DaiいチJIもジHa <KYU>
文字破の襲来以降、しばらくは混乱が続いた。
少なくとも1500年以上も漢字を使い、ありとあらゆる記録をしてきた日本が失ったものは大きかった。
貴重な文献や書籍は、大半が紙くず同然になってしまった。
出版社や書店は書籍や雑誌といった現代語の商品が売り物にならなくなり、在庫を大量に破棄することとなった。店頭で販売できるのは、絵本や児童書、イラスト集、洋書、一部の古典の原文を掲載している本くらいだった。土佐日記、源氏物語や枕草子などは、かなで書かれたため文字破を逃れて生き残ったのである。
書籍類の破棄も痛かったが、それ以上に大変なのが日本語にあふれる同音異義語である。
文字破が起きて二日目からは交通機関も再開し、武浩も電車で通勤するようになった。
駅員が総出で張り替えたらしき案内板により、行先も特急などの快速電車もわかるようになっている。それでも土地勘のない人や観光客にとっては、ひらがなカタカナ表記は誤解を招いた。
武浩は駅員が客に向かって、
「ここはサイタマのアキシマ。おキャクさんがイきたいのはトウキョウのアキシマ。ニチヘン、カタナ、クチにislandのアキシマです。ここはアヘンのアにseasonのキ、ヤマにトリのアキシマです。マチガえてます」
と懸命に説明しているのを耳にした。漢字が書けない以上、文字の記憶から説明するしかないのだが、先方に同じ記憶がない限り話は通じない。
武浩も毎日の業務で、歯抜けの文章をひらがな、カタカナ、ローマ字に置き換えていったが、内心では同音異義語の煩雑さに閉口した。
日本語は、呉音、漢音、唐音といった中国の地方の方言や各時代の読み方がそのまま入ってきて使われている上、訓読み、音読みと訓読みが混ざった重箱読み、湯桶読み、当て字の熟字訓まであって1つの漢字に何通りもの読み方がある。
これまでは何十、何百もの漢字を視覚的に識別して単語の意味を理解していたのだが、表音文字であるひらがな、カタカナ、アルファベットに置き変わるとすべてが同じ表記になってしまう。
回ってくるビジネス文書に
「コウコウのコウチョウからコウショウされたコウショウなオシえを、コウショウにタクされたホコりのもと、コウショウするためにコウショウし、ダイジン・コウショウとコウショウする」
などと書かれていると心底うんざりした。
まず文章の意味を理解するのに時間を要し、さらに逐一「コウショウ」に注記をつけなくてはならない。一事が万事この調子であるから、気の遠くなるような作業である。
政府には、早急になんとかして欲しいという苦情の電話や陳情が山のように押し寄せた。
文字破から、一ヶ月が経過した。
漢字が復活する気配はなく、日本語の文章はどんどん置き換わってゆく。
文章は漢字があった頃に比べて数倍の長さになり、新聞や雑誌の紙面も一気にカサが増した。紙代や印刷代を抑えるために、ニュースの量は厳選されて減った。
日本政府も漢字に代わる新たな表意文字、漢字から生まれた国字ともまた違う「しんにちじ」なるものを作ることにした。
実をいえば日本で使われていた漢字、いわゆる新字体はそう多くはない。常用漢字は2,136字、人名用漢字が863字で合計2,999字である。
複雑すぎる読み方はそのままに、日常生活で必須となる約3000字の代替表意文字だけ作って覚えてしまえば日本語の文章において不便はなくなる。
作成方法もまず「しんにちじ」を分類、排列する部首を作り、意味の似た派生文字を作成してゆけばいい。国文学者や著名人などの有識者、文字デザイナーを総動員すれば、それほど時間はかからない。一年以内には「しんにちじ」を発表し、交付できるだろうというのが政府の見解だった。
漢字に代わる新たな文字が作られると知って、国民は安堵した。
世情が落ち着くにつれて、阿季嶋市役所内にも楽観的な空気が漂い始めた。
武浩も同音異義語の注釈には辟易しており、「しんにちじ」には大いに期待を寄せていた。
自分や麻衣子、武史は一から「しんにちじ」を覚えなくてはならないが、ひとみだけは小学校入学から新たな文字を学ぶことができる。彼女はまっさらな状態で、旧式の漢字に囚われない新たな日本語を習得するのだ。
今は過渡期で大変だが、いずれは楽になる。パソコンで打っている無駄に長い文章も「しんにちじ」に変換できれば短くなる。そう考えると、武浩の顔は自然とほころんだ。
隣りに座った慶太が、データ入力をしながら話しかけてくる。
「ヨウするに、オトナはショウチュウガッコウをやりナオすようなもんですよね。メンドウだけど、しんにちじをオボえるしかないかあ。シゴトにならないですもんね」
「そうだな。ガイコクゴをマナぶようなものとオモってやるしかない」
「ウシナわれたカンブンやカンセキをオモうとザンネンですけどね。カンシやおキョウもそうか」
「ブッキョウのキョウテンは、サンスクリットかチベットモジでゲンブンがあるだろうし、カンシもタゲンゴヤクはあるんだからそのうちニホンゴにサイホンヤクできるだろ」
のんびりと会話を続けながら、武浩は思う。
当たり前のことだが、漢字はなぜ漢字と呼ばれるのか。
それは漢民族が作り出して、発展させてきた文字だからだ。日本は中国から伝わった漢字を長らく使い続けてきたが、今回の文字破で強制的に卒業を余儀なくされた。
でも長い目で見れば、それでよかったのかもしれない。日本人は漢民族ではないのだから。
朝鮮やベトナムは、漢字を廃止しても問題なく国体や文化を維持している。日本もこの機会に漢字文化圏から脱却し、日本固有の文字を持って発展させるべきなのかもしれない。
まだ見ぬ新たな文字を夢見ていると、慶太が素っ頓狂な声をあげた。
「あれ?」
「どうしたんだ」
「シュニン、おかしいです。ひらがながウてなくなりました」
「ナニをバカなことをイってるんだ、そんなことが」
武浩は笑いながら、軽やかにキーボードを叩いた。AKISHIMAと打ってから変換キーを押した。
が、何も変化しない。
「ん? どうなってるんだ」
「ウてないですよ、ローマジイガイはナニも」
「えっ」
困惑しながら、武浩と慶太はキーボードを打ち続けた。しかし、どうやってもひらがなもカタカナも出てこなかった。かな入力に切り替えても同じだった。
辺りを見渡すと、同じ課の同僚も隣りの課の職員もPC画面を見て茫然としている。
「カンジがキえて、ひらがな、カタカナもウてなくなった? なんでだ」
そこで慶太はハッとして顔を上げ、武浩に向き直った。
「もしかしてアラたなヒョウテキにされたとか。カンジをショウメツさせたカミみたいなやつが、ケイルイもケそうとしてるとか」
「なんでひらがなとカナカナが?」
「ひらがなもカタカナも、カンジからウまれたものだからじゃないですか」
「はあ? オヤがニクけりゃコもニクいってか? そんなごムタイすぎる!」
武浩は叫び、椅子から飛び上がった。
ひらがなとカタカナまで消えたら、日本は一体どうなってしまうのか。最悪の事態である。
そう、彼らが気づいた時はすでに遅し。
日本には、同時多発的な文じハの第二ダンがsemaりつつari
ひraがnaもkataかなmoo
……? ……??
a……! attu!
AAA――ttu!
naze watashimadega
dounattenno!
utenaikakenaiyooo!
AAAAAA~~~!!!
A……A……
A――…
AIUEO!
文じハッ! 八島清聡 @y_kiyoaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
美術館のススメ/七転
★75 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。