第26話「ギルマス権限」


 普段の昼食はリストランテ・バッセンで済ませるエルです。スリムな割りに意外と健啖家なエルですが、ここカフェ・ベンチューラでは何を召し上がるのでしょう。


「バッセンに比べると……お高いんですね」

「ここは僕が持ちますから気にせず頼んで下さい。もう好きなものを好きなだけ」


 無趣味なロジンはお金を使う用事がそれほどない様ですし、ハンター時代の蓄えも結構あります。

 だからドカーンと頼んじゃって良いんですよエル。


「そうですか? でしたらこのクラブハウスサンドを…………二つ」


 ここのランチはバッセンに較べれば軽食みたいなものが主ですものね。あちらで毎日食べるんですから一つじゃ足りないのもしょうがありませんよ。

 それにいっぱい食べる女の子って素敵です。


「じゃ僕も同じのを……二つ」


 割りと少食なロジンですが、この流れで一つとは頼めなかった様ですね。そんな所で無理する必要ないとは思うんですよ、私は。


 加えてそれぞれホットコーヒーも注文しました。


「でもエルさんも楽しみにしていただいてた様で嬉しいです」

「それはもちろんです。の最初のお打ち合わせですから」


 ……………………え?


「……え。副ギルマスとしての……ですか?」

「ええ。……って、もしかして違いましたか?」


 鈍いだろうとは思っていましたが、まさかそう思っていたとは。

 あの浮ついてたのは、副ギルマスとしての打ち合わせに対してのモノだったと……?

 服がまだ決まらないと、真っ赤な顔で言っていたのは……?


「いえ、その、もちろんそうです。僕もそのつもりでした……」


 ロジンのあほぅ! 建物の私でも分かりますよ!

 そこは『いえ違うんです。男が好きな女性をランチに誘った、そういうつもりなんです』くらい言うのが正解でしょうに!

 そんなでは訛りキャラにまで進化したダグアが浮かばれませんよ!


「では、その、お母様のダンジョン後遺症についてですが……」


 日和ひよったロジンのあほぅはそのまま話を進めようとしますが、それをさらにエルが一旦遮ります。


「その件は私事です。まずはギルドのお話しからすべきではありませんか?」


 エルはブレません。ロジンとは大違いですね。

 このままではエルのペース。ロジン、なんとか立て直しなさいな。


 どうやらロジンもこのままではマズいと考えた様ですね。裏技を使う様です。

 さりげなく瓶底を外して胸のポッケに仕舞い、両肘をテーブルについて手を組んで、そこに顎を乗せて言ったんです。


「ギルマス権限を行使します。このランチにおいて、仕事の話は禁止します!」

「副ギルマス権限で拒否いたします!」


 エル強い。間髪入れずに言ってのけました。

 いやでもほんの一瞬だけでしたが、それでもロジンの素顔をまともに浴びたエルもポーっと見惚れたんですよ。本当に一瞬。


 『オマエがやれば並の女ならこれで大抵どんな無理難題も押し通せる』


 ギルド開設時に実姉レイ・ガースから薫陶を受けたロジンの裏技が効かないなんて……



「冗談です」



 ずこーっ、とエルのその言葉に崩れ落ちたロジンに笑ってしまいます。笑いますよそんなの。


「ということは、最初のお打ち合わせは親睦会ということですね?」

「そ! そういうことです! まずはお互いの事など知った方が良いと思うんです!」


 なんだか結局エルのペースな気もしますが、ロジンも頑張った方でしょう。結果オーライ、良しとしときましょうか。


「ではどうしましょう。お仕事のお話を抜きとなると、わたくしの事で特にお伝えする事などない様に思いますが……」


 改めて瓶底丸メガネを掛け直したロジンがそれに返します。


「それなんですが、やはりお母様のダンジョン後遺症の件を聞かせていただきたいんです」


 そうですね、他人事じゃない気がしますものね。

 色んな意味で。


「も、もももちろん! エルさんの事もとっても教えていただきたいんですが!」


 こてん、のエル。「はぅ」のロジン。

 ロジンが言外に込めた思いにあまりピンと来てませんねコレは。

 どうでも良いんですけど、ザマスと瓶底がテーブル挟んで『こてん、はぅ』してるの絵面的になかなか面白いです。


「でしたら……はい。母の後遺症について、相談に乗ってくださいませ」



 ──以前にバッセンでルイにもした内容を、さらに詳しくしたものでした。

 王都ケバストツ出身の母イント・ボガードは、ここボルオエスベにやって来てになったんだとか。


 ルイにした話では、両親共にハンターだったと言っていましたが、ちょっと変わったお母様だった様です。

 ギルドの休みを極力連休になる様にシフトを入れて、捻出した連休にダンジョンに潜るという特殊なギルド嬢だったと。


 こんなとこに居ましたね、ダンジョンに潜った経験のあるギルド嬢。ゲトゥに今度教えてあげたいですね。


 そしてここより東の街カサから流れてきたエルの父親に出会う。二人はパーティを組んでここボルオエスベのダンジョンにアタックを掛けたそうです──


「父はカサでハンターを一度は引退したんですが、母とダンジョンに潜るためにカムバックしたそうなんです」


 クラブハウスサンドとコーヒーがサーブされてきました。

 一度話を中断し、それぞれ手を合わせて「いただきます」です。

 ロジンと同じ様に朝勤のエルも朝食を七時には済ませているでしょう。お腹空きますよね、もう十五時前ですもの。


 それぞれクラブハウスサンドをひと皿平らげて、エルが続きを話し始めました。

 これロジン。お腹いっぱいな顔はいけませんよ。


「何度かアタックを繰り返したのち、パーティを組むだけでなくお付き合いも始め、勢いよく結婚もしたそうなんですが──」


 ここからですね。

 順風満帆な二人になにがあったのか。


「二人の最深記録となるで特殊な罠に掛かったらしいんです」


 ──え?


「──え? いま、何層と仰いました?」

「十二層、ですが」


 この十年の最深記録はここにいるロジンと実姉レイが打ち立てたもの。

 ですがそれ、十層なんですが……


 ロジン、相談相手になれるでしょうか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る