最底辺の奴隷は死に戻りダンジョンで成り上がる

つくしー

第1話 僕にとってはいつも通り


 ゴブリンの「ギャッ」という汚い断末魔が迷宮に響いた。


 薄汚い緑色をした彼は派手に血を噴出させてから地面に沈む。頭を切られ剣先が脳にまで届いたのが見えた。即死だろう。


 ゴブリンを殺した僕の奴隷仲間にして幼馴染——『ウォーリア』のレア。彼女は返り血で汚れた顔を気にもせずに僕を見ると、顎でクイッと指示をした。


「すごい、すごいよレア! このゴブリンはね、普通の奴らと違って一段階強い角付きゴブリンなんだよ、それを一撃で倒しちゃうなんてホントにすごい、やっぱり僕らの、」

「漁れって意味だよ褒めろじゃねーよ! オレがお前にベタ褒め催促したみたいでなんか恥ずかしくなるだろーがっ!」

「違うの?」

「ちげーよお前ホント空気読めよここダンジョンだぞ!? 頼むからオレに大声出させないでくれよ、モンスター寄ってきちまうだろ!」


 レアは恥ずかしがり屋だなー、ホントはちょっと嬉しいの、顔の動きで丸わかりなのに。


 『レンジャー』のログが苦笑しながら警戒する横で、僕は角ゴブリンの死体を漁る。といっても裸一貫の彼に漁るような所は殆ど無く、少しはコレクターに売れるというその尖った耳を削ぎ落とした。


 奴隷仲間である僕たち三人は、ダンジョン奴隷の義務として『ゴブリン迷宮』に潜っている——。

 

 ……『ウォーリア』のレアは前衛。『レンジャー』のログは索敵と後方支援。そして『無職』の僕は死体漁りと荷物持ち。


 うん、めちゃくちゃバランスの取れた三人パーティーだ。僕がすごい足手まといな気がするけどその分頑張ればいいよね!


 というわけで早速と、僕は彼の腰布に手を突っ込んだ。ゴブリンは腰布にアイテム類を隠し持つ習性がある。そんなのは皆知ってることなのに意外と漁らない人の方が多い。なんでだろう。


 今回のゴブリンは僕の基準で外れゴブリンに該当し、ちょっと中がぬちょっとしてた。たまにいる個体だからと気にせず手探りを続けていると、指先にコツンとした固い何かが当たる。


 お? とその何かを引き抜くと——それは赤い瓶だった。


「お、おい、それポーションだろ! それもローポーションだ!」

「パン何個分?」

「お前そればっかな! 喜べ、固いパンなら追加で二カ月、柔らかいパンでも一週間は食える価値がある! それもオレ達三人分だ!」

「へー、ならこれはレアに預けておくよ。大事なものは一番強い人が持ってないと。でしょ?」

「……いや、いい。ぬちょってるし」


 飛び跳ねんばかりに喜んでいたレアが一瞬で冷静になった。

 彼女はコホンと気を取り直すように咳払いをする。


「よし、出口——ポータル探すぞ」

「もう? まだ角ゴブリン一匹しか倒してないよ。財宝どころか売れそうなガラクタだって集めてないし」

「いいんだよ、オレ達奴隷は一日一回のダンジョンアタックさえこなせばそれでいいんだ。それよりそいつを失う方がまずい。一攫千金より目先の利益だ。さっさとずらかるぞ」


 そう言って、彼女は「おい!」とログに指示をする。


「索敵だ。《耳鳴り》のスキルで周囲を警戒しろ、進むぞ」

「う、うっす!」


 いつもは気さくなログも、ポーションという高価なアイテムのせいか少し緊張していた。それでも自分の役割を果たそうと『レンジャー』固有の《耳鳴り》——周囲の音を敏感に察知できる聴覚強化のスキルを使おうとして——固まった。


 ……彼の頭からは、矢が飛び出していた。


「——ログ!?」


 レアの驚愕の声と同時に、三つの足音が聞こえてくる。

 彼らは物陰から僕らの前に現れると、「ひひ」と下卑た声を上げて僕の手にあるポーションを見た。三人共に大人。その内の一人は、片手にハンドクロスボウを持っている。


 ——探索者狩り。


 同じダンジョンに潜った別の探索者を殺しアイテムを奪う——通称リーパー行為。それに僕らは運悪く遭遇したと、一瞬でわかった。


「ひひ、馬鹿話してると思ったらポーションだってよ、マジじゃねーかおい。大人しくそいつをこっちに渡しな」

「あ、そっか、声が聞こえてたのね。運じゃなかったよ」

「言ってる場合か!?」


 レアが叫びながら大人三人に斬りかかる。その内の一人と剣を切り結ぶと、決死の表情で僕に叫んだ。


「——いけ! アイテムはお前が持ってんだ、何としても生き延びろ!」

「わかったごめん!」

「少しは躊躇え!」


 後ろにダッシュ。迷路みたいな道をくねくね通ると、次第に後ろからの剣戟音が聞こえなくなってきた。断末魔の声はない。


 ……ごめん、ごめんねレア。絶対このポーションだけは持って帰るから! でも大声上げたレアも悪いと思うよ。


 ダンジョン——ゴブリン迷宮第一層。物心付いた時には潜り続けてきた僕の庭。

 知っている道。見たことのある岩。何度も隠れたあの茂み。そんな場所でたった一つのパーティーを煙に巻くなど僕には容易かった。

 後はゴブリン達に見つからないよう出口用のポータルを探すだけ。


 それなのに——僕は足を止めた。


 見たこともないくらい綺麗な人が、他の探索者に襲われていたから。



「——くらえ不意打ち金的キックゥ!」

「ぐぶぎゅぇぇええええええ!?」



 綺麗な女の人にのしかかり剣を振り下ろそうとした男——そいつに背後から全力の金的を喰らわせると、奇声を発して泡を吹いて倒れた。


 ……うん、ジョブが無い僕でも金的であれば倒せるね。


「——な、なんだテメェ!」

「ぶっ殺されてぇのかクソガキがァ!」


 残りの二人——ローグとファイターが目を血走らせて短剣、そして長剣を持って僕に斬りかかってくる。僕はそれに対して受ける技も反撃の術も持っていない。


 だから——ひたすら避ける。


 ファイターの袈裟斬りは斜め前にしゃがみ、ローグの連続突きはバックステップ、ちょっと工夫してフェイントを混ぜた前蹴りは横向きに。全て見えて・・・・・いる。


「あ、貴方、その動き……」

「あ、今の内に体勢整えてね、僕逃げるから」

「——はぁ!?」


 宣言したのも束の間、僕は彼らの懐に入り込み——足払い。

 彼らが運良く同時に足を前に出す、その好機を利用して、僕は彼らをこけさせる事に成功した。


「じゃあね綺麗なお姉さん! 頑張って!」

「ちょ、ちょっと貴方!」


 追いすがる声と怒声。それらを一切合切無視をして、僕はまたダンジョンを駆けた。出口を目指して。


「ふふん、良いことするって気分が良い」


 今日の固いパンはいつもより美味しく食べられそうだ。いつも美味しいけど。

 しかも無事に逃げ切れそうだ。そろそろ出口の一つや二つが見えてもいい頃合いになっている。優先的にポータルが湧きでそうな所を目指せばすぐだ。後はゴブリンにだけ気を付けていればいい。

 そうすれば、この手のポーションは僕のものに……どっちにしようかな。


「決めた! 一週間柔らかいパンにしよ、————」


 穴に落ちた。


 穴の先は串刺し剣山。僕は当然のように即死した。



 ————————

 ————


 

 黄泉返りの広間。


 そこで、僕は全裸で目が覚めた。


 起きた先には貫頭衣を着たレアと、同じく全裸のログがいる。

 僕は僕をブスッとした顔で見てくるレアに、起き抜け一番にこう言った。


「ごめん、死んじゃった!」


 彼女は体全体を震わせると、広間に響くほどの大声で——


「——結局今日も稼ぎゼロかよぉおおお!!」


 

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