生意気で可愛い日焼けボーイッシュな後輩が、家に帰ると健気でいじらしい義妹になるんだが
ゆめいげつ
第1話 「せんぱい、一緒に帰りましょう!」
俺、
「せんぱ~い! 今日も一緒に帰りましょうよ~!!」
夕焼けでオレンジ色に染まる校庭に、明るく元気な声が響き渡った。
その声の主は更衣室がある部室棟から右手をブンブンと振りながらこちらに駆け寄ってくる。
膝上十数センチの短さな夏仕様のチェックスカートが揺れに揺れていた。
そこから伸びる綺麗に日焼けした長い脚が地面を踏みしめていく綺麗なフォームは、誰でも見惚れてしまうだろう。
「せんぱ~い! せんぱいせんぱいせんぱいせんぱ~い! 鷹臣せんぱ~い!」
「部活終わりなのに元気だなお前」
「何言ってるんスか~! 下校は別腹じゃないっスか~!」
「……お前の感性はよく分からんな、
「えへへっス~!」
見惚れてはいたが褒めてはいない。
後輩の女子、
いつも明るくて裏表のない性格な彼女は男女問わず距離感がとても近く、ミディアムショートでボーイッシュな髪型も相まってか、とても人気がある一年だ。
「そんな事言っちゃって~! 可愛い可愛い後輩と一緒に帰る権利しかあげられないっスよ~?」
「腕を組むな腕を、暑苦しい」
「せんぱい……私の胸、ドキドキしてるっスよ……?」
「……全速力で走ってきたからだろ」
「たはーッ! だいせいか~い!」
そして、俺に対する距離感は、近いとかいうレベルじゃなかった。
発育の良い大きな胸を気にする素振りなど一切なく、まるで押し当てるように俺の腕を抱いてくる。そのせいで俺の全神経は抱かれた腕に集中していく。
柔らかい、なんてものじゃない。
今まで長距離走後に受けたどんなストレッチやマッサージよりも心地が良く、俺の心を揺さぶりに揺さぶっていく。
しかし本人はただからかっているだけで、大口を開けては本当に色気なく朗らかに笑っていた。
……それがまた、俺の胸をドキドキさせる。
「小夏ちゃんは部活でヘトヘトなんでぇ……頼りになるせんぱいにエスコートしてほしいっスよぉ……チラッ、チラッ?」
わざわざ擬音まで言ってチラチラ見てきた。
そのわざとらしさにドキドキが消えていき、後に残るのは歩きにくさだった。
「……校門から出たらちゃんと前見て歩けよな」
「りょーかいっス~!」
「はぁ……」
楽々浦はウキウキ顔で俺の腕を抱いて歩く。
それにしても、見れば見る程に可愛い顔つきをしていた。
子供っぽさ全開な笑顔はあどけなさが残り、その性格も相まってか見事にマッチしている。クリっとした大きな目と笑う時に大きく開く口はとても豪快で、ニヤケ顔なんて男友達とつるんでいるような錯覚さえ起きてしまう程だ。
そんな距離感の近すぎる彼女の事が、俺は好きだった。
「あれ? どうしたんスか、せんぱい?」
「……今晩の献立を考えてた」
「今日は頑張ったんでカレーが良いっス~!」
こんな事を可愛い後輩にされて、好きにならない男はいないだろう。
決定的な理由は他にあるとしても、思春期真っ盛りな男子高校生が、自分を見たら笑顔で駆け寄ってきて平気で腕を組んでからかってくるんだぞ好きになるだろうが。
「……カレーか。カレーなら、スーパーに寄らなくても大丈夫だな」
だって、俺がそうだから。
後輩にしては少し、いやかなり生意気な所があるが、そこがまた可愛いんだ。
その幸せを噛みしめながら俺は彼女と腕を組んで帰路につく。
校門を出て駅へ向かう大通りとは正反対に進む小路は少し不便だが、他の部活帰りの生徒がいないという絶対的な利点があった。
大好きな後輩と、二人きりになれる時間が一秒でも増えるのだから当然だろう。
「甘口じゃなきゃ駄目っスよ~?」
「はいはい」
だけど、この幸せは長続きしない。
一緒に帰っているんだから、家に着けば別れるのも当然の事なのだ。
「じゃあ、お先にっス!」
「……おう。お疲れ」
「お疲れ様っス~!」
とある二階建ての一軒家の前で立ち止まる。
表札には『楽々浦』と書かれていて、ここが彼女の家だという事は一目瞭然だった。
楽々浦は校庭で見せた時と同じ笑顔で俺に手を振りながら、元気に玄関を開けて家の中に入っていく
「…………」
それが俺と、楽々浦小夏の日常だった。
学校ではこれでもかという頻度で絡まれて、距離感が近すぎるなんてもんじゃないぐらいにくっついてくる。
一緒にいてとても楽しい、先輩と後輩の関係。
恋人ではないけれど、そんな後輩と過ごす時間が俺はたまらなく好きだった。
「……ただいま」
そしてその時間はすぐに終わりを告げる。
俺は楽々浦と書かれた表札をくぐり、鍵があきっぱなしな玄関を開けば――。
「あ、お、お義兄ちゃん……。お、おかえりなさい……!」
――可愛い可愛い義妹が、俺に微笑む時間が始まるのだから。
生意気で可愛くて距離感が近すぎる日焼けボーイッシュな後輩は。
家に帰ると途端にしおらしく、健気で大人しい義妹になるのだった。
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