第47話◇わたくしが精霊様を召喚した……ってこと!?

 見ると、葉っぱも茎も花もしおれて茶色から黒色に変色していて、もう手の施しようがないと明らかだったはずの「サンライズ・グラデーション」が、まるで何事もなかったかのように、しっとりと美しく咲き誇っていた。


「何と。あんなにも健康な薔薇は見たことがないぞ……!?」


 品評会の開始以来、ジュヌヴィエーブ様がこんなに興奮して身を乗り出しているのは、初めて見た。


 視覚にはフリル状の黄色のグラデーションの花びらの縁を、生き生きと彩る赤みのオレンジ。

 嗅覚にはダマクスに加えてクローブ。


 それはこの上なく最高のコンディションの苗だった。

 ルーカスの発表時よりも増して生き生きとしている。


 す、すごいわ!!

 これが薔薇の精霊様の力なのね……!!


「薔薇の精霊様が顕現しただけでなく、枯れていた苗までも蘇らせて下さった……だと!!」

「奇跡だわ……!!」


 この驚きの事態に、会場にいる何人かは声を上げ、中には手を組んで「ありがたや、ありがたや」と拝んでいる人まで。


 喧噪の中、わたくしはただ、目を見開いたまま立ち尽くしていた。

 何が起こっているのか、まだ飲み込めなくて。


「――待って。待って」


 無意識のうちに、ただそのように呟いていた。


 わたくしの薔薇が?

 精霊を召喚した?

 そして枯れた薔薇も復活した?


 まさか、そんなことが、起こるはずが……。


 けれども、精霊様はこちらに振り向く。

 また宙を滑るように、今度はわたくしの目の前に現れた精霊様の指先が、わたくしの目元を撫でるようにする。


 そして、精霊様はニコッと、確かにわたくしに向かって微笑まれた。


 そこに言葉はない。

 けれども、強い親しみを感じた。

「もうそんなに泣かないで」と伝えられたと、感じた。


 ……本当に、奇跡が起こったんだ。


「どうやらこの度、薔薇の精霊様はアメリア様の二種類の薔薇をいたくお気に召したようです。夕日の花によって召喚され、つながりが深い兄弟の朝日の花には深い慈悲を」


 言葉を発しない精霊様の想いを、イリス様はまるで通訳するようにわたくしに伝えて下さった。


 そうして、イリス様は「サンセット・フェアウェル」の花一輪を、スッと撫でるように触れる。

 つい先ほど、わたくしの涙に濡れてしまっていた、その花を。

 すると、花はホワリと優しく光った直後に、光の粒の集合体になってしまった。


「あれは、マナ分解じゃないか……!?」


 ヘイリー先生が呟いたのが聞こえた。


 マナ。

 マナっていうのは、この世界の根源的な魔素のことよね。

 たしか、魔法を使う時にはその魔法の種類に対応する魔素が使われると聞いたことがあるし、精霊はマナから生み出されるとも聞いたこともあるわ。


 ヘイリー先生はマナが感知できる人なのかしら。


 ということは、イリス様はわたくしの涙付きの「サンセット・フェアウェル」をマナにしたということ……?


 どうして、と思っている間に、光の塊は球状に固まっていって……本当に、つやつやと光り輝く球になってしまった。


「わぁ……!!」


 薔薇の花から実体のない光の塊になったと思ったら、水晶玉のような形がある球へと変化するなんて!!


 イリス様が精霊姫と言われているのは「ストレリチア公爵家が精霊の血を引いた一族という言い伝えがあるから」だけども、本当に精霊様と通じる力がおありなんだわ……!!


 そうして、イリス様は美しい少女の姿の精霊様に手を差し伸べる。


「……こちらにおいで、薔薇の子」


 呼びかけると、消えたり逃げたりすることもなく、精霊様はイリス様の元に。

 それを確認して、イリス様が唱える。


「我、イリス・フロレンティナ・ストレリチアが、薔薇の眷属たる汝にこの血をもって命じる。汝を呼び覚ましたる薔薇の器にて安住せよ。……アメリアさん、手を」

「えっ、は、はい」


 急にわたくしにも呼びかけられて、慌ててこの手を差し出す。

 すると、イリス様はわたくしにその球を手渡した。


「えっ、えっ!?あのっ、イリス様!?」


 わたくしがこれを持つの!?


 球はちょうど片手だけで握れるほどの大きさではあったけれど、あまりにも恐れ多くて、わたくしは落とさないようにと、そっと両手でそれを受け取る。


「これはアメリアさんの薔薇のマナから作った宝珠です。あの薔薇の精霊にとってはとても安らげる空間、まるで自室のように機能します」


 イリス様がわたくしに手早く小声で説明して下さった。


「精霊は本来、マナが少ない場所ではとても存在が不安定なのですが、この中なら安定するので」

「あ、ありがとうございます!!」


 お礼を言うと、イリス様に命じられた通り、薔薇の精霊様は宝珠の中で休むことにしたらしい。

 その姿が球の中に吸い込まれるように消えていく……。


「消えた?」

「でも、確かに見たわよ!?」

『皆の者、静まりなさい』


 人々のざわめきがまた大きくなりかけたところで、一番高い檀上からの声が響いた。

 王妃様の声だ。


『イリスちゃん、精霊について、説明してくれるかしら?』

「はい」


 王妃様の問いに、イリス様がカーテシーを一つして答える。


「ただ今ご覧になった通り、アメリア様の薔薇『サンセット・フェアウェル』に惹かれて薔薇の精霊が顕現しました。精霊顕現の条件に適したマナの濃さは、アメリア様の薔薇を見た時からずっと感じていました」


 イリス様の解説に、えっ、そうだったの?とわたくしはまじまじと「サンセット・フェアウェル」を見つめることになった。

 マナを認識できないわたくしには、どんなに注意深く見つめても全く分からないことだ。


 でも、一度病気で傷んでいたことを思うと、そこからすごい勢いで回復して元気になったような……?


「アメリア様が行動したように、丁寧に作り育てた植物などに豊富なマナが含まれていた場合、そのマナ環境に惹かれた精霊が顕現、居つくことがあります。予兆はあったのでは?」


 視線がわたくしに向いて。

 そういえば、と思い出す。


「我が家の薔薇の花数が突然増えたり、物音がしたり……は」

「ああ。おそらくそれが前触れでしたね」


 あっさりとイリス様が頷いて、またさらにわたくしは驚愕する。

 まさか、あれらが精霊様の仕業だったなんて……!!


『アメリアさんの、というのは間違いがないかしら?』

「はい。同じマナの気配を纏っていました。先ほど、私の力でアメリアさんの薔薇を使って宝珠を作り、アメリアさんの手の中に。すると、精霊は難なく宝珠に収まりました」


 指し示されて、わたくしは両手の中にコロリと転がる宝珠を見つめる。


 そ、そうよね。

 この中に精霊様がいらっしゃるのよね……!!


『精霊を呼ぶほどの薔薇マイスターが存在している、ということね?』

「他の方の薔薇からの顕現でしたら、この宝珠には入れません。間違いなくアメリアさんの薔薇に呼ばれた精霊です」

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