19.和服美女と古典的リアクション

 週が明け、木曜。生徒会は休みだ。


 俺はバイト先であるフラワーショップ・キャッスルに出勤していた。テスト期間のため、今週のシフトは今日だけにしてある。


 奥の店長に挨拶し、制服のジャケットを脱いでエプロンを身につけたところで、真城妹がひょっこりと顔を出した。


「せんぱぁい、忘れてないですよね? 今日が何の日か」

「花言葉テストだろ?」

「正解! ちゃんと覚えてたのは偉いですよー」


 彼女の口から出てきた「偉い」という褒め言葉に、思わず苦笑いしてしまう。最近、嫌というほど聞くようになったフレーズだからだ。


「これは前も言ったことだけど、こっちはテスト期間なんだからな? 花言葉覚える脳の容量があるなら、英単語をまず覚えろって話で」

「これは前も言ったことですけど、そんなの知りませーん」


 知ってくれ。


 とは言ってみたものの実は、休み時間や勉強の合間に花言葉図鑑①を眺め続けていたため、自信は結構はあった。図鑑に載っている雑学は結構面白くて、試験対策の息抜きにはちょうど良かったのだ。


 それに火曜に行われたドキッ!野郎だらけのファミレス勉強会では、テスト勉強よりこっちを勉強していたと言う方が正しいかもしれない。


 というのも、花言葉テストの件を知った喜多が、興味を示したのだ。

 真城も「なのはが無茶言ってごめんね」と少し申し訳なさそうにしていたが、流石は花屋の息子。絶妙な難易度感で花にまつわる問題を出してくれた。


 彼の出すクイズに対し、俺は覚えた知識で、喜多は完全なる勘で回答していったのだった。

 白熱するクイズが、途中から真城を笑わすための大喜利になったのはご愛嬌、と言わせてほしい。


「じゃ、臣先輩。ちょうどお客さんも今いないし、これ解いてみてくださいー」


 差し出されたのは一枚の紙。線が掛かっているのを見るに、多分ノートの切れ端だろう。ザ・女子って感じの丸っこい字で、5問ほど問題が書かれていた。


『以下の花の花言葉を答えなさい。1薔薇、2牡丹、3キキョウ、4ヒマワリ、5雛菊(※5は色別で)』


 拍子抜けした。てっきりマイナーどころだらけの捻くれた問題が出てくると思っていたが、意外にも王道で難易度の低い出題だ。5だけは明らかにイジりにきていたが。


 カーネーションとデイジーは色別の花言葉も覚えてはいるが、そこに他意はない。ファミレス勉強会でも散々似たような揶揄を(主に喜多に)受けたせいで、最終的に覚えてしまっただけだ。


 上から埋め、残すところは5だけ。書けるといえば書けるが、真城妹は間違いなくイジってくるだろう。


 あえて空白にするかとも考えたが、それはそれで「わざとですよねー?」とか言ってきそうだ。八方塞がりだった。


 迷った末、ちゃんと色別の花言葉までデイジーの欄を埋める。非公式とはいえ試験の類で手を抜けば、脳内の雛菊先輩にガン詰めされるような気がしたからだ。


「……ふんふん、全問正解ですか。ま、この程度花屋としては常識中の常識なんですけどねー」

「テスト期間の高校生捕まえて解かせてんだぞ。もっと素直に褒めろよ」

「わー、せんぱぁい。すごーい」

「そこまで棒読みなら要らないわ」

「もったいない! なのはみたいな美少女に褒められる機会とか、今後二度とないですよー?」

「一度くらいはあるかもだろ」


 失礼な、と鼻を鳴らした。そしてこの娘、美少女という自覚は一応あるらしい。


 どちらも顔の整っている真城兄妹、よく見れば目元は若干似ている気はしなくもないが、雰囲気は全く異なる。

 兄の真城圭人は穏やかで真面目だけど、妹の真城なのはの方は、ゆるい雰囲気の中にピリッとした毒がある。


 母の日からまだ数日しか経っていないこともあってか、客足は鈍い。

 というか、あの日が忙しすぎたせいで感覚が麻痺してしまったのかもしれない。鉢をいくつか動かし、腕に溜まった疲労を飛ばすために伸びをしていると、肩をつつかれる。


「臣先輩、あの人」

「ん?」


 真城妹がこそこそと指を差す先は、店のすぐ外。和服姿の女性が困ったようにウロウロしていた。遠目でしかないが、綺麗な感じの人だ。多分年は俺たちより上、二十代半ばといったところだろうか?


「あの女の人、うちに注文ですかね?」

「いや、それなら店に入ってくると思うけど」


 女性はこの店が面している通りを、行ったり来たりしている。フラワーショップ・キャッスルの看板の方を見て首を傾げている様子もある。


「道に迷ってるのかもしれない。ちょっと行ってくる」


 真城妹に一声かけて、和服の女性のところまで歩み寄る。


「あの、ここの店の者ですけど……大丈夫ですか?」


 肩の上で切り揃えられた黒髪に、薄く上品な化粧。若草色の着物がよく似合っている。

 近くで見ると想像以上に綺麗な人だ。さっきは二十代半ばかと思ったが、多分もっと若い。二十歳そこそこといったところだろうか。


「そうなんです、道に迷ってしまって……こちらのお花屋さん、『ピオーネ』じゃありませんよね……?」

「ピオーネ? それなら向こうですけど」


 ピオーネというのは、三本後ろの細道にある花屋の店名だ。一番近所の競合店である。


「やだ、道を間違えちゃったみたい」

「あー、そういうこともありますよね」


 そうは言ったが、あんまりないと思う。こっちは大通りで、向こうの店は細道だし。

 地図アプリを見れば迷うこともないだろうに、彼女は小さな巾着袋しか持っていない。今どき、スマホを携帯していないなんてことがあるのだろうか。


 美貌に和服も相まって、どこか浮世離れした雰囲気があった。


「ごめんなさい、別のお花屋さんと間違えるなんて失礼でしたよね」

「いえいえ、全然。……あの」

「どうされましたか?」


 間違いなく初対面のはずだ。なのに、何故か彼女に強烈な既視感を覚えた。

 和服を普段着にしているような雅な知り合いなど居るはずもないのに。年上美女というなら尚更だ。


 ──ん? 年上美女……?


 脳の隅に何かが引っ掛かったところで、後ろからぱたぱたと足音が聞こえた。


「お姉ちゃん! スマホ忘れていかないでよ、探したんだか……」

「え」


 和服美人に向かってそう叫びながら走ってきたのは、俺のよく知る人物だった。


「雛菊先輩?」

「臣!? どうしてここに……」

「あら雛菊。知り合い?」


 雛菊先輩が「お姉ちゃん」と呼んだその女性は、は目をぱちぱちとさせた。


「……生徒会の、後輩」

「生徒会の! そうだったのね!」


 生徒会というワードに彼女は目を輝かせ、俺に向かってにっこりと笑いかけた。

 

「初めまして、大学二年、雛菊の姉──久慈方牡丹くじかたぼたんです」


 見惚れるほど淑やかなお辞儀だった。俺も慌てて自己紹介を返す。


「晴永臣です。高校一年、生徒会では書記をやらせてもらってます」

「雛菊の後輩なんて初めて見たわ! この子、学校のことは全然話してくれないし……生徒会での雛菊はどう?」


 チラリと一瞬、当の本人に視線を向けるが、俯いている雛菊先輩の表情は見えない。


「えっと……」


 牡丹さんのワクワクとした視線に押された俺は、「とても優秀な副会長です」なんて当たり障りのない受け答えだけして、フラワーショップ・キャッスルの店内にそそくさと戻ったのだった。


「もー。せんぱぁい、仕事ほっぽって、女の人口説きに行かないでくださいよー」


 戻って早々、店番をしていた真城妹に詰られてしまった。

 とはいえ女の人に話しかけに行き、さらにもう一人女の人が増えた場面で五分近く喋っていたら、睨まれるのも当然ではある。


「口説いてたわけじゃない。高校の先輩と、そのお姉さんだったんだよ」

「もしかして例の、雛菊先輩?」

「……同じ花屋でもピオーネの方に用事だったらしいけど、次はウチでも買ってくれるってさ。営業、営業」

「雛菊先輩だったんですねー?」

「営業だって言ってんだろ」


 じとりとした視線が向けられる。こういう時、この娘はえらく勘が鋭い。俺に残された誤魔化し方はもう、ダメ元で口笛を吹くくらいしかなかった。


「ヒューヒューヒュー……」

「古典的すぎません?」

「うるさい、いいから忘れてくれ」

「遠目からじゃよく分からなかったんですよね。完璧美少女の雛菊先輩とやら、なのはも見たかったですー! むきーっ!」


 ハンカチを噛んで悔しがるフリをする真城妹。


「古典的すぎないか?」

「臣先輩に合わせてあげたんですー」


 その後も真城妹の追撃をなんとか躱し続けながら、ヒマ(※母の日比)なバイト時間を過ごしたのだった。

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