第4話 バディとの出会いー1


「お疲れ、怜」

「ヤマモトも。俺が配信切ってから結構やってたんじゃない?」

「まぁな、ってか怜は配信三十分もしてないんじゃないか?」

「お前と違って俺はそんな体力無いんだよ」


 配信後の帰り道。

 夕日が紅に染まる。

 何事もなかった一日を祝福してくれているようだ。

 

 朝方には撮影をして午後は配信――珍しくオーバーワークだ。

 

 何より生配信は動画と違ってメンタルに来る。

 暴言を受けながら行う配信を続けたいなんて思うライバーはきっといないはずだ。

 

「金貯めてとっととこんな職業やめてやんよ」


 心からの本音をぼやくと、隣を歩いていた春咲が顔を覗き込んでくる。


 少しぎょっとしたが、「なんだよ」と聞くと、

「怜~、大丈夫? 今日はいつになく荒れてるけど」

 と、心配してくれていたらしい。

 

「いや、大丈夫。……大丈夫だと思いたい」

「重症ですねぇ、こりゃ」


 目の前に立って、後ろ向きで歩く春咲と目が合う。

 ドキッとして目を逸らすが、その仕草が余計に不安にさせたらしい。

 山本はというと、興味なさげに自分の名前でエゴサーチをかけていた。

 

「ライバー業も水商売だからねー、ここいらで疲れたからちょっと休憩っていうのができないのがしんどいよねぇー……」

「春咲は最近どうなの?」

「ん? わたし? どうって、どっち?」


 春咲京都はヤマモトTVの『専属カメラマン&編集バディ』兼『ライバー』だ。

 専門学校時代はカメラマン専攻の学科に居たが、途中からライバーに転身して掛け持ち状態の今に至る、という感じだ。

 『Vlog』――ビデオブログ、という日常を収めた日記のようなものを投稿している。

 チャンネル登録者数は五万人、ヤマモトTV程ではないがそこそこの人気を博している。

 

「カメラマンとしてはそこそこ? ちゃんと収益上げられてるしね~。ライバーのほうはまぁ……ぼちぼちよ」

「ぼちぼち」

「ライバー一本で暮らしてけるくらい?」


 ピンと立てた人差し指を顎に付けて、春咲は少しとぼけた仕草を見せる。

 隣を歩いていた山本がスクロールの指を止めて、春咲に泣きついた。

 

「カメラマン辞めないでくれよぉぉ……」

「ああもう、近づくな! 鬱陶しいし暑苦しい! 別に辞めるなんて一言も言ってないじゃん!」


「山本も春咲も、学校時代からマジで変わらないよな……」

「それを言うなら怜もでしょ。っていうか、別にわたしだって毎日山本の撮影ある訳じゃないし、暇な時は駆り出してもいいんだからね? その代わりコレは弾んでもらうけど☆」


 指でお金のマークを作る春咲。

 しっしっと払いのけた。

 

「けち~。山本はこんなに払ってくれてるのに~」

「元とはいえ同級生にたかられてると思うと、なんか心がざわざわするな」


 山本の感想に若干のアブノーマル性癖を見出しつつ、怜は「雇用主だろ」としっかり突っ込みを決める。

 

「俺は……変わったよ」


 空気を壊したかったわけじゃない。

 ただ自分を少しだけ客観的に見てそう思っただけだ。

 ただ、二人のなんとも言えない表情を見て怜は後悔した。

 

 少しして、山本が頷く。

 

「まぁ……そうかもな」

「俺、もうちょっとこの辺見てから帰るわ、じゃ!」


 居た堪れなくなって、怜は無理やり会話を打ち切って二人の前から逃げる。

 

 何やってるんだろう、自分。

 怜は二人と違えた道を歩きながら、少し遠回りをして事務所に戻ることにした。

 





 三千都市シェルターの外は暗い。

 かつて存在した変電設備は壊され、道路沿いにある電灯はもう点ることはない。

 代わりと言っては何だが、星が綺麗だ。

 星明りは闇夜を照らすことはないが、心を透くことはできる。

 

 夜の十時、この時間は、ライバーにとってゴールデンタイムだ。

 

 一般人は家で暇な時間を持て余し視聴者数が増え、キョウイは夜になると活性化する。

 つまり、ライバーが注目を集めるためには絶好の時間。

 シェルター外の町の近くで、今日も配信が行われているようだった。

 

 演者ライバーをカメラに映すためには大量の照明を焚かなければいけない。

 ぽつり、ぽつりと灯の雫が落ちたかのように森が光っている。


 少しだけ標高が高いこの峠からは、どこで配信が行われているかが丸分かりだ。

 森の先には、シェルターの外の町にほのかに明かりが点り、さらに向こう側には巨大なタワーが立ち並ぶ三千都市の中心部が顔を覗かせる。

 

 三千都市の中心は常に眩しい。

 あの明るさがなければもっと夜空が輝くのにと思う反面、あかりがライバー達を無事にシェルター内まで引き戻す宵闇の灯台となっているのは否めない。

 

 怜は暗闇の中を歩く。

 格好はライバースーツのまま、曲がりくねった道を進む。


 ライバーに支給されたアイテムの中には、少し飛び跳ねるだけでおおよそ飛行にも近い跳躍を可能とする靴もある。


 そのため、ライバーはかなりの距離を一瞬で移動することができる。

 怜もここに来る時はそうしていた。


 今日だってそうして帰るつもりだった。


 

 ほんのちょっぴり肌寒い夜の風を浴びながら、怜は一つの集落を横切った。

 かつては街だったこの場所も、鉄道が廃れたと共に凋落の火蓋が落とされたのだろう。

 ぽつりぽつりとほのかな明かりが窓の向こうの薄い布越しに見えるばかりだ。

 

 そして、そんな街中でもキョウイは姿を現す。

 この地に未だに住み続ける人も、団地の上のフロアに密集している。

 それもそのはず、建物の一階の窓ガラスはほぼすべてが割られており、無造作に傷つけられた跡があちらこちらに残されている。

 ヤンキーでもあそこまではしない。

 

「こっちだ、逃げろッ!」


 大きな男の声がする。

 ライバーと思しき集団というのは、焚かれた照明やカメラマンの存在ですぐに分かった。

 チカチカと揺れるライトに映し出されるのは、3体のキョウイ。

 

 あれだけカメラが揺れていたら春咲に怒られるな、とライは身体を震わせる。

 


 キョウイは人混みを嫌う。

 人数が多い方が有利だという原則をしっかり理解している。

 だからこそ、市街地に逃げ込むのは得策だ。

 一般市民がキョウイに出会ってしまったときは、人混みのある方へ逃げることは鉄則とされている。

 

 だが、逃げているのはライバーだった。

 大方、実力に見合わない敵に勝負を挑んで返り討ちに遭ったのだろう。

 この時間、エリア外の都市に人は居ない。

 

 彼らを助ける義理もないと、怜は団地の物陰に潜んで彼らが通り過ぎるのを待つ。

 せめてもの情けとして、緊急要請くらいは呼んでおこうとデバイスを立ち上げたとき。

 

 ふらりと、道の真ん中に少女が現れた。

 

「……こんな時間に?」


 暗がりでよく見えないが、怜と同い年くらいの女の子だ。

 背丈はかなり小さく、百五十センチあるかないか。

 ぼさっとした白髪は長く、少女が着ている白いワンピースのせいでどこまで髪が伸びているのか遠くからだと判別できない。

 

 ただ一つ異常なことがあるとすれば――こんな夜闇蔓延る時間帯に外出しているということだ。

 

 女の子は暢気に鞄を肩に掛けながら歩いている。

 女の子と敗走ライバーはこのまま進み続ければ十字路で合流するだろう。

 事故でも起きるんじゃないかと、固唾を飲んで怜は見守る。

 

 逃げているとはいえ、腐ってもライバー。

 一般人を目の前にして自分たちだけが助かろうとはしないだろう。

 先に十字路に差し掛かった少女が強烈なライトに照らされてライバーの存在に気付く。

 そしてその後ろにいる大きな怪物の存在に気付いて悲鳴を上げた。

 

 その悲鳴に気が付いてライバーは振り返って勝負を挑む――ことはなく。

 

「道を、開けろぉぉっ!」


 目の前を歩いていた少女を押しのけ、全速力フルスピードで逃げていった。

 

「た、たすけっ……!」


 突き飛ばされた少女は、目もくれず走り去っていく男たちに手を伸ばす。

 だが、当然そこに救いはない。

 

 本当は、見ているだけにするつもりだった。

 そもそも、誰かを助けるなんて柄でもない。

 ライバー界のヒール悪役として怜は生きている。

 

 だけど――怜は、ライバーシューズの電源を入れる。

 靴の側溝に一筋の光が奔った。

 

「だれか……だれ……か!」


 上ずった声だった。

 恐怖に包まれて、その小さな声はどこにも届かない。

 ――怜を除いて。

 

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