第6話 父との旅行
「せっかくだし、旅行でもしようか!」
朝食の席で、お父さんがいきなり言い出した。
今すでに旅行気分みたいな状況だけど……。
「急だね……!」
「この世界にはいろんな国があるんだよ」
そう言って、お父さんはテーブルに地図を広げる。
ここは神アラキファを祀る中央神国。
その周囲にはエルフ、ドワーフ、獣人の国があるらしい。
「というのもね……父さん、今日どうしても行かなきゃいけない場所があるんだ」
そう言う彼は、確かに出かける格好をしていた。
白基調のマントローブに英国紳士風の服装。
腰には剣。完全に勇者の装いだ。
(似合いすぎるんだって、その格好……!)
私はといえば、元の世界から持ってきたままの新品の学生服。
もったいないし、まだ着る。
「そうなんだ。じゃあ私も一緒に行くよ!」
「良かった!」
お父さんは抱きついてくる。
「ちょっと! 毎回抱きつかないでってば……それで、どこ行くの?」
「まずはエルフの国だね」
お父さんは地図の一点を指さした。
「遠いの?」
「馬で行けば二週間ってところかな」
「馬!?」
(やっぱ車とかない世界なんだ……!
2週間乗りっぱなしとかお尻死ぬやつじゃん)
「でもゲートを使えば、歩いて二時間で着くよ」
お父さんは指で空間を裂くように動かし、あの日と同じゲートを開いた。
「え、これ魔法? 便利すぎない? 皆それで移動できるの?」
「使えるのは、この世界で父さんと神様だけだね」
「えっ……それってめちゃくちゃ凄い能力なんじゃ……」
「さ、行こう!」
・・・
――エルフ領 郊外
「うわ、綺麗……! 写真撮りたい……あ、スマホ無いんだった」
ゲートを抜けた先は青く淡く光る森の中だった。
木から発光していて、幻想的な雰囲気を作り出している。
「この森の香りと景色は本当に素晴らしいよ」
「なんか落ち着く……昼寝できそう」
鼻をくすぐるのは、ハーブのような少しスーッとする香り。
深呼吸したくなる。
「ただ、魔物が出るから一人で勝手にどこか行っちゃだめだよ?」
「魔物……そっか。この世界、ほんとにいるんだ」
(魔物でもいいからイケメンだったら歓迎なんだけどな)
そんな馬鹿なことを考えながら歩いていく。
「そういえば、ゲートって国の中とかへ直接は飛べないの?」
「人が近くにいると開けないんだ。だから家は郊外に建てたんだよ。
それでも稀に誰か近くにいると飛べなかったりする」
「万能ってわけじゃないんだね」
「とはいえ、だいたい目的地の近くまでは行ける。ほら、見えてきた」
指差した先には――
「うわ……」
「あれがエルフの国だよ」
森を抜けると、規則的に立つ樹木が壁のように並んでいた。
蛍のような光が道を照らし、街全体が柔らかな光で包まれている。
「さ、入ろう。今日は王にも挨拶しないとね」
「お、おう……」
見とれてしまって、つい返事が遅れる。
門には兵士が一人立っていた。
「勇者様! ようこそお越しくださいました!」
さっきまでのんびりしていた兵士は、お父さんを見た瞬間に背筋を伸ばした。
「あはは。有難う。平和そうで何よりだよ」
「ええ! おかげさまで暇すぎるほどです!」
お父さんは優しく兵士の肩を叩く。
「その方が良いんだよ。でも、鍛錬は怠っちゃいけないよ?」
「もちろんです! 門が開きますので、どうぞ!」
もう一人の兵士が、せっせと門を上げていた。
門をくぐって国に入る。
「お父さん、さっきの兵士さん知り合い?」
「ん? いや、初対面だったよ」
「え、でもお父さんのこと知ってたよね……?」
そう考えていた時――
酒場から1人のエルフが飛び出してきた。
(うわ、カッコよ……!
ていうか周り見たらイケメンしかいないんですけど!?)
エルフは酒瓶のようなものと木のカップを取り出す。
「勇者様! 一杯どうです? 良質な樹液糖酒ができたんです!」
「いいね。でも今はダメだ。国王に会う前だからね」
「そうかい! なら一本持ってってくれ!」
強引に酒瓶を持たせてくる。
「え、いいの?」
「国王と飲んでくれ! それに勇者様絶賛の酒って宣伝できるし!」
「ははっ。ちゃっかりしてるね。ありがとう」
「また飲みに来いよ!」
その後も――
「勇者様だ……!」「ねえサインちょうだい!」「今日も凛々しい……!」
そんな声が絶えない。
お父さんは全員に優しく対応しながら進んでいった。
そして、エルフ国の城が見えてくる頃には、あたりは薄暗くなっていた。
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