魔力が減衰する森に、魔力が暴走する落ちこぼれ魔術師を連れて行ってみた

@snps

第1話 その冒険者、出禁につき

 ギルドのカウンターに、ドサリと巨大な「何か」の首が置かれた。

 周囲の冒険者がどよめき、受付嬢が悲鳴を上げ、職員が頭を抱える。

 俺はいつものように報告を済ませ───ようとして、カウンターから奥の部屋に連行された。


  ◇


「単刀直入に申し上げると、現刻をもってガラクさんの『霧幻樹海むげんじゅかい』への立入りは無期限で禁止です」


 ギルドの個室を冒険者が使うことは少ない。

 冒険者同士の話は酒場で事足りるし、ギルドが相手なら基本は窓口でやりとりが完結する。

 なので、ここが使われるのはもっぱらクラン同士やギルド外の組織など法人間での会話か、大っぴらに明かせないことを話す時くらいだ。

 今回は後者にあたる。

 規定の探索範囲を違反し、ペナルティが課せられるのを待っているところだった。


「……無期限だと?」

「はい。今のところ、いつまでかは未定です」


 聞き間違いかと思わず尋ね返すと、対面に座るギルド職員のセリンは、乏しい記憶の中でもトップクラスの困り顔を見せた。

 ───森で見つかってすぐ、俺の記憶が無いのを聞いた時と同じような表情だな。


「体感だと、今回の場合はせいぜい十日程度だと思うんだが」

「うーん……合ってるんですけど、まずギルドとしては、そんな感覚が染み付くほど謹慎処分を受けないでもらえると嬉しいというか……」


 ますます眉尻を下げながら、セリンは机の上に二枚の書類を並べる。

 一枚には『銀級冒険者昇格名簿』、もう一枚には『ギルド規約違反者リスト』とある。

 その両方に俺の名前が載っていた。赤丸で強調された"違反回数"の数字は、見たところリストに記載されたどの数字よりも大きい。


「ガラクさんの実力はギルドも認めるところです。銀級への昇格の早さが実証していますし、強さだけで言えば、すでに金級以上に比肩するんじゃないか、とも」


 銀級への昇格を告げられたのは、たしか前々回の違反で連れ戻された時だ。

 冒険者を始めてから数年でここまで来るのは随分早い、と、その際言われた気がする。しかし、自分としては「もう何年も経ってしまった」という感覚の方が強い。

 一刻も早く、記憶を取り戻さないといけない。そんな考えに突き動かされるばかりだった。


「ですが、今回はギルドの一存ではどうにもならないことでして……」


 彼女のトーンが下がる。ただの説教ではない響きが含まれていた。


「銀級以上の冒険者が、国に登録されるのはご存じですね?」

「有事の戦力として把握しておく、という名目だったな」

「はい。今回の昇格でガラクさんもめでたく登録されたわけですが、そしたら国の監査局から問い合わせが来たんです」

「問い合わせ?」

「『なぜこれほど常習的な違反者が銀級になったのか』って。ガラクさんは重大な違反や疑惑はありませんが、純粋に探索違反の回数が凄いことになってますから……」


 非常に心当たりのある話を聞かされて、無言で目を逸らすしかなかった。

 うまく機能しない道具に文句をつけていたら、自分の使い方が間違っていたと分かった時のような居たたまれなさ。


「……それが原因で?」

「はい。おそらく、両方の名簿に名前が載って、初めて気付いたみたいですね。そもそも今のシステムでは、貴方みたいな方を基本的に想定していないので……」


 冒険者の違反は、おおむね「他者を害するかどうか」で軽微な違反と重大違反に分けられる。

 他の冒険者や住民を脅かす重大違反ともなれば、資格抹消や奴隷落ちなど、非常に重い罰則が待ち受ける。

 軽微な違反の場合は、謹慎処分や依頼の受注制限といった罰則が中心だ。

 といっても、冒険者の多くは日銭を稼いで生活を凌いでいるようなもの。数日の謹慎でも馬鹿にならず、好き好んで違反を犯すような輩はいない。


 それに、探索範囲は冒険者の損耗率をもとに定められているが、その線引きにおいて安全マージンは度外視されている。

 「悪いことは言わないから、ここから先はやめておけ」というスタンスで設定されたものだ。

 話を聞く限り、そんな危険地帯をわざわざペナルティを負ってまで探索するような奴が存在する───しかも、長期間生き残る───ケースなぞ、国は考慮していないらしかった。


「昇格判定は原則、貢献点をもとに行われます。罰則歴は貢献点の減算という形で処理されるので、基本的にはルールを破り続けると昇格が遠のくように設計されているんですが」

「俺の場合、違反頻度よりも貢献点の積みあがるペースの方が早かったわけか」

「そうなります。おかげで最初はギルドの管理体制や不正関与まで疑われちゃって……。ガラクさんが森に籠っていた間の話ですが、一時期上は蜂の巣をつついたような騒ぎでした」

「……世話をかけたようだな」


 遠い目で語るセリンに、気まずい思いで礼を述べた。問題が俺個人に留まらず、ギルド全体、ひいてはセリンたちの立場にも波及していたと聞けば、さすがに罪悪感が募る。

 違反が見つかっては謹慎し、謹慎が明けてはまた見つかるまで探索する、というルーティーンを繰り返しているが、それもあくまで自分なりの合理性があってのこと。

 積極的に迷惑をかけたいわけではないし、どれだけ探索範囲を超過しても毎回軽微な罰則で済ませてくれているギルドには、なんだかんだで便宜を図ってくれているとも感じていた。


「そういうわけで、事情が片付くまで、ギルドとしても森へ入れるわけにはいかないんです」

「だいたいの状況はわかった。それで、いつ解除される?」

「えーっと、その……落ち着いて聞いてくださいね」

「なんだ」

「監査が終わるまでとなると、早くて半年か……長ければ年単位もありえる、かと……」

「なんだと」


 セリンが言いにくそうに告げた期間に絶句する。

 前言撤回。ひと月程度なら大人しく従おうと思っていたが、到底受け入れられない期間だ。


(こんな形で足止めを食うわけにはいかないんだがな……)


 せっかちな脳内で、早くも「無視して森に入る」と「冒険者を辞めて森に入る」のどちらが大事にならずに済むか、という議論が始まる。


「あの、ガラクさん? もちろん、ガラクさんが記憶の手がかりにかける思いは、私たちも理解しているつもりです」


 こちらの無言から何かを察したのか、セリンは慌ててつけ足した。


「今回だって、遭難しかけたパーティーをわざわざ連れ戻してくれましたし……貴方が、自分の都合を何よりも優先するような人でないことも知っています。ただ……」


 言葉尻がすぼまりながらも言い募る彼女の様子を見て、カッとしていた頭が少し冷静になった。


(ここで感情を爆発させても、ただの八つ当たりか)


 益体もない発想を、頭を振って追い出す。

 さっきも言ったが、彼女をはじめ、ギルドに対して別に僻意はない。ルールの存在は個人的に煩わしいが、その必要性も、自分が特殊なだけということも分かっているつもりだ。

 納得はしていないが、自暴自棄になるのは短絡的すぎる。


「───話は理解した。とりあえず、今日のところは引き下がろう」


 こうして俺は、記憶喪失の森の冒険者から、記憶喪失の住所不定無職になった。

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