第21話 懺悔

 ここの所異世界での営業続きだったが、今日は久々に元の世界での営業。数日店を出してなかったが、こちらで店を出せば常連客が何の疑いもなく来てくれる。これもひょっとすると神様の計らいなのかと思いつつ、憲児は客の相手に勤しむのだった。


 新規の客も含め、今日も賑わったおでん屋台。だいたいいつも通りの深夜帯に客足が引けて、そろそろ閉店の時間となる。この時間になるともう商店街の店はほぼ閉まっていて、アーケードはとても静かなものだ。物悲しい雰囲気もあるが、都会に近いとは思えないほどの静寂が憲児は好きだった。


 おでんの具もかなり減ったし、酒も沢山出た。神様から高額な前払いを貰っているとは言え、日々の売上は嬉しいものである。そんなことを考えながら店じまいをしようとした時、屋台の前をトボトボと歩く人影が……。その人物は屋台の前で立ち止まり、ちょっと迷った後に暖簾をくぐってきた。


「あ、あの……まだ大丈夫ですか?」

「いらっしゃい。大丈夫……って、望月か!?」

「えっ!?」


 暗い表情のその青年は、憲児に名前を言われて驚いた表情でこちらを見る。一瞬誰か分からなかった様子だったが、屋台の奥にいるのが自分が貶めたかつての課長であることを認識して固まっていた。


「か、課長!?」


 慌てて逃げようとする望月だったが、憲児は別段怒ることもなく静かに呼び止める。


「腹、減ってるんだろう? いいから食っていけって」

「……」


 本当に空腹だった様子で、バツが悪そうにしながらもベンチに座った望月。


「閉店前だから、おでんの具はすくないぞ」

「はい……」


 ボソッと答えた望月に、適当選んだ具材を盛った皿を差し出す憲児。望月は無言のまま竹輪にかじりつき、そこから火が付いた様に二皿分の具材をペロリと平らげた。そして無言のまま憲児が差し出したビールを一気に飲み干し、ようやく腹も落ち着いた様だった。至福の表情を浮かべた望月だったが、直ぐに苦しそうな表情になって空のコップを両手で握りしめている。


「何か言いたそうだな?」

「……課長は、僕が憎くないんですか?」

「まあ、そうだな。会社を辞めた時はお前も部長も憎かったさ。でも、今は何も思っちゃいないよ」

「僕は……!!」


 そう言いかけてぐっと唇を噛んで言葉を飲み込む望月。そんな彼を見て子供を見る親のような目になった憲児は、やれやれといった風に望月を促すのだった。


「まったく、俺の作ったおでんを散々食ったんだ。言いたいことも喋っちまえよ」

「……」


 憲児にそうは言われたものの、しばらく黙って何やら考え込んでいた望月。しかしやがてポツポツと話し始める。


「あれから……チームの皆が凄い勢いで色々調べ始めて……部長はあっという間に解雇になるし、僕も会社に居辛くなって……」

「らしいな。長岡に聞いたよ」

「長岡さんに!?」

「お前、退職代行使ったんだって? 便利な世の中になったもんだよ」

「……会社を辞めて就職活動を始めたんですけど、勤続三年未満だからどこも雇ってくれなくて……彼女とも別れることになったし、ネットでは結構炎上していて、なんか辛くて」


 ボロボロと泣き始めてしまった望月。部長は望月よりも悪くて解雇だったので、当然の様に奥さんから離婚を突き付けられて、連絡すら付かないとのこと。


「確か部長の奥さんはいい所のお嬢様だったよな? 娘さんはどうしたんだ?」

「母親に付いていきました。僕、部長に言われる通りにしただけなのに! お前は俺の娘の婿になる男だから、直ぐに出世させてやるから任せておけって!」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ」


 ボロボロ泣いている望月のコップにビールを注ぐと、泣きながらも飲み干す。それは飲むんだなと、ちょっと笑いそうになるのを必死で堪えておでんの具材も追加してあげた。それも泣きながら食べる望月。


「課長、僕はどうしたらいいんでしょうか。このままフリーターみたいな生活を送らないとだめでしょうか」

「おいおい、俺はもうお前の上司じゃないぞ。で、お前はどうしたいんだ?」

「……」

「お前が部長に乗せられて、あんなことをやったことは分かったよ。でも、フタを開けてみればこの通りだ。世間はそう甘いものじゃない。まあ、退職して妻とも離婚して、おでん屋台をやってる俺が言えた義理じゃないがな」

「課長……」


 離婚と聞いて少し驚いた様子の望月。自分がしてしまったことの重大さを、今更ながらに噛み締めているのだろう。


「ところでお前、なんでこんな時間にここを歩いていたんだ? お前の家は……ああ、そうか。退職して引っ越したのか」

「就職活動して、夜はバイトして……家はここから二駅ほど先ですけど、節約のために歩いて帰ってるんです」


 恐らく歩くと一時間近くかかるだろうに、その落ちぶれ様に驚く憲児。今までは部長に援助してもらって会社に近い少しいいマンションに住んでいたらしい。そんな話をしながらも、またボロボロと泣き出す望月。そんな彼を見ていると、憲児はちょっといたたまれなくなってくる。


「もう一度聞くが、お前はこれからどうしたいんだ? ちゃんと別の会社に入って、今度は真面目に働く気があるのか?」

「あります! でも、どこも相手にしてくれないし、経験もほぼないに等しいし……」

「そうか。だったらまず、社会人として俺に言うことがあるだろう?」

「……」


 そう言われてビクッとなった望月だったが、意を決した様にスクッと立ち上がると、憲児に対して深々と頭を下げた。会社に入ったらまず教えられる、教科書通りのきれいな謝罪姿だ。


「課長、申し訳ございませんでした! 取り返しの付かないことをしてしまって……僕が間違ってました」

「分かった。お前のその気持ちは受け取ったよ。もしお前が本当にやり直す気があるなら、以前の取引先を当たってやろう。でも、前ほど大きな企業は無理だし、地方になるかも知れないがそれでもいいか?」

「本当ですか!? 贅沢は言わないです!」

「じゃあ、二、三日くれ。決まったらまた連絡するから。俺ができるのは紹介するだけだぞ。あとはお前次第だからな」

「はい! 有り難うございます!」


 ちょっと希望の光が見えて、望月の顔に生気が戻った気がした。そこからまたおでんを一皿平らげ、瓶ビールを一本空けた望月。


「あ、あの……僕、お金が……」

「出世払いにしておいてやるよ。生活に余裕が出てきたら返しにこい」

「有り難うございます!」


 散々飲み食いした望月をそのまま歩いて返すわけにもいかず、屋台をしまう間少し待ってもらって車を出す憲児。


「これ、最新のオープンカーにもなるやつじゃないですか!」

「お前、車が好きだったのか? 退職金やら離婚の慰謝料やらが入ったからな。ちょっとした自分へのご褒美さ」


 ちょっと見せびらかしたくなって電動でルーフをオープンして、深夜の道路をオープンカーで望月の家まで。車通りも人通りもほぼない時間なので、男二人で軽のオープンカーに乗っていても怪しまれることもないだろう。


 少しボロい望月が住むアパートの前につくと、彼は何回も頭を下げて感謝しきりだった。そんな彼に、憲児は封筒を手渡す。


「これは?」

「俺の伝手とは言え、シワシワのスーツで行く訳にもいかんだろう? 面接は第一印象が重要だからな」

「……」


 中を確認すると、中には十万円入っていた。またボロボロ泣き出す望月。


「何から何まで、本当にすみません……」

「頑張れよ。俺と違ってまだ若いんだ。いくらでもやり直せるさ」


 最後まで望月を優しく励ましてその場を離れる憲児。自分でも甘いとは分かっていたが、最近異世界に行って色々な人に会って、人として、いや、おでん屋として人情深くなったのかも知れない。その事を神様に感謝しつつ、夜道をオープンカーで颯爽と走り抜ける憲児だった。

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