6-5


「わー……? す、素敵なお部屋、だね?」


「そうか? 那由多の家の玄関の方が素敵だぞ」



 先導していた有瀬くんが、面白くもなさそうに答える。


 男の子の部屋に入るなんて! しかも二人きりなんて! ……と実はかなりドキドキしていた。

 異次元クラスの超絶イケメンが寝起きするプライベートスペースに、本当に私のような一介の民が足を踏み入れてもよろしいのですか!? 全身を隅々まで清めて、三日三晩祝詞と祈祷を上げて、神からお許しの御言葉を賜わらねば障りやら祟りやらが起こって村が滅びるのでは!? ……なんて、こんなアホなことまで考えたのは、本屋でチラッと立ち読みした虐げられた巫女と人外イケメン神の恋愛小説のせいだ。

 あれ、なかなか面白かったなー。来月お小遣いもらったら、買ってもいいなー。


 うん、現実逃避もしたくなるよ……どこから突っ込めばいいの、これ。というか、突っ込んでいいの?

 許可されても突っ込みきれる気がしないよ!


 志貴さんの計らいで、私は有瀬くんのお部屋にお招きされることとなった。

 それだけじゃないの。何と、有瀬家の夕飯にまでお呼ばれしたのよ……。


 すっかり忘れかけていたけれど、私がここに来たのは志貴さんがサイン会のお詫びをしたいと言ったためだ。で、お詫びついでに息子の恋人とさらに親交を深めたいとのことで。

 有瀬くんのパパ、すごい料理上手で、そこらのレストランよりも美味しい料理が食べられるからって押し切られちゃったんだよね。もうパパさんにも連絡しちゃったってさ。

 はぁぁ、例の人物像が全く掴めない謎のパパにまでご挨拶しなきゃならないのかぁぁ……。


 志貴さんはパパさんが戻るまで仕事をするということで、私達にペットボトルのお茶を持たせると、さっさと自室に閉じ籠もってしまった。

 お茶を淹れることもできない家事不能者なのか、それともお茶を淹れる手間すら惜しんで仕事大好き人間なのか……両方だろうなぁ。


 で、二階にある有瀬くんのお部屋にやってきたわけですが……ドーム型の丸みを帯びた天井は見上げるほど高く、十畳以上はありそうな広い空間がより広く感じられる。そこに、セミダブルのベッド、シンプルなテーブルチェアセット、スチール製のシェルフとハンガーラック、ウォークインクローゼットに続くと思われる扉、と内容的には意外なほどこざっぱりしていた。

 雑だから散らかしてるもんだと思ってたのに、シェルフに置かれた品々は整然と並んでいるし、フローリングの床にはお菓子のカスどころか埃一つ落ちていない。


 でも、不可解な点が多すぎる。


 何でベッドが出入口のすぐそばに置いてあるの? 中に入るためにはベッドを越えてかなきゃならないじゃん。

 それにやたらごっついハンガーラック。何もかかってないのは、クローゼットで事足りるから? だったら何のために置いてるの? それに服をかけるには高すぎるのでは? ポールのある位置、二メートル以上あるじゃん。


 それよりも! 一番気になるのが、壁と床よ!


 なんでどこもかしこもボコボコになってんの? ベッドもテーブルもチェアも、シェルフも何もかもあちこちに傾いちゃってるんですけど!?


 うぁぁ、見てるだけで平衡感覚がおかしくなりそう……。



「入らないのか?」


「えっ、いやベッドに触るのは失礼かなって思って」


「別に失礼じゃない。こうやって入ってくればいい」



 そう言って有瀬くんは、勢い良くベッドに飛び込んで、横になって転がり落ちながら向こう岸へと渡った。わぁ……入室方法も雑ぅ……。


 さすがに真似するのは気が引けたので、お邪魔しますと一声かけてから私はベッドにそっとお尻を乗せて、くるりと回転する要領で入室させていただいた。もちろん細心の注意を払って、しっかりスカートを押さえて足を閉じて移動したよ。パンツが見えたら恥ずかしいもん。


 なるべく歪んでなさそうな場所を選んで腰を下ろすと、私は傾いたチェアでゆらゆら揺れてる有瀬くんに尋ねた。



「ねえ、有瀬くん。聞いてもいい?」


「何だ、那由多。聞いていいぞ」


「この部屋、どうしてあちこちデコボコしてるの? お掃除大変じゃない?」


「父と戦ってこうなった。掃除は父がやるから全然大変じゃない」



 有瀬くん曰く、この家は彼が幼少期の頃に建てたそうで、志貴さんが将来を見据えて、父と息子が全力で喧嘩しても壊れないように体を壊さないようにと配慮し、室内全面を強度と柔軟さを兼ね備えた特殊素材にしたんだとか。


 有瀬パパ、まだ会ったことないけど嫌な予感しかしないわ……志貴さんもいろいろとアレだし、夕飯での対面が早くも不安だ。



「那由多の家の玄関には及ばないけど、この部屋はこの部屋で楽しいこともあるぞ。ボルダリングができる」


「ボル……何ですと?」



 私が問い返すより早く、有瀬くんは壁に飛び付いてひょいひょいと登っていった。


 うわー、指一本で体を支えてる。すごー、あっという間に天井にまでいったよ。三メートルはあるよね。

 へえ、有瀬くんって見た目はスラッとしてるのに結構筋力あるんだなぁ。痩せマッチョってやつなのかなぁ?



「那由多もやるか? 結構面白いし暇潰しになる」



 ぼけーっと見惚れてたら、天井から声をかけられた。



「あー……私は筋力に自信ないんで遠慮しとく」


「じゃあ、懸垂マシンで鍛えたらいいんじゃないか? ほら、そこにある」



 有瀬くんがハンガーラックを指差す。



「あれ、ハンガーラックじゃなかったんかい。懸垂マシンやったんかい」



 うっかり、心の声が声に出た。



「うん。見たことないのか? ならやったこともないんだな。俺が教える」



 えぇ……そんなん教えていらんですよ、と答える前に、有瀬くんは天井から飛び降りてきた。そして私の腕を取って立たせる。

 うわうわ、触れ合っちゃった! と、ときめきかけて、そういえば初対面で脇下抱えて立たされたし、狂気のマイムマイムも踊ったし、地獄の腕組み登校もしたことあったわ……とこれまでの様々が蘇って萎え落ちた。ああもう、感情がジェットコースター状態だ。


 しかし――このジェットコースターは、まだ始まったばかりだったと私はすぐに思い知ることになる。



「ちょちょちょ有瀬くん!? 待って待って待って! そ、そこはダメ……!」


「どうだ、届いたか?」



 有瀬くんが私のウエストを両側から掴んで持ち上げる。ギュッてされてる! 内臓ギュッてなってる!

 やめてえええ! スカートはギリでファスナー閉まってるけど、腹肉が乗っちゃってるの! 春休みとゴールデンウィークのぐうたら生活のせいで、お腹周りがぽよんぽよんなのよ!

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