第2章「わたくし、賭けに出ますわ!」

第11話◇はい、ハッピーエンド。めでたし、めでたし……とはいかないわけよ!?

「はぁ……。夢みたいだったわ」


 わたくしは咲き終わりの花がらを取り除きながら呟いた。


 ここはお父様から使用が許されている、わたくし専用の温室。

 栽培のための基礎知識を伝授されたマクファーソンの者には、専用の土地が与えられるのだ。


 わたくし主導で外部から買い入れた苗。

 過去にお父様とお母様が作り出した苗。

 自分で交配して生み出した苗。


 鉢に植えた小苗と大苗、地植えして大きく育てて株を充実させているもの、成長速度も品種も様々だ。


 秋の薔薇の季節は、ちょうど今咲き始めている花が終わればおしまい。

 春の花をより美しく咲かせるために、わたくしが今から冬にかけてするべきことは、たくさんある。


 ――なのに。

 ここ最近、わたくしの頭の中に割り込むようにほわほわと思い浮かんでくるのは、先日のウィル様とのやりとりばかり。


 この温室にも植えられている、「希望のかけら」。

 ウィル様との顔合わせの次の日の朝、その花をうっかり視界に入れてしまって以降、わたくしはずっと挙動不審になっている。


「は、恥ずかし過ぎるわ……!!」


 つい手元が狂ってしまって、思ったところとは違う場所を取り除いてしまいそうになる。


 だって、初めてまともに男性にエスコートされて、求婚されて、膝の上に乗せられて、……このわたくしに、そんな状況に対する耐性があるわけないじゃないの!!

 抱っこなんて、子供の頃、お父様とお兄様にしかされたことがなかったのに。

 しかも、その上、キスもたくさん……。


 わたくしはそっと頬に手を当ててみる。

 既に数日経ったはずなのに、まだそこにはっきりとウィル様の気配が残っているような気がしてきて。


「唇には、キスされなかったけれど……」


 いつかは、されてしまうのかしら。

 まるでよくある、騎士様と姫君の恋物語のラストみたいに?


 ……はっ、そういえば、ウィル様、現実に近衛の騎士だったわ……!!

 わたくしは花農家伯爵家の令嬢で、全くヒロインらしい、可愛らしい見た目のお姫様じゃないけれど!!


 そんなわたくしが公爵令息で近衛の方からの告白を受けたという事実も驚きだったけれど、それ以上に、遠い昔のあの思い出の泣き虫少年が、ウィル様本人だったというのも意外な事実だった。


 落ち込んでいたこともあって、すっかり冷遇される展開かもしれないと思い込んでいたものだから、ゾグラフ公爵邸でのあれらの出来事にはびっくりだったわね。


「本当に物語のようだけれど、ちゃんと現実なのね……」


 ずっとふわふわしていて、ちっとも落ち着かない。

 知らなかった気持ち。

 初恋って、こういうことなのかしら。


 なんて思いながら、作業を進めていると、突然、誰かがドアから駆け込んで来た。


「アメリアお姉様っ、大変です!!ルーカスが、お姉様を窃盗の罪で告発してやる!!なんて、息巻いていたらしいですわ!!」


 わたくしの三歳下の妹、ナタリーだ。

 本当に急いで知らせてくれたようで、パッツンと切り揃えられたその前髪も、ハーフアップに結んだ黒髪に映えるワインレッドのサテンのリボンも、走ってきたために乱れている。


「――はぁ?何ですってぇ!?窃盗犯は、ルーカス本人でしょうが!!」


 その途端、幸せいっぱいだったはずのわたくしは、あっという間に魔物が取り憑いたかのような顔になってしまった。


 そうよ!!

 浮かれかけていたせいで頭の中からこぼれ落ちかけていたけれど、まだ何一つとして解決していない、その問題があったんだったわ!!


「その件で、今から家族会議だそうですわ!!早くお姉様もいらして!!」

「すぐに行くわ!!」


 わたくしはすぐに温室を出た。

 自然と早足になってしまっている、その後ろを、同じくらいのスピードでナタリーも追ってくる。


 何が何でも、私はルーカスからあの新種の薔薇を取り戻さないといけないわ……!!

 本当は、花びら一枚たりとも、あの男には与えたくないんだから!!


 たしかに今後、ウィル様との恋愛面での幸せはたっぷりと得られるのだと思う。

 けれど、薔薇がない人生は、私にとってハッピーエンドとはならない、とも思っている。


 それにここであっさりと薔薇を諦めたら、「かつてウィル様に薔薇を差し出して夢を語った、あの瞬間のわたくし自身」をも否定することになる。


 ――素晴らしい薔薇を生み出して、人々に笑顔を。

 その夢のためには、犯罪者になってなんかいられないのよ。


 ウィル様は、わたくしの「希望のかけら」を諦めなかった。

 たった一輪だった薔薇を、温室が埋まるほどに数を増やした。

 わたくしのことを思って、魔力操作も頑張ってできるようになったのだと教えて下さった。


 それなら、わたくしも全力を尽くさなければならない。

 情けなさに顔を上げられなくて縮こまる、そんな気持ちはもうまっぴらだし、きっとあの方の隣に立ってもいられない。


 それは私にとって、「この人生を薔薇に賭ける理由」が増えてしまった、ということなのだと思う。


 わたくし自身の夢のため。

 そして、薔薇を愛するわたくしに愛を誓って下さったウィル様と、温かく迎えて下さったゾグララフ公爵家の皆様のためにも。


 わたくしは、もう一歩も引けない。

 だからこそ、いくらウィル様の愛が嬉しくても、浮かれてばかりはいられない。


 もう少しあのまま、浸ってはいたかったけれど……。

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