮、十六歳。

 閲覧専用のスマホだけを持って異世界に渡る。

 料理ブーストを使って、無双する(予定)。 






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【短編】料理研究家、信じるぞ!――スマホだけ持って異世界転移した俺、レシピ通りに作って無双する(予定) 影清 @kagekiyo3988

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