第3話 合法的な変人

 依頼当日。

 街の門で待機していると、ほどなくして一台の馬車が現れた。

 中から出てきた整った身なりの男が、こちらの姿を認めると「おや」と呟きを漏らす。


「これはガラクさん。お早いことで」

「生憎、他に用事も無いからな」

「なるほど。お変わりなさそうで何より」


 頷きながら、格好には似つかわしくない胡散臭い笑顔を浮かべている。


 数年前。森で拾われた俺の戸籍処理を行った役人がいた。

 名前をハダルという。目の前にいる男の名でもある。

 その男は役人のくせして、「ルールの穴を見つけては、それを突いて悦に浸る」という、中々レベルの高い趣味を持つ変人だった。

 本人曰く、制度の脆弱性に直接触れたくて役人になったのだという。筋金入りだ。


 しかし、その嗜好はともかく、知見は確かだ。

 俺の身の上を聞いて十日ほど経ったある日。ふらりとやって来て、身に覚えのない身分証を手渡してきた時は、記憶が無いなりに「流石におかしいだろう」とぼんやり悟った。

 「いやぁ、おかげさまでいい経験ができました」という謎の感謝と、妙にスッキリした表情はいまだに忘れがたい。

 その印象が強すぎて、頭の中では「恩人」よりも「敵に回したくない奴」という分類で記憶されている。

 

 そんなことを思い出していると、ハダルはそのまま出立の準備を始めた。


「では、さっそく出発しましょうか」

「護衛は俺だけか?」

「ええ。部下が帯同しますが、戦闘要員は貴方だけです」


 御者台の少年がぺこりと小さく頭を下げる。隣にいる男と並べると、素直そうな人相がやたらと際立って見えた。


「我々の財布もカツカツでしてね。貴方が引き受けてくれたのなら、他の護衛を雇う予算が浮きます。それに───」


 ハダルは御者台に合図を送ると、意味深な視線を向けてきた。


「貴方の現状については、他人の目は少ない方が良いでしょう?どうぞ。道すがら、中で話しましょうか」


 相変わらず察しのいい男だ。

 俺は小さく息を吐いて、馬車に乗り込んだ。


  ◇


「『前例が無い』というのが、いかにも厄介ですな」


 のんびりと道をゆく馬車の車内。 

 言葉とは裏腹に、楽しげな表情でハダルが語る。


「そもそも───例えば今回の立入禁止のように、我々役人に『言うことを聞かせる』力があるのはなぜか、お分かりですか?」

「そうした権力があるからだろう」

「では、なぜそうした権力があると?」

「それは……」


 ハダルが問うているのは、権力の源泉がどこにあるのか、という話だった。

 この話が俺の状況とどう結びつくのか見当がつかないが、とりあえず黙って続きを聞く。


「私が思うに、突き詰めればそれは『根拠があるから』です」

「根拠?」

「ええ。拠り所は神だろうと、尊き血だろうと構いませんが、単純化すればそういうことでしょう」


 ずいぶん乱暴な言い草だが、主旨は分からなくもない。

 どんな理由付けだろうと、個人の意思や疑問を封殺できるなら、建前としては機能する。


「そして、役人にとっての根拠となるのが『前例』です。おまけに、手っ取り早くそれに倣うだけで大抵のことは済み、思考停止できる。誰も責任を取らなくていい。最高ですね」

「役人にあるまじき台詞だな」

「事実ですから」


 何でもないことのようにさらりと言ったが、批判とも受け取られかねない言葉だ。

 思わず彼の部下に視線を向ける。少年は上司の発言を気にした風もなく馬を進ませていた。


「そんなわけで、役人というのは前例がない事態を極端に嫌います。理由は二つ」


 話からすると、一つは判断の根拠が無くなるからだろう。


「その通り。我々の正当性を示すものがなくなるので、そもそも判断を下せない」


 相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら、ハダルは指を一つ立てた。

 そして、二本目を立てながら説明を続ける。


「もう一つは、今回の判断が今後の『前例』になってしまうことです」

「誤った判断が力を持ってしまうかもしれない、と?」

「正誤も大事ですが、恣意性を排除しきれない判断がまかり通ってしまうと、その積み重ねで我々への信頼が失われかねません。良識ある役人なら何よりも避けたいことだ」


 そんなこと考えているのは制度フェチのお前くらいじゃないか、とも思ったが、他の役人がどんなものなのかよく知らないので、口に出すのは憚られた。

 本当にハダルのような奴が集結している組織だとしたら、嫌すぎる。


「貴方の存在に気付いた人は頭を抱えたでしょうね。『優秀な戦力』でありながら、同時に『常習的な違反者』でもある。どちらのルールに則ればよいかわからない……私も話を聞いたときは思わず興奮してしまいました」

「お前の性癖は今どうでも良いんだが……」


 急に鼻息を荒くさせたハダルに眉をひそめる。こんな上司を見ても、少年は変わらず自然体だった。もしかすると大物なのかもしれない。


「おっと、失敬……とにかく、今頃は胃に穴を空けながら過去の判例をひっくり返していることでしょう。どれだけ時間をかけてでも、誰からも文句が出ない『完璧な判断』を下すために」

「立入禁止の指示がその『判断』じゃないのか?」

「あれはいうなれば『先延ばし』です。適切な判断を出すまでの応急措置ですね」

「なら、最終的に撤回される可能性もあるのか」

「十分に。ですが、こうなってしまった役所は普段に輪をかけて鈍重ですからね。結論が出るまで、季節が一つか二つ巡るくらいの覚悟は必要かと」


 舌打ちしそうになるのを堪える。

 セリンが半年、或いは一年と言っていたのはそういうことか。


「俺はどうすればいい」

「そうですねぇ……」


 ハダルは顎に手をやると、しばらく考え込む。

 正攻法では時間がかかると理解したが、この男なら抜け道を知っていてもおかしくはない。


「今回の措置はあくまで『銀級冒険者』としてのガラクさんに対するもの。貴方の目的に沿うならば、まずは冒険者以外の立場で森に入る方法を考えるのが現実的でしょうか」

「冒険者以外?」

「ええ。例えば、今から行くアカデミーで『霧幻樹海むげんじゅかい』の調査をしている魔術師の助手になる、とか。ギルドを通さずに森を出入りできる人物について行ければ、口出しはできないでしょう」


 なるほど。それが現実的かはともかく、言わんとする方向性は理解した。


「あるいは、騎士団などに志願して調査隊を組む、とかですかね」

「どっちにしろ迂遠だな」


 仮にそれらの方法で首尾よく森を出入りできたとして、今の範囲と同程度まで探索できるようになるのは、何年かかることか。

 あまり気乗りしない作戦だ。


「実力を活かして、他の場所で大きな功を立てて特赦を狙う、というのも手ではあります。……まぁ、狙ってどうこうできるものではないですし、本当に特赦が下される場合は、実力を買われて気軽に森に戻れる立場じゃなくなっていると思いますが」

「本末転倒だろう、それは」

「ですよねぇ」


 その後も、ああでもない、こうでもない、と二人で抜け道を模索する。

 冒険者復帰までの道のりに比べて、アカデミーまでの行程は何の問題もなく、順調に進んでいった。

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