夜嵐黒人は〝願い〟を渡る

とんこつ毬藻

プロローグ 少女の願いと日常の終わり

Ep00.とある死神のウワサ

「ねぇ、知ってる? この学園に伝わる〝死神〟のウワサ?」

「うん、知ってる知ってる! その死神を〝視たみた〟人は〝向こう側〟にっちゃうって話でしょ?」


 授業の合間の休み時間、他愛のない女子高生の会話。

 それは彼女達が通っている学園に伝わるウワサ。


 夜道を一人で歩いていた時に何かに襲われ、闇に紛れた死神の影を視たという女子のウワサ。

 夜中、悪ふざけで施錠された学園に忍び込み、意識不明となって病院に運ばれた男子のウワサ。

 かつて旧校舎の屋上から飛び降りた生徒が、死に間際に死神と遭遇したというウワサ。


 どれも学園の生徒専用の掲示板で流行っている噂話であり、信憑性も何もない話だ。


 だが、今も昔もこういう閉鎖的空間では学校の七不思議や怪異といった噂話が〝ツキモノ〟であり、暇を持て余す女子高生にとっては、格好の話題となるものである。


「でさ、その死神ってのがさ、イケメンらしいのよ。見た目もあたし達と同じくらいの歳らしいよ?」

「ええ~? それヤバくない? 私もイケメンに会ってみたい」

「でしょ、でしょ! ねぇ、綾芽もそう思うでしょ?」


 窓際の席で頬杖をついたままぼんやり外を眺めていた黒髪の女の子。綾芽あやめと呼ばれた彼女の肩は、突然声を掛けられた事で跳ね、慌てて隣で会話をしていた女子に向き直る。

 

「え? 美空みそらごめん、何?」

「何、聞いてなかったの? 死神よ、死神。イケメンの死神に遭いたいって話」

「イケメン? 死神?」

「うそ、マジ? 知らないの?」

「うん」


 誰もが知ってる話だと信じていたため、ウワサ話をしていた張本人――美空みそらは栗色のポニーテールを揺らしつつ大きく天を仰ぐ。美空は綾芽へ、学園の掲示板で流行っている死神のウワサ話を丁寧に説明する。異国から来たかのような不思議な格好と美しい容姿で女子に迫り、天国へ連れてってくれるんだそう。


「美空、死神は男子も視たんでしょ? 女子だけにしか迫ってないし、死神なら地獄なんじゃ……」

「うんうん、イケメンの男同士も全然あり。ありよりのありよ! きっとさ、顎クイされてさ、二人の距離は近づいて、そのまま気持ちイイ事まで……嗚呼、死神様、イケメン様ぁ~~あたしを向こう側へ連れてって~~」


「お、何、美空。イケメン? 俺のこと?」

「山田、あんたは黙ってろ!」


 イケメンの言葉に反応したのか、美空達のところへクラスメイトの男子が近づいて来たタイミングで学校のチャイムが鳴る。


「おーい、席につけ~~授業始めるぞ~~」


 教室へ入って来た数学教師の呼び掛けと共に、クラスメイトはそれぞれの席につく。

 窓の外はまだ夏を迎える前だと言うのに、太陽が照りつけ、綿菓子のような雲が流れている。心無しか今日は流れる雲の速度が速いようだ。


 正直、死神のウワサなんて彼女にとってどうでもよかった。普段、仮面を被っているだけで、皆悩みを抱えていたりするもの。自分が生きる事に精一杯。日常会話はただただ平穏を保つための手段のひとつでしかない。


 私立白霊学園はくれいがくえん――異国の文化を取り入れつつ自由な風土で国内だけでなく、海外から留学生も受け入れている都内某所にある学園。このあと彼女の運命を変える大きな出来事が起こるなんて、今の彼女はまだ知らない。


 突然前触れもなく天から降り注ぐ驟雨しゅううのように、やがて彼女の日常は終わり告げるのだ――


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