第六話 医療魔術師
フィンは訓練場をあとにし、王都の白亜文化を象徴するもうひとつの建築群──医療魔術師団本館を中心とするセレスタリア群院へと足を運んでいた。
ここでは、希少病や人体の研究、そして日々訪れる患者たちの治療が行われている。
おそらく、この医療魔術師団の存在なくして、エレジア王国が「大陸一の
医療魔術師団が扱うのは、聖魔法と人体学を組み合わせ、治癒力をさらに高めた『医療魔術』という術体系である。
その回復力は、聖魔法の聖地・神聖エルネア帝国のそれには及ばないものの、ほとんど大差ない水準にある。
聖魔法とは、祈りによって奇跡を起こし、神の祝福で傷を癒す魔法である。
祈りの純度が高いほど、神はそれに応じて、より強い祝福をもたらす。
すなわち、多く祈れば祈るほど、治癒力もまた高まるというわけだ。
では、医療魔術師たちも、同じように祈ればよいのではないか?
そう思う者は少なくない。
だが、そこには一つ、大きな問題がある。
それは、エレジア王国には、「宗教」が存在しないという事実だ。
神聖エルネア帝国には、「ルミエル教」と呼ばれる宗教が根付いており、
この信仰こそが、祈りの純度を支えている。
エレジア王国でも祈ること自体は可能だが、信仰という土台を欠いた祈りでは、神の祝福を十分に引き出すことはできない。
だからこそ、エレジアは「祈り」に頼らぬ治癒体系、すなわち『医療魔術』を生み出したのである。
人体の構造と、魔力の流れを徹底して学び、祈りの代わりに魔力と肉体の構造に基づく
それはまさに、
「祈りの純度」という壁に対する、人の知の挑戦だった。
フィンが最初に訪れたのは、セレスタリア群院の中でも、最も城門に近い場所にある、
おお、さすが群院における顔といわれる建物です。
王城ほどではないものの、その威容に圧倒されます。
ここは、急病や軽傷を負った貴族たちがまず運び込まれる初期診療の要であり、応急処置から入院まで可能であるが、危篤や研究対象となるほどの重症患者は、群院の奥にある専門治療棟や封術隔離区画へ送られる。
ここで働く医療魔術師たちは、医療魔術に加えて礼儀作法も徹底教育されている。
主に貴族階級の患者が治療に訪れ、特別な推薦や診療許可がない限り、平民の受診はできない。
フィンが
向かって左手には診療受付がある。
ここは所謂、エントランスと言われる、受付や待機広間がある場所である。
思っていたよりも、患者さんは多いのですね。
怪我をした騎士の方もいるようですし、いつもこのくらいいるのでしょうか。
上の方にはこの棟で働く医療魔術師たちの名簿が飾られていた。
フィンは、それをみて、あることに気がついた。
男性の医療魔術師もいるのですね。
……いや、これは男性に多い名前なだけで、男女どちらでもおかしくはない名前なので女性の可能性もあるのでしょうか?
フィンが見つけたのは、エレジア王国で男性名としてよく使われる「リオ」という名が入った名簿であった。
名簿によると、この「リオ」という人物はどうやら、昨年度の王立魔術院の首席卒業生であるらしい。
しかし、首席卒業生の割には、名簿に記された治療件数が、ここで働く他の昨年度卒業生たちと比べて、明らかに少なかった。
この方はもしかすると、性格に何か問題があって、患者の方々に敬遠されている……そんな可能性もあるのでしょうか?
そんな疑問がフィンを襲ったが、答えなど、知る由もなかった。
これほど立派なエントランスを見ると、奥の治療区域も覗いてみたくなってしまいますが、そこは関係者以外の立ち入りは禁じられています。
仕方ありません、諦めましょう。
フィンは未練を抱きつつも、踵を返した。
門廊を再び抜けて、外来療治棟をあとにする。
外に出ると、日は既に傾き、西の稜線へと隠れ始めていた。
おっと、もうこんな時間ですか。
セレスタリア群院の研究棟や宮廷魔法士団本塔の図書館など、まだ見て回りたいところがあったのですが……。
勇者パーティ結成の祝宴に遅れる訳にもいかないので、仕方ありません。
一旦、部屋に戻りますか。
フィンは足音を静かに響かせながら、客間へと戻っていくのだった。
空がその青を深め、夜の帳がゆっくりと白亜の街並みを包みはじめる中で。
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【キャラクター紹介】
■ リュシエンヌ・フォン=カルディナ
・年齢:27歳
・性別:女性
・種族:
・出身:エレジア王国カルディナ伯爵家
淡いラベンダー色の髪を編み上げた優美な容姿に、淡緑の瞳を湛えた内気な女性。
清潔な白と薄水色の術式ローブをまとい、胸元には魔力反応を測る水晶のペンダントが揺れている。
その性格は控えめでおとなしいが、医術に対しては一分の妥協も許さぬ厳しさを持ち、
「生きることの価値」を何より重んじる信念のもと、死と隣り合う現場に立ち続けている。
呪詛解除や魔力異常の治療、疫病への対策においては宮廷随一の実力を持ち、
医療制度改革を進めた中心人物として、王族からの信頼も厚い。
内気なその胸の奥に、誰にも消せぬ灯を抱いて、彼女は今日もまたローブに腕を通す。
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