2-3. 密(着)度の高い時間
人感センサー式
幅広の階段を上がれば見慣れたエントランスホール。ようやく日常へ帰ってきた感じはあるが、これからは先ほどまで見ていた景色を含めて日常。いつの日か、これにも慣れてしまう時が来るのだろうか。到底想像できない。
「行きますか」
「あ、ハイ」
「ん?」
思ったより心ここにあらずなトーンが返ってきた。いざ外へと踏み出そうとした足を止めると、
「手って、つないでもいいですか……?」
「ひゃ、はいっ!」
噛んだ。しかもちょっと声が裏返った。
即断即決してしまったけど、今何かすごいことを訊かれた気がする。
そんなことを思う前に、ぱぁっと華やいだ彼女の顔がすぐ近くにやってきた。
それと同時に右手が包み込まれた。
「ありがとうございますっ」
一体何だ、このかわいさは。
ヘリウムガスの風船を付けられたように心が浮ついてしまうのを辛うじて引き留める。ダメだダメだ、気を抜くな俺。
「それじゃあ行きましょうっ」
「そうだ……ねって危なっ!」
気を抜かなくて良かった。
エントランスから出たところは少しだけ視界が良くない。車の通りも多いが路側帯は細いから自転車も歩道を通りがち。
そんな交通状態だからと疑っていたが、案の定やたらとスピードに乗った自転車がやってきていたのにも運良く気付くことができた。
「……ったく、もう少し考えて走れよなぁ」
あれは、いずれヤらかすだろうな。確実に沙汰に発展する何かを。
「あ、あのっ……!」
「ぅん? ……あっ!」
マナーもルールもへったくれも無い自転車に脳内で毒突いていて気付かなかった。
――俺が、柚寿希さんを抱き寄せるような感じになっていて、柚寿希さんも俺の腕に抱き付いているような感じになっていることに。
「ご、ごめんっ!」「ごめんなさいっ」
「へ?」「え?」
抱き合ったような姿勢のままで謝りあって、抱き合ったような姿勢のままで疑問符を浮かべる。
「その、私の不注意で……」
「それは絶対に無い。別に歩道に飛び出したわけでもないんだから」
そう、確実に悪いのは向こうだ。人も歩いているような狭い場所で出す速度じゃない時点で論外だ。
「それよりも、俺の方こそ……」
「それこそ、
「……」
耳まで真っ赤。きっと俺もそうなっている。顔が熱い。4月の終わり、まだちょっとだけ風に冷たさがあるというのに。
何だ。何だ何だ。
何なんだ、このカワイさは。
この人は何度俺をキュン死させようとするのか。
「私は大丈夫です。でも、あの――こ、これでいいです」
「えっ」
「いえっ、これが、いいですっ」
はっきりとそう言いながら彼女は俺から離れるかと思いきや、両の手でしっかりと俺の右手を握り込む。
俺の右腕にがっちりと抱き付いたままで。
あまりにもはっきりと乙女の姿を出したままで。
あまりにもしっかりとお胸の感触を俺に伝えたままで。
「ダメですか?」
「だ、ダメじゃないです、全然」
俺自身はダメになりそうだけどな!
○
そんなこんなで駅前までやってきた。――しっかりと腕に抱き付かれたままで。
「何か食べたいモノはある?」
「怜史さんはありますか?」
ほぼ同時に言い合ったところで一瞬だけ視線が交錯し、その瞳の大きさや眼差しの強さに恥ずかしくなった俺はあっさりその視線を逸らす。
が、そのおかげで運良くパッと目に付いたところにあったカフェに入ることを提案した。柚寿希さんも賛同してくれた。……とくに不快な思いをしていなければいいのだが。
カフェはいわゆるフランチャイズチェーンを展開するタイプ。分厚めのサンドウィッチもあったり、軽めの焼き菓子もあったりと、フードのバリエーションは概ね把握出来ている。この後の買い物が長丁場になったとしても大丈夫だろう。
席もちょうどよく空いていたので諸々受け取り、向かい合って座る。
「怜史さんって食べ物の好き嫌いってありますか?」
「……無いなぁ。昔から苦手だとか思う前に全部喰わされてた感じで。『美味しいでしょ?』って何度も言われてたら、いつの間にか全部美味しいモノだって擦り込まれてたみたいな」
トークテーマを振ってもらえたのでありがたく乗る。
実際、どんなものでも調理法とかを変えたらあっさり食べられたりするモノだ。
「ふふっ、それはお母さまが?」
「母さんと、母方のばあちゃんですね」
「パワフルな方なんでしょうね」
「ばあちゃん在りてあの母在りだし、あの母在りて妹在り……って思ってもらえると」
俺がそう言うと柚寿希さんはころころと笑う。学校でもまぁまぁ楽しそうな笑い声は聞こえてはいたが、今の笑みとは全然違うと思う。笑い声としては大人しいかもしれないが、どことなく、
「柚寿希さんは?」
「私も、それほど……。辛いものがちょっと苦手なくらいで」
「良いこと聞いた。ではそういうところとかモノは極力回避できるかな」
「ありがとうございます。でも怜史さんが食べたいときはお付き合いしますからね。……もちろん、手加減はしてほしいですけど」
「そりゃもう」
高校生男子だけが集まれば激辛メニューを罰ゲームで喰わせるようなことがあっても不思議では無いが、デートのようなモノでそんなことを女の子にするような男がいたら、その激辛スープに下半身を漬け込んでやる必要があるだろう。
そんなこんなで雑談めいた内容からこの後どういうルートで買い物をしていくかなども相談していく。この辺りにはチェーン展開の雑貨店から恐らく1点モノだらけの謎の店までよりどりみどりだ。あちこちと目移りしている間に確実に時間が経っていくだろうということで、そこそこ考えていきましょうという意思統一をした恰好だ。
もちろん、なんにも考えずにぶらぶらする楽しさを知っているけれども。今日はそれよりもちょっとだけ優先することがあるから、という話だ。
さて、ここからの移動はさすがに通常通り。腕を取らないのはもちろんのこと、手も繋がない。柚寿希さんは少しだけ反論をしようとしたが、「いろいろ商品見ながら歩くんだし、両手が空いてた方が効率的だよ」とそれっぽいことを言ったら渋々納得はしてくれたらしい。
駅直結のバスターミナルのその向かいにあるビル。この中に入っているシンプルなデザインが売りの雑貨店が最初のターゲット。確実に入手したい実用的なモノならばココだろうということで、ふたりの意見が合致した。
「あの、怜史さん」
「はい」
カフェを出たところで、とても真剣な表情をした柚寿希さんに見つめられる。
見つめ返す俺の背筋がすっと伸びた気がする。高圧的とか威圧的とかそういうことではない。ただ、ちょっとくらいはきちんとした態度と振る舞いをする必要はあるなぁ、という感覚になっただけだ。
きっとそれは彼女の普段の行いが、俺の深層心理に訴えかけてきているためだろう。
「お願いがあります」
「なんでございましょう」
そんなことを思っていたのだが、雰囲気が変わった。
凜とした空気感はどこへやら。
ただただかわいらしく逡巡する女の子が俺の目の前に居る。
「手は繋がない代わりに……そのぉ……」
ちょっとだけうつむき加減になった柚寿希さんは、そのまま俺の真横にぴったりと寄り添う。ふんわりと漂う甘やかな香りにぐらつきそうになる。
「……これくらいの距離感で居ることは、ダメでしょうか」
これでダメと言えるヤツなんて、この世にいるわけが無いだろう。
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